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2009年10月30日 (金)

HDD録画

山崎豊子さんの不毛地帯、面白くなってきましたね。
私は山崎さんの小説、実は一つも読んだことなくて、
考えたら最近まで有吉佐和子さんとごったになってて、
有吉さんのは非色とか悪女についてとかいろいろ読んだ
んですが、全く世界が違うものですね。

私も前職が営業だったもんですから、この不毛地帯は
とても興味深いものになっております。

自宅での録画、この不毛地帯で初めて週録をセット
してみた。が、上手く働いてくれない。
先週も録れてなくて、昨夜も、録っているつもりが
ダメ。ま、ナマで観てるからいいんだけど
でも予約確認すると、きちんとセットされてるんですね。
何で録れてないのか分からない。

実は同時間でBSで刑事コロンボをやってるんで、
それを同時間録画してる。
同時2録画はDRモード(非圧縮)でないと録れないので
そのセットもしているのに。

今使ってるパナソニックのHDDレコーダー。
とても便利でこれつかったらもうVHSには戻れないくらい
いいのに、不便なところも多々あります。

まず遅い。
電源入れっぱなしにしてても、一定時間使ってないと、自動で
切れてしまう。で、使いたいのでオンにすると、起動に
とても時間がかかる。20秒くらいかかってると思います。
これ、体感的に2~3分待つくらいの感じなんで、
家族は皆不満言ってます。
で、更に、そん時DVDやSDカードなんかが入っちゃってると、
更に遅い。HDDを観たいのに、他のソフトを起動させちゃったり。

暴走する時もある、録画取り消しが上手く働かなかったり等など、
他にもいろいろおかしな動きするんですよね。

購入当時、HDD容量含め、機能比較すると私が買ったのが
一番コストPが高かったので選んだんですけど、
実際使うと分からないもんですね。

2009年10月16日 (金)

飲み終え、電車に乗っている時

「たかぴーさん、これでいいんですか」

と連れの人に言われた。
見ると後ろポッケの中(生地)がダランと出てしまっている。
ありゃ。カッコ悪いぞこれあ。

ハンカチを出したあと、裏地が出たままになっちゃってた。
濡れたからバッグにしまったので気付かなかった。

映画バックトゥーザフューチャーのⅡで、
未来に行ってるドクにマイケルJフォックスが会った時

  今はポケットの中をダランと出してしまうのが流行りだ、
  早く出せ

と言われ、ジーパンのポッケ裏地を全部出すシーンがある。
無論私はそれをまねてやってわけではありませんけど、
ファッションって、どう変わっていくか、分かったものではないですね。
だいたいにして、Tシャツ、ポロシャツなんかも、
ズボンの上に出すっての、私らの時代ではありえないことでしたよね。
出てると、出てるぞ、って注意されたもんですし。

Gパンにおいては、ブカブカ床擦りのを履くのなんかあり得ない。
腰のあたりはピチピチで、チンチン棒及びタマタマ部まで
くっきりきっかりその位置及び形状を明確に露呈させるのが普通でした。
スーツもそうでしたでしょう。お尻はパンツラインまで
はっきり見せてましたよね。
 
 
服だと皆さん誰でもユニクロの一着や二着、まずもってらっしゃるでしょう。
アウターは嫌、インナーだけ、という人もいれば、全身靴を除いて
全部、という人もいる。かくいう本日の私がそれ!
身につけてるもの、靴と時計を除いて全部だ。
悪いか!
なんかね、自分からユニクロ着てる、って言うのはいいんですけど
人に

 それ、ユニクロでしょう

って言われるとちょっと気まずかったりするんですよね。

そうそうそれと、私、白い靴って好きなんですよ。
3足もってるのに先日また買ってしまった。
少し前飲んだ時後輩に言われたんですよね。

「今どきさあ、
 白い靴、なんて。
 サイジョーヒデキじゃあるまいし、ぷっ」

ええ、でも買っちゃうんです。悪いか!

2009年10月10日 (土)

よく来る業者さん、50の男性ですが、神津島出身なんですね。
今はこっちですが、成人してからもしばらくはいたんだそうです。
先だっての台風はすごかったですね。その日も会って話した
んですが、向こうでは防波堤に波が当たって、60メートル!
も吹き上げるってことが珍しくないんだそうです。
テトラポットも動いちゃうし、海近くの車も簡単に動いちゃいますね、
という。
漁船は皆船長さんと共に事前に下田に泊まりに行くんだそうだ。
でないと崖の上までもってかれちゃうんだって。マジ?
  
  
先月あった事故。高知ですけど、漁船の船長さんが船からおっこちて
救助されるまで6時間!立ち泳ぎしてたっての、あったでしょう。
またすごいのが、同じ高知でその数日後、こんどは
プレジャーボートの人が落ちて、んでまた6時間立ち泳ぎ!
で、助けられたってのありましたよね。
その2件、共に救命具付けてないんですよ。
マジ立ち泳ぎなわけです。しかも船長さんのは真夜中、漆黒の闇の中ですよ!
私はつらい前に怖さで狂いそうです。

で、そのことを先の神津の人に話したら

「アリ、ですねえ。
 ニュースにはなってないけど、
 昔はそんなの、よくあることでしたよ」

いやあそんなこと、ないでしょう。6時間、ですよ、6時間!

「いえいえ、私でも6時間くらいイケますよ。
 夜中だろうがなんだろうが。
 海の男って、そんなもんです。
 大丈夫なんですよ」

ほんとかなあ。私にはあり得ない。
 
 

だいぶ前ですが、ダウンタウン松本がヤクザ役「アニキ」で、
自分の怖さを伝える時、こう例えた。

「俺はなあ、昔からこう言われとるんや。
 『沖で足がつる』って」

「は?
 なんですか、沖で足がつる?」

「めっちゃ怖い、だろう」

確かに怖いですね。
おあとがよろしいようで。。。

2009年10月 3日 (土)

エコランの悪

そういえばメルセデスもハイブリッド発表したんですよね。

S400

S400ブルーハイブリッド。メルセデス社はHVが21世紀の
デファクトスタンダードとなると言ってのけたそうだ。
 
 
 
好きなMJの清水草一さん

Photo

この人面白いんですよね。慶応出てこんなくだけてるの
あんまいない。
フェラーリを乗り継いでるエンスーなんですよね。
ちょっと前、プリウス(初期型)中古で買ったんだそうです。
ところが乗る度、格闘。常に戦いに挑んでいる自分がいるんですと。
燃費良く走るための工夫、アクセリングとかブレーキの
タイミングとか、常にサイコーのコントロールを要求される
んだって。
原因はオンボードにエコ貢献度がでかでかと表示されてるからね、
どうしてもエコ挑戦しちゃうわけよ。

こういう、MJでもありレース、サーキット経験もある人ならいいが
フツーのKYバカがエコ表示に頼って走ると、
自然渋滞生む。後がつかえちゃう。
こないだもまたラジオで言ってた

「エコ走行の為に、20キロまで5秒で到達するくらいの
 加速で走りましょう」

アホ。
全員がそれやったらだめなんだっつーの、分かれよ、それやる時は
後ろに車いない時、ですから!
今どきはとバスだってそんな遅い加速しない。

ここんとこ後ついてマジ嫌な気分になるの、ほとんどが
ハイブリッドカーですね。
プリウスはもとより、エスティマハイブリッドなんかひでえ
奴ばっかって気がする。

連休中の小旅行帰路でも、高速、追い越し車線を平然と
制限速度で走ってるエスティマハイブリッドがいた。
左車線も詰まってたから後は数百メートルに渡って便秘状態となって
しまい、これはいかんと私は苦労して先頭に行ってハイブリッドを
野蛮な抜き方で抜き去った。
すると、だ。私が抜いたとたん、そいつ私に向かってパッシングを
くらわせてきたのだ。
こういう偽善アホはどうしようもないよな、免許返納しろ即刻。
自分の燃費のことしか考えてないのだ、法規を盾にして。

80キロで両車線埋められちゃうと、交通量多くなれば当然後ろは、
車線変更がいたり、進入車がいたりするわけだから、
どんどんどんどん遅くなってしまう。
F1だって第一コーナーでは渋滞すんですから。だからそういったことで
全車を通してみちゃうと、逆に燃費の悪化につながってっちゃう、って
ことですよ。
交通量多い時ってトンネルなんか入口付近からずっと必ず渋滞するでしょう、
あれと一緒です、だからこないだ千円均一化した時、トンネル前や
登り坂渋滞を読んで、

「アクセル踏んでください」

って表示を高速上に掲げるようになったんですよね。つまり

「加速しろ!」

ってことです。

こういったこともしっかり更新の時に勉強させるべきなんですよ。
何度も言ってるけど、更新がいちばんいい機会なんですよね。
ゴールドだろうがなんだろうが、2年に一度は2~3時間みっちり
お勉強する。いやなら運転するな、ってことです。免許の更新って

「経済に悪影響」

ってどっかの経済バカが言ってたけど、ルール、マナー知らなくて
事故起こされるんだったら経済もへったくれも無いでしょう。

 

 
高速ホント無料化するかねえ。
みなさんどう思いますか??
イタリアは無料ハイウエイで資金ないから路面メンテできなくて
パンクする車多いって聞いた。バーストでの事故も少なくない
んだそうだ。

無理しないでさ、千円くらいはとっていいんじゃないの??
無料だと私、毎日の通勤で使っちゃいそうだけど。
渋滞しそう(笑)

 

2009年9月18日 (金)

「確信犯」と「送還」

いやあ、間違った解釈してました。

確信犯

 自らの行為を正しいと信じてなされる犯罪。
 (道徳的・宗教的・政治的な信念に基づき)

なんですね。
私はてっきり、悪いことと知っていながら罪を犯すことと
思ってました。お恥ずかしい次第。ラジオで聞いて
知りました。
中井君主演の映画を観てれば分かってたことかも
しれませんが、あれは合ってるんですよね??


  
先般の投稿(映画チェンジリングについて)で
私誤った書き方しちゃいまして、主演アンジェリーナジョリーが
精神病院に

「強制送還される」

と記してしまいましたが、読み直しておや、と思いました。

「送還」

となると

「戻る」

という意味になってしまいますね。
アンジェリーナは精神病院に「戻る」わけではなく、
初めて入れられるわけだったので

「送致」

が正しいことになります。
本文訂正いたしました。今後は読み直してから投稿するよう
いたします。

2009年9月 9日 (水)

カレー

先般カレーを作った。家族に好評なのだ。

私のはいたって簡単で、まず豚肉を炒めとく。
深底の鍋で玉ねぎをコーヒー色になるまで炒めたら
先の豚肉、野菜たち(トマト1個も)、水、ルーを入れて煮込む。
2時間くらい煮込むと豚の脂がすばらしく美味くなる。
隠し味にちょい醤油(大さじ)とインスタントコーヒー(小さじ)
コンソメを入れるとなお良い。
だいたいだが20皿分くらいできる。

いや皆に好評と書いたがウソかもしれない、次男はママのカレーの方がいい、
と半分残しやがった。

何がだめだったですか!
 
 
ランチをいろいろなとこで食すと気付くことがある。
一口目は美味くても、終盤になるとからかったり味が
濃かったりで嫌気がさすことがある。食堂に多い。
反しファミレスは、終わりまで味が変わらない。
一口目うすい、美味くない、と思っても、終盤では逆に良い食感で残る。
試作段階を多くこなしているからだろう。食堂はオヤジの
たった1回の試食(もしくはナシ)、多くはカンのみで
塩加減を決められちゃってる。

カレーを作る時、そんなことに気遣ってる、つもり。濃すぎず、ね。
そう、次男は濃いのが好きなんです。

P1130005_3

選挙の時の校庭ってどうしていつもきれいなんでしょうね。
これは先週、日本の船頭が変わった日。
高速マジでタダにするつもりなんですかねえ。

先月ですが、報道ステーションで猪瀬氏と高速無料化論者の
某シンクタンク代表(名前忘れた)が討論したのが面白かった。
某氏は雄弁で、時間無い中での激論では猪瀬氏タジタジ。

しかし海外もフリーウエイって無料だったのが、少しずつ
有料化されてきてる。
アウトバーンもそう、全部が全部無料ではない。維持管理が
大変なんであって、無料化して乗らない人にもしわ寄せが行くんじゃあ
本末転倒ですよね。
そもそも今の、時間帯や曜日で安くなるとかっての私、好きくない。
知ってる人だけ得するというのも嫌ですし、時間延ばしの為に
チンタラ60キロくらいで走るバカがオカマ掘られるって、
分かってたことですよね。
無料化なんて多くの人望んでないと思います。

私のカレーと同じ、ずっとおいしいって政治して欲しいですね。
はじめだけ濃くて美味いってんじゃあだめですから。

2009年8月28日 (金)

HV車の音

HV車が無音でかえって危ないからなんか音を
出したほうがいいのでは、ということで私は

 ファ~ン

って小さい音が出るホーン(ボタン)をつければ、と書いたが、
甘い甘い。
すごいですね、こういう案。

Tky200908270171

http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY200908270167.html

いいなあ。中学生の方だそうですよ。でもこのままだと高速では
ホイールバランスが崩れるんでブレますね。
おもりも考慮して組めば大丈夫かな??

  

少し前だけど新聞で

「信じられない」

と記されたある投稿。

  「止まれ」は一時停止するもの。必ずいったん停止、タイヤを
  止めなくてはならないのに、最近の車は止まらないどころか
  徐行しただけで通り過ぎて行く。私には信じられないことだが
  現実だ。。。

とあった。
私は投稿した人の考えが信じられない。「止まれ」は法的には確かに
いったん停止を課しているものだが、私は完全にタイヤを止めるまで
停止した車など見たことがない。パトカーですら「徐行」ですから。
「徐行」の定義を知っているのだろうか、件の方は。

「車などが直ちに停止できる速度で走ること」

なんであります。
だから直ちに停止できる速度であればあえて完全停止の義務は
ないのではないか、と思います。それが省エネってもんです。
いちいち全部が全部で完全停止してたらあなた、
世田谷の住宅街は走れませんよ。

今日はトゥーランの納車であります。
もうバクバクもんであります。

2009年8月26日 (水)

エアコン

自宅リビングのエアコンのフィルターを掃除した。
驚くくらい風量が増えた。もちろん効きも強まった。
気にしてるので、年に2度ほどは掃除している。のに、だ。

平素は27度の設定で充分涼しかったけど、
それでは寒いくらいになってしまた。でも28にすると
なまぬるくってダメなんですね。除湿がイマイチ。
 

車のエアコンでいくとメルセデスの方はだいたい25度前後の
設定にしてる。
長距離走る時はド夏でも26度風量1でいってる。
これで充分冷える。やわらかくて、いい。
最近の車は0.5度単位で設定できるフルオートが
多くなってきてる。コルトもそう。
W202は1度単位だが、新しく来るトゥーランも0.5
単位できざめる。

Lineup_highline_005

んな細かくいらねとは思っている。そのうちクオーターってのも
出てくるかもしんないですね。んなことないか。

ハナシ戻って、リビングのエアコンだけど、27と28の中間って
設定が欲しいんですよね。
ああ、そうすると0.5のきざみが必要になるってことかな。
やっぱあるといいんすかね。

2009年8月25日 (火)

詐欺

2~3ヶ月前だけど、弟を名乗るものから
電話があった。実家の方に。
父がとったが、あまりに声が違うものだから
変だなあと言うと、風邪をひいてるんだ、
携帯をなくしたので番号が変わったけど、実はお金が無いんだ、
この番号にかけなおしてくれないか、という。
があまりの声の違いに親父は吹き出し、
おい、だあき、お前話してみろ、と私に受話器を渡した時点で
電話が切れてしまった。
オレオレの典型的なパターンだ。

先般新聞で投稿があった。
息子さんが事故を起こしたと連絡を受けた。示談にするため急ぎ振込みを
しなくてはならない。が、銀行で行員に

「99%振り込め詐欺ですよ!」

と窘められた。が、

「その1%だったらどうするんですか!
 アナタ、責任持てるんですか!」

とキレ、無事振込みを終えた。
後、詐欺と気付いたそうですな。本人いわく、息子のことしか
アタマになかった、とのこと。ま、金額もそう大きくなかったから
勉強代でしょう。悪いけど。
 
 
3~4日前、親父の従姉妹だという方からの電話をとった。
年は70は過ぎてるだろうか、父のいろんなことを知っていて
それを私に早口で説明を始めて、少し変だな、と思った。
たぶんだが私は会ったこと、ない。でも先方は

あなたのことは知ってるのよ、
すんごい小さいころのことだけどね、

と言う。

はあ、そうですか。。。

親父は出かけてたので折り返すことを伝えた。
帰ってきて話すと、従姉妹であることは間違いなく、にしても
かなり久しぶりのことだから、何の用か、と首を傾げつつ
ダイヤルした。
長い昔話を続けた後、で用はなんだと切りだすと、
息子の知り合いが事業を興した、すばらしい人なので息子は
心底尊敬してしまっている人なのだ、で、
その方の事業に出資している。だからあなたも少し話を聞いて
もらえないだろうか、決して悪い話ではない、ということのようだ。

そんなことを電話で1時間近くかけ、説明されている。
私は横でつまみ聞きしながら胡散臭せえなあと思っていた。
どうせ投資してくれってハナシなんだろう。
こういうハナシ、身近でもチョボチョボ出てきてます。
みなさんも注意してかかってくださいね。二日目のトロと同様(笑)。

2009年8月14日 (金)

石打~月夜野17号を走って思い出したこと(野沢)

W202。
タイヤ、フェンダーを擦らないようにシムで前だけ
車高を上げたたかぴー号はなんとはなし、
つまんないハンドリングになってしまっている。

上越の帰り。
宿から高速のインターは近いのだけど、すぐ乗っても
つまんないので、しばらく下を走ることにした。
その石打~月夜野間の17号は昔は当然高速など延びてなく、
私も学生時代によく走った道だった。1980年ごろの当時は
関越自動車道に

「関越トンネル」

なんてものはなく、みつまたかぐらに行くのにも湯沢に行くにも
石打に行くのにも皆、月夜野(あるいはその前)で降りるしか
なかったのだ。志賀に行くのなど、高崎で降りただただひたすら
雪道を何時間も走るのみであった。
 
今回は道もガラ空きで誰も走っていず、10数分で湯沢を通過したのち
峠を登ってみつまたかぐらに至る。
1時間も経たずに右手に苗場山の美しい景観を得ることができた。

月夜野から関越に乗って100前後で流し、花園で通例の渋滞に交じり
インターを降りたのは午後7時半だった。
出発したのが5時だったのでまあそんなもんだろう。しかし花園の
渋滞というのはいつものことだ。あそこは高速が少しすり鉢のように
なっていて、先の先まで見通せる。だからずっと遠くのテールランプ
まで数珠つなぎの渋滞になっているように見え、
皆がスピードをおとすから渋滞するのでは、
というのが持論だ。
帰路で実際ここを渋滞なしで通れたためしがない。

いやあったか。冬の苗場だが友人らと滑って、食事を済ませ
夜9時すぎに向こうを出発したことがあった。
あの時は最後千葉の友達を下した時丁度11時だったのを憶えている。
2時間かからなかったということ。
ナイターのリフトに乗っていて三国峠の先の方までずっと渋滞しているのが
見えていてうんざりし、思い切ってゆっくり目に出たのが奏功したのだな。

思えばスキーではいろいろな思い出があったなあ、今回17号を
ひた走って思い起こした。

あれはどこだったろう、野沢だったか、バスツアーで行った
大学3~4年の時のことだ。メンツは男ばかり5~6人だったろうか。
こないだ行った時はなくなってた

 Tバーリフト

というものが当時はあって、これがまたかなりの高速のものだった。
並行して横(30~40メートルは離れていたか)を走るペアリフトに乗った時、
これも少し速めのものだったが、それを抜いてしまうほど速かったので

 次はあれにしよう、あれに乗ってみよう

と皆で勇んで向かった。
乗る時少しバクバクしたが大丈夫だろう、スキーには自信があったし
たかがリフトだとたかをくくっていた。

先にウエハラ、タカネの両氏がペアで乗っていった。
お尻をそれこそTの字のでっかいやつの柄に乗せ、
ブオ~ン!
ってな感じの急加速でずんずん遠ざかっていった。

おおー!

とか

すげー!

とか多くの感嘆驚異の叫びを二人はあげていた。
しかし振り返って、残った我々に手を振る余裕は彼らにはなく、
それが少しキワドイ乗りものかもしれないという思いを
予感させていた。それは的中した。

私は知らないおやっさん(50)とペアだった。
出発直後の急加速にかなり驚いた。ホントに速いのだ。
ぐんぐん速度が上がっていく。しかし平地だったらいいのだがそうではなく
勾配のある坂を上っていくのだ。その速度、倍以上のものを
体感させるものがあった。

ああ~っ!!

ほどなくして、隣のおやじはバランスをくずし、見事にTバーから
転げ落ちてしまった。
恐怖の叫び声がドップラー効果と共に去ってゆく。
チラと振り返ると雪崩のような雪のかたまりしか見えなかった。私は

ご愁傷さまです!

と心の中で叫んだ。
ペア不在でいると、前の方にタカネくんがいるではないか。
彼も転げ落ちたていたのだ。バカめ。地獄に仏とはこのことだよし、
助けてやろうではないか。
私は手を振って声を上げた

乗れ、乗れー!!

たまたまその進路の右前方に彼はいた。去ったおやじの
空いた席も右だ、都合が良い、タイミングさえ合えば乗れるに違いない
私はそう思った。彼も遠目にそう理解したようだった。
どんどん近づく。思惑通りのところに彼はお尻を突き出し、待っていた。

よし、今だ!

彼のケツとタイミングはピタリだった、が、Tバーが彼にあたった途端、
私たちは爆発してしまった。
止まっていた彼に高速バーのバランスは耐えられなかったのだ。
見事にバランスを崩したバーは彼だけでは無し、
私までも放り出す結末を生んだ。
かなりのスピードで放り出された私は沿道に積もった雪の塊の中まで
飛ばされていた。しかし目を開けるに、タカネ君がいない。

どこ!
ヤツはどこ!

見ると、猛スピードで去ってゆくTバーがとてつもない
雪煙りを上げているのに気付いた。

あいつは・・・!
Tバーにしがみついて!
転んでいるのにもかかわらず、掴まっているのか!

スゲー根性と思ったが実はそうではなかった。
彼は斜めがけして持っていたポシェットがバーにひっかかり、
転んだまま高速スピードで連れられてしまっていたのだった。

うおおおおーーー!!

彼の雄たけびたるや想像を絶する恐怖感を私に伝えた。

顔が下になったり、後頭部を擦ったりまた回っておでこの辺りを
擦ったり、鼻の穴も雪でパンパンになり
かなりぐるぐると回り回ってしまったんだろう、板ももちろん両足から外れていた。

彼はパニックの中でポシェットを外そうにも外せず
どうしようもなくなって
死ぬかもしれない
と、開き直った次の瞬間、ポシェットの金具が壊れ、
外れてくれた、で、助かった、ということだった。
後で見ると鼻の穴フチをはじめ、顔中傷だらけだった。

それにしても助かってよかったですね。あの去っていく
雪煙りは何物かと思いましたよ。
そうそう、今日は暑気払いでしたね。
お会いできること楽しみにしております。

2009年8月 8日 (土)

熊倉さんのこと、他、雑感

モータージャーナリストの熊倉重春さんが
結構好きです。ルボラン誌によく出てる。書いてることが
面白いんですよ。
 
同じ試乗記にしても、他の人は決して書かないことや、
想定外だけど大きく頷けたり、思わずぷっと笑ってしまったり、
また、とにかくいろんなことをよく知ってるんですね。
カーグラフィック誌の編集長を務めたこともある方です。

たとえばだけど、ベントレーやメルセデスのCL(共に1千万円超)
なんか乗ったりすると

  こーゆう車は所有しているだけでは意味が無い。乗って
  見せびらかすこと、自らの成功の果実を公けの場で
  ひけらかすことに意義を持つ・・・

とあっさり書く。SLのAMG(2千万円近い)に乗ると

  しばらくすると周囲を見下している自分に気付く。おおよそ
  道徳心など軽くぶっ飛んでしまう。それもこの車の
  本性でもある・・・

なんてね。

フツーじゃ面白くないですよね、自動車の評論って。
ホント、つまんない評論家って多くて、カタログに載ってることを
ダラダラダラダラ書いてたり、

  エンジンは低速でトルクが厚いのがそのまま高速でも持続し
  気持ちよく回る・・・

なんて、当たり前のこと書いてるんですよ、多くの人が。アホか。
今どき気持ちよく回らないエンジンなんて、無いですから!
 
 
 
最近、プリウスは静かすぎて危険だ、音を出して欲しいなんて声が
あがって検討が進められてますね。
熊倉さんもプリウス持ってるんですよね。あの方なら妙案
出してくれそうですけど。
私は前も言ったように、

 ファ~ン

って、遠くで鳴ってるような音が出るようなボタンを
ステアリング近くのどっかに設けてもらうのがいいかと思います。
うるさくないやつね。普段から疑似音出して走るってのは、
静かなのが取り柄でもあるわけだから、本末転倒です。
 

2009年7月24日 (金)

みつかったグローブ

喪失していた野球のグローブが、妻の鋭意捜索努力により
発見された。納戸(元義兄の部屋)奥に積み上げられた最下段の
ダンボール箱の中からみつかった。見つけるのにとても苦労した
ようだし、半ばあきらめかけていたところだったので、
妻も鬼の首でも取ったかのように喜んだ。

二つあったうち一つ、94年7月、という日付けが記されている
ローリングスのグローブはサラリーマン当時、部内の野球サークルに
混ぜてもらった時に新橋サラリーマンさぼりビルのスポーツ用品店
バーゲンワゴンで4千円で買ったもの。
早いものでもう15年が経っているが、そうは使っていないから
まだ傷も少ない。

もう一つは父が使っていたもので、商店街の野球チームに入っていた頃の。
だから60~70年代のだ。40年も前の、ということ。
見た目パサパサだが、使えないということは全くない。
大きさはローリングスのよりちょい小さいし、長男も手にはめてみると
こちらの方がしっくりくるようだ。皮自体は硬いが、開閉は柔らかいから
こっちを使えばいいかもしれない。
早速靴箱に入ってたキーウィのオイルを塗った。

私が子供の頃も多聞にもれず野球は流行っていて、リトルリーグが盛んだった。
自宅向かいがスポーツ用品店で、そこの社長さんが地元リトルの
運営にタッチしていた関係から、ユニフォームを着た少年たちが多く向かいに
来ていた。
かっこよかったし、私もいつしかリトルに入りたくて仕方がなくなっていた。
母がスポーツ店に話して私も混ぜてもらうようになった。

がしかし友達が全くできず、行っても球拾いしかさせてもらえなかった。
いい友達でもできれば違ったろうに、何度行っても誰と話すこともできず
ただただ黙々と雑用ばかりしかさせてもらえなかったことに
嫌気がさしてきた。ていうか、皆になじめない自分に。
はじめのキャッチボールすら誰とも組めず、一人ボーっとしてたくらいですから。
子供ってそういうところあるんですよね。
私、小1~2の時、ひどいいじめに会ってましたから、そのトラウマが
そのリトルの時出ちゃったんじゃあないか、と、思い返します。

小学校ではとにかく、泣かないで済む日は無かった。
日に何度も泣かされるんです。
近所で1こ下のとてもひ弱な子がいて、その子が同じ学校に通うようになった時
学校で無くこと、あるでしょう、と聞くと
うん、何日に一回かは、泣いちゃう、
という返事だった。何度も何度も私は聞いた。
今日は泣いた?昨日は泣いた?と。
そのひ弱に見える子以上に私は泣いていた、ということなんです。

私がいじめられていた原因は髪が茶髪なこと。ちょっとハーフっぽい
んですよね、色白でもあるし。
だから

「外人! 外人!」

と皆から言われる。名前で呼んでくれない。それが嫌で嫌で。
相手は束になってきますから、いつも袋叩きみたいなもんです。
だからね、今、誰でも茶髪に染めるでしょう。地毛じゃなく。
それ聞く度、

「俺はそれでいじめられてきたんだあっ!」

って心で叫んでるんですよね。
他愛もない話ですが、それほど、あの時のいじめはひどかった、
心に深い傷で残っていた、ということです。
こう見えても結構繊細だったんですね。
 
グローブをみていてそんなこと、思い出しちゃいました。
 

2009年6月 8日 (月)

天窓の電源

野球のグローブがどこに行ったのか、行方不明だ。
2つあるはず。子供らとキャッチボールくらいしたい。

「あるとしたら書斎の奥じゃないかしら」。

妻の言う通り探す。
と、書斎の奥にはウオークインクローゼットがあり、
その更に奥の下部に妙な物体を発見。
手を伸ばして触ると、暖かい、というか、熱い。
大きさは、弁当箱を一回り大きくした(厚くした)くらい。
それが二個。
なんだろう、で、電源コードが出てる。追っていくと、
奥の奥にあるコンセントに刺さってた。
なんじゃ、こりゃ。
熱を持ってるのはこれまずい、抜いた。

電源は、天井上部にある天窓の開閉スイッチの為のものということが
分かった。2枚あるので、2個あったということだ。

それにしても、良かった。
探しものでもない限り、あんなところに手を伸ばすこと、
無いだろう。
この家ももう築25年を過ぎている。先の電源も25年間挿しっぱなし
だったことだろう。見つけて良かった。
他にこういうの、もう無ければいいが。

Dsc_0006

昨日の洗車は、蚊の多さに閉口。で、虫コナーズが

あったことを忘れ、あわてて設置。(ボンネット上部に写ってるのがそれ)

すごい!効き目ありますね。刺されませんでした。

Dsc_0012

2009年6月 4日 (木)

ちょっとしたこと

上から目線って、嫌ですよね。
初めて相対する人でも、なんかオーラみたいの感じて、

「ああ、見下されてるなあ」

なんて思うこと、あります。
仕事でいえば、先般ある大きなビジネスをはじめるとき
銀行に融資のお願いをもちかけたのですが、はなっから
上目線で応対され閉口しました。
うちの社長は銀行が退室したとたん

「慇懃無礼とはこのことだ」

と吐き捨てました。

私ももうこのとしになると、だいたいは相対して
相手がどう考えてるとかどう思ってるとかいうことが
そこそこは分かるようになってきました。
言葉尻とか目線、態度、雰囲気から、ですね。

文章についても同じことが言えるような気がします。
人のブログを読む趣味はあまり無いですが、それでも
知人のはそこそこ覗いて見てます。
会って知ってる人のはいいけど、知らない人のは
特に地位的立場の高い人のは、文章自体がかなり上からで、
自慢してんのか思いっきり上から書いてるのか、読んでて
腹立たしくなるものもあります。
私の文章もだけど、気を付けて投稿しないといけませんね。
なんだかそんなこと、考えてしまいました。

今日は銀行のATMで。
指で押しても反応しないんで、体重を乗せ力任せに押してるお年寄りが
いました。(隣) だめだわぁ~、とブツブツ文句言ってます。

「これはですね、指先の爪で、コン、と叩くと
 すぐ反応しますよ」

と教えてあげると、とても喜んでくれました。
そうなんですよ。意外と知らない人多いんですね。
ちょっとしたコツですが、これも銀行、書いてあげればいいのに、
と思いました。
ちょっとしたことなんですよね。

2009年5月23日 (土)

これから出発

今日は長男(7歳)の小学校の運動会だった。
場所取りのため、朝6時前から学校門前に並んだ。
早い人は昨夜11時!から並んでたらしい。
今朝4時前に来てた同級生の親御さんは7番目だった、と。
私は6時10分前には着いたけど、それでももう50人は
いたかもしれない。
7時の開門と同時にダッと奥まで走り、最前列にビニールシートを
敷いた。
午後から仕事なので午前中いっぱいいたが、暑いのなんの。
直射日光炎天下のもとだったのでつらいつらい。
おかげで午後出社の今も頭がぼーっとして使い物にならない。

それにしても今回の豚インフルエンザはどうしてこうも
騒ぎ立てられることになったのだろう。
USの疾病対策センターも早くから「罹患しても自宅療養だけで
充分」と言っていたのに。いざとなればタミフル、リレンザも有効だし。
 
 
 
これからベン子で出張だが、なんだか微熱があるようだ。
インフルエンザかな。
気つけて行ってこよ。
 

2009年5月14日 (木)

その切符、どうしても切らなくてはいけないんですか

古いルボラン誌をめくっていたらW202用のアブソーバーの広告が
あった。エナペタル(ビルシュ)だ。
9段階調整可能で26万円、とあった。
はあ、あったのかエナペタルでも。
売れたでしょうかね。
私のアラゴがやはり同じくらいの金額。いっそのこともう1セット持ってて
試してみたい、って考えもある。
今回のアラゴは12月の誕生祝いを青田買いしたものだから
エナペは来年の、だな。これも上質で良いようだ、アラゴでも感じられている

「静粛性」

が特長で記されていた。

先日、ベン子で出勤。
往きF7、R8の設定。
少し硬めだけど、ハーシュネスはうまく抑えられていて、
キビキビと楽しい。
帰路はF8、R9で。
きも~ち緩くなって、いい。走り出したとたんに家に着いたような
安堵感が得られる。
 
 
  
おととい、仕事で取引のある方へ電話(携帯)した。
出られないので、忙しいのか電話中なのか、切ってしばらく(20~30分)
すると折り返しかかってきた。

「さっきのたかぴーさんの電話、
 運転中だったんですけど、画面見たら、
 画面見ただけなのに、
 ケーサツに捕まっちゃいました!」

私からの電話だと、表示を見ただけだ、という。
もちろん電話を受けていないのは、私も知っていること。
で、切符切られたと!

なんで!反発しなかったの?
操作はしてないじゃん、画面見ただけでしょう。

「いやいや、ナニ言ってもダメなんスよ。
 もめにもめたけど、結局切符ですよ。
 ゴールドだったんだけどね。
 ま、三か月で消えるっていうから
 妥協しちゃいました」

最近のおまわりっつーのは、切符切るのが仕事、みたいに
思ってるようだ。アホだな。
じゃあBMのi-driveはいじってて捕まえないのだろうか、
あれで減衰力の調整やローンチコントロールを運転中にするほうがずっと
キケンだ。知ってろ、アホ。

んで昨日。環8砧あたりの外回り。白バイが突如けたたましい
サイレンを鳴らしミニバンの前に回り込み、止めた。
黄色線をまたいだからだ。
私もよく通る、難しいところなんだな。
東名を用賀で降りて環8外回りに入って第3レーンに移りたい場合
(その先で右折したい時)、
その黄車線がすんごい邪魔なのだ。踏まないように走る方が危険。
サイレンの音量もとんでもなくでかいものだったし、
お子さんを乗せているのだろう、ミニバンの主婦はパニックってる。
しかし彼ら曰く違反は違反、なのだ。
黄色を踏まない方が難しい、危険だ、ということはカンケーない。
切符を切ること、それがミッション。

これは少し前のこと、家族を乗せてお台場からの帰り慶応近くの
道で、路肩にパトカーとタクシーが止まっている。
運転手が警官に土下座!している。
切符を切ろうとしているのを許して欲しいのだな。
生活がかかっているのかもしれない。運転手、まだ若そう(40前)
だった。かわいそうに。
でもダメ。切符を切るのが使命だから。

豪徳寺近くの交差点で。
手を挙げたおばあさんにタクシーが停まった。
たまたま3台の白バイがそこを通りかかってた。急ブレーキで
止まり、拡声器で怒鳴った。

「こらー!
 交差点で人、乗っけたらいけないんだろうがあー!」

おばあさんはやっと来たタクシーに見捨てられ、
運転手は切符を手にすることになった。
タクシーって、ほとんどの人、交差点で拾ってると
思うんだけどね。

2009年4月24日 (金)

戻らない釣り銭

病院に行ってきた。
診察を終え、清算の時。釣りの100円が戻らない。
自販機のようになってて、診察券を入れると支払額が
表示される。で、2,910円だったので3,010円を
入れた。
診察券は戻って、領収書も出たが、釣銭100円が出てこないのだ。
奥で詰まってると思ったけど、指は入らない。
総合病院なので、混んで人もごった返していたがしょうがない、手をあげ

「すいませーん!
 お釣りが出ません!」

と声をかけた。

女性の事務員が二人きて調べ始めた。
私の意見をろくに聞きもせず、ちょっと座っててください!
と言う。
とりあえず説明はしとかないと、と寄ってって

「2,910円だったので3,010円入れたんです。
 先に10円、そのあと3,000円。
 だから100円が出るはずですよね」

と言うと、ええ、調べてます。ですから座っててください!

ふうむ。じゃ、ま、座ってようか。
ただでさえ診察で待たされ、またここでこんなかたちで待たなくては、
ならないのか、と少々気をもんでしばし(3分か5分か)待った。
彼女らは機械を開き、いろいろ操作している。画面に
数字がいっぱい出ていて、ああだこうだと話し合っている。
二人のうち一人の事務員が来て早口で説明を始めた。

「コンピュータで見ると、確かに返金されているように
 なっています、ですから、お金は出ているはずですよ」

んなばかな。

「出ないから、声をあげて、出ていません、と言いました。
 どうであれ、出ていないのです」

「そうは言っても、出ているようになっています。
 詰まってもいません」

ん~

「私ではなく、機械を信用しているんですね」

「そうは言ってません」

「いや、そういうことです。
 たかが100円ですが、もらっていなものは、もらってない、
 そう申し上げているだけです」

「機械側では出ている、というデータになってるんですよ」

「私はこういう者です。怪しいものでもなんでもありません。
 私のことを調べて頂いて結構ですよ。
 騙しているようにとられたら心外じゃあないですか」

と、免許証と健康保険証を出し、がさがさと名刺も出そうとしたが

「結構です」

とピシャリ。

「たかが100円ですが、ね、こう考えてください。
 相手に返金を終えて、それで事が済むのです。
 機械が払っていても、相手に渡っていなければ、完了したとは
 言えない。そうではありませんか?」

こちらを全く信用しようとしない、正しいのはあくまでも機械なのだ。
精算機は他に3台ほどあったが、人が多いので、私らの会話に耳を傾けている
人も多い。入院患者でロビーに暇つぶしに来ている人も目につくし。
 
精算機のお金は夕方出金し、入金額と残高を付け合わせる、で、その時
100円余剰となっているかどうか調べ、そちらへ連絡します、と言ってきた。

はあ、いいんですが、その為に、100円の為に、またここに来るのは
ごめんですよ、といって私の連絡先を記し、その場を去った。

18時過ぎに連絡が来ることになっている。
どう言ってくるでしょうかね。
たかが100円ですが、私は妥協はしたくないんですが。

2009年4月17日 (金)

追い越し車線のありかた

W202、昨日アライメントとり直してもらった。
これまた素晴らしく良くなった。
不思議なものだ。これぞメルセデスの真髄なのだな、この車は
11年が経過しようとしている、にもかかわらず、
まるで新車、いや、くどいけど新車以上の乗り味だ。
まったり、しっとり、奥でコシがあって、速度を上げるにつれ、
ビシっとする。真新しいおニューのスニーカーで紐をぎゅっと
しばって歩きだす心地を、いつになっても味わえる。
素晴らしいことだ。

 

先だってW202で久々に首都高を走った。空いた平日の19時すぎ。右に左に
ゆるいコーナーが続く中、追い越し車線をセルシオがゆっくりしたスピードで
走っている。左にも車がいたので、私はセルシオをパッシングで
どけて追い越した。と、とたんに私の後ろにビタリとついて
きた。覆面ではないことを追い越しざまに確認してたので
速度を上げたが、ずんずんついてくる。ウザイので左に移って
抜かさせたら、またゆるい速度で追い越し車線を走り始めた。
ばかか。
また後ろについてパッシングし、おおよそセルシオではついてくることの
できない速度まであげ、蹴散らした。
困ったものだ。追い越し車線をなんと思っているのだろうか。
お前はアウトバーンの追い越し車線をジョギングで走れと言いたくなった。

環状線から3号線を下り、用賀を過ぎ東名に入ると車線が広くなり
スピードが出せる。そこでまたアホンダラに遭遇した。
追い越し車線を80キロで走っている。ナディアだった。
1、2車線とも車がいたので、ナディアについてパッシングした。
と、どかない。
ん~またマナーの悪い輩だ。
車間を詰めることをせず、もう一度パッシングした。
どかない。
しょうがない、タイミング見計らって左のレーンから抜いて追い越し車線
へ入った。すると、先のセルシオのように、またビタっとついてきた。
4速で5千回転まであげたがまだついてくる。
火がついたな。
左に寄って抜かさせてあげると、また追い越し車線で悠々自適に
走りだした。
アホ。
相手にせず、第2車線でゆっくり走り始めたら、彼は私の後ろに移り
ピッタリついてきた。かなり車間が詰まってる。
これはこまった、おカマは大嫌いだ。また蹴散らかせねばと追い越し車線に移って、
ナディアでは到達することのできない速度域まで上げ、巡航した。
ミラーを確認すると、彼ははるか後方でまだ第3車線を使って走っていた。
一日の、しかも短時間の間に、2台のアホドライバーと遭遇してしまったことに
なる。

日本の高速はアウトバーンとはもちろん違う。制限速度も設定されている。
だからといって制限速度内で追い越し車線をノラノラと走ること、
良いことなのだろうか。なぜ左を走らない。
私は戒められてしかるべき、と思う。
ENGINE誌の鈴木編集長が、追い越し車線を悠々と制限速度で走ってる
パトカーに遭遇。「左に移りなさい」と説教しようと、窓を開けた、とたんに

「運転手さん!制限速度を5キロオーバーしてます!」

と拡声器で怒鳴られたという、憤慨のリポートを読んだことがある。
いるんですねえ。私が遭遇したのはおまわりさんのプライベート走行だったのかな?
マナーを浸透させるには、どうすればいいんですかね。

2009年4月16日 (木)

先だって近所の道で

片側一車線の空いた道。左に宅配便の車が止まっていたので
右に寄って抜こうとしたところ、対向車が来た。
対向車が路肩に寄ってくれれば充分通り抜けれる。
のに、わざと私の車を通り難く、中央車線寄りに来て止まった。
通れるギリギリだ。はじに寄ってくれれば余裕なのに、で、私のことをにらんでいる。

「こっちへ寄るな!」

と言いたげな脂肪厚のデブ顔がそこにあった。車はB4だった。
私は車をB4に並べ、デブ顔を見、ミラーがぶつからないよう気をつけながら
通り過ぎた。
バカですねえ。こういう輩、いるんですねまだ。
お腹を空かしてる貧しい人の横で、腹いっぱいなのにげっぷを出しながら
まんじゅうを食ってるバカだ。
 
 
少し前、テレビで。どっかの国(南米だったと思う)の
小川沿いに住んでる貧困層の人たちを取り上げてた。
その人たちはその小川の水を生活水として使っていた。飲み水として、また炊事に
使うなど、なくてはならないものだった。
ところが、だ、フランスのあるミネラルウオーターメーカーが
上流の土地を買占め、川を堰き止めてしまった。
おいしいから飲料水として売るためだ。すぐに川は干からび、貧困層の方々は
水が無くなってしまった。住民にはもともと水を買う、なんて意識は無かったし、
そもそも水道なんてものがひかれていない。どうしようもないので、
溜めた雨水でしのいだりしていたが、最悪の時は泥水でも飲んでいた為、
下水が発達していないからすぐに病気が蔓延してしまった。

憎むべきは、製水工場がその貧困層の人たちの住んでいるところの
すぐ横に建築されたことだった。
水の音がうるさいくらいに人々の耳に届いている。わずか
数メートル先の、高い格子塀の向こうには、それこそ溢れんばかりの水があるのに
人々は水を口にすることができない。
蔓延した病気の結果、多くの死者が出ることになったが、もともと良い水の土地を
売った「国」にも責任がある、また、製水メーカーにも当然道義的責任を追及
しなければならない、ということが言われていた。その後が分からない、
今はどうなっているだろうか。

先の、車すれ違いざまの時、このことを思い出しました。
同じですね。程度の違いはあれ。
あのB4運転手は先陣を切って水をせき止めに行くタイプ、ですね。

2009年4月 6日 (月)

マナーの悪い車、増えましたね

仕事でよく使う道。井の頭通り西永福あたりの上り車線。
片側2車線あるのだが、途中から1車線に縮小する。
商店街を過ぎたところなのですいているのだが、そこを左車線から
ぶっ飛ばしてきてギリギリのところで合流するヤツ、必ずいる。
いつもいつもアッタマきてみてる。私は絶対入れない。
ヤクザだろうがなんだろうが、絶対。戒めだ。

どうしてこうもまあマナーの分かってない車多いのだろうか。
それとも急いでる?
そんなに急がなくちゃならない用事ってあるのだろうか。
私はたとえウンチをもらしそうになってる状況であっても、
あの強引な割り込みはしない。
ウンチもらした方がよっぽどいさぎよいじゃあございませんか。

混雑したトイレの立ちションで
ブリブリブリリリ
とおならをしてしまった友人のタカネくん。
後ろに待ってる人に

すいません

とあやまった。

あやまる必要はないかもしれない。でもあやまった方がいいともいえる。
法的な規制はもちろんない。マナーを鑑みてるのだろうか、
割り込みバカはタカネくんを見習うべきである。

合流でいうと、上記のような空いている場合でなく逆に渋滞の場合。
こういう時は、最後の最後まで、合流しないのが正解である。
被合流車は、早いとこで入れてしまった場合、後ろから来る車は抜かし、
もっと先で合流してしまうから、被合流車線の渋滞が
悪化の一途をたどってしまうからだ。
KYだな。ルボラン誌に萩原秀輝さんも同じこと書いてた。

こういうことも、本来教習所もしくは、免許更新の時にでも
きっちりかっきり教えるべきなのだ。知らない人はふ~ん、なるほど、
目からうろこだ、と思うかもしれない、だから私は今のうちから子供に教えてる。

免許の更新は逆行してる。どんどんどんどん簡素化して、そういったことはもちろん
標識についてもなんにも教えないし、マナーについてはさっぱりじゃあないか。

先の渋滞での合流のこと。
東名だったと思うが、入れてもらう立場の車が、被合流車の鼻っ面にたばこを
デコピン投げした。被合流車はびっくりして急ブレーキをかけた。
そこに強引に割って入った。
冗談じゃあない。降りてって水酸化ナトリウムを喉に詰め込んでやろうと
思った。被合流車も目を白黒させたろうに。なんで入れてあげるのに
たばこ投げ捨てられなきゃあかんの??
ひっどいやつもいるもんですね。
走れば走るほどマナーに反する車よく見るようになってきた。
いちいちアタマ来ててもしょうがないんですけど。

2009年2月24日 (火)

洗濯乾燥機買った

乾燥機は壊れたので、洗濯機ごと買い替えてしまった。
買ったのはドラム式洗濯乾燥機。日立のにした。
BD-V2100。

Dsc_0858

義母にもお世話になってるし、サプライズでホワイトデーにでも
と思っていたのだが、乾燥機は壊れて日が経ってるし花粉も飛びまくってる、
洗濯機も使ってもう24年と天然記念物化してる全自動なので、
いいかげんにどーにかなんないのかと日ごとプレッシャーを受けていた。
から、ええい面倒だと妻と買いに行ってしまった。

知人の紹介で家電ショップで買ったが、びっくりするくらい
安くしてくれた。後でネットで見てみたら(先に見ろ!)、
どの店より安い。ちょっと驚いた。

機能は大所三社(松下、東芝、日立)だいたい似たりよったりなのだが、
ウチは置場所に床下収納の扉がある関係上、薄めのものでないと
だめだった。で、業界最薄の日立のにしたのだった。

昨夜早速乾燥機を使ってみたが、きれいに仕上がった。
従来のボッシュ水冷の乾燥機もすごかったが、これは乾燥力が
強いんであって、今度のは洗濯物がきれいに仕上がる。
風アイロンなる機能が盛り込まれている。だからだな。
ま、お世話になります、洗濯乾燥機さん。
でもこれでまた電気代がハネ上がりそうですね。

2009年2月 6日 (金)

ネット使えず

勤務地で火曜朝からネットが使えなかった。
前夜まで使えてたのに。理由がわからん。んで
すぐプロバイダーに連絡。
pcのウイルスソフトを全てアンインストールしたり、
ルーターをリセットしたりetc...

も、らちが明かない。

「不具合が見出せません」。

ケーブルももちろん全て替えた。
pc東芝のサポートデスクは親身(電話もすぐかかる)だったが
火曜夜、最後の最後は

「そこまでやってだめなら、リカバリ(!)するしかございません」。

マジ! しかし、リカバリするも状況変わらず!

この時点で、pcはルーターを見れてる。また、プロバイダー~ルーター間の
pingも通ってる。
謎は深まるばかり。

翌水曜もいろいろやったがだめで、
ルーターが変なロジック働かせてるんじゃあなかろうかと、
木曜は、同じ環境で使用している自宅のルータを勤務地に持ってきた。

でもダメ。

ちなみに、pcは勤務地近くの知り合いのところでネット接続すると、
フツーに使える。メールも着信できる。

こりゃもう、ネット側に問題があるとしか思えない。
で、pcレスキュー(東芝の子会社)に来てもらった。

今朝から来ていろいろやったが、問題を見出すことが
できない。
レスキューの人のPCでやっても当然使えない。
プロバイダーは、相変わらず

「ルーターまで見えてますんで、当社でお手伝いできることはもう
 ありません」。

ガキの使いじゃねえっつーんだ、アホ。
レスキューは次があるんで、と冷たく帰った。有料だぞ!

プロバイダーに念押し。

「何度も言ってますが、、、、貴社の下で
 NTTやイーアクセスがインフラを請け負っていますよね、
 そちらのほうにも問い合わせてください、と言ってるんです!」

火曜から言い続けてたのだが、金曜昼過ぎ、やっとその返事が返ってきた。

「問題は見出せない、ということです」。

バカか。。。

ところが、だ。その1時間後、本日午後3時過ぎ、突然使えるようになった!

メールがどどどどーっと入荷。炎上(笑)。

なにが原因だったんでしょうか!

これから志賀行ってきま~す^^

2009年1月23日 (金)

fragile

フラジャイル、と読む。こわれもの、の意。
グループ「YES」のアルバム名でもあったので
私は高校時代から知っていた。
海外製品の精密機械の箱によく書いてある。

「天地無用」
ってどういう意味か知らない人が多いんだそうだ。ある高校教師は
生徒39人に聞いたら5人しか知らなかったと今日の新聞にあった。
しかしこれは私も若い頃はずっと逆の意味にとっていたかもしれない。
「さかさまにしても大丈夫ですよ」と。

今の若いのは何にも知らない。。。と嘆く方は多いけど、
自分の若い時はどうだったんだろうか。
私など新入社員の時

「概ね」

「がいね」

と読んでお客に

「ずっとそう思ってたの?」

と呆れられたことがある。

「~しづらい」は「つ」に濁音である。
つらい、から来ているから。

では

「鼻血」

は平仮名でどう書くか。はなぢ、だろう、うん、それはいい。
けど最近、長男(小1)の教材を見て首を傾げた。

「地面」

は、じめん、なんだそうである。ぢめんじゃあない。
私はずっと「ぢ」だと思ってた。
だから

「地獄」

はじごくが正解だそうだ。

最近の勉強ってどうなんだろう、一時期のゆとり教育は簡単すぎて
子供たちは勉強し甲斐ってものが薄れ、ましてや通知表も3段階評価
でしかない、結局塾に走らされてしまうから、本来の学校は一体
何を教えるところなんだろうと疑問符がつく。
まあこんな読みの問題、今国際社会が抱えてるもっと大きな問題
(イスラエルのガザ侵攻など)からすればどーでも
いいようなこととも思える。

小学校の話に戻すが、最近の成績表はテストの結果つまり学力だけでなく、
品行方正さとか提出物の優劣も加味されてしまうようになってるらしい。

私の時もそうだったかもしれない。
小学校時代、算数とかはテストでは満点に近いような結果をだしても
通知表では3ないし4(5段階)しかくれなかった。
いつもどうしてだろうと思っていた。

反し、図画工作や音楽は、専任の先生だったし、ペーパーテストが無く、
絵や歌、笛などの結果だけで評価されていた。から、図工はいつも
5だった。音楽もだいたい4をくれていた。

ところが中学にあがると、美術や音楽に、期末試験なんかで
ペーパーテストが入るようになってしまった。
美術だと、なんとかという画家は抽象画か印象派かとか、
音楽はバッハはどこの生まれの何年没かなんて問題ばっか
つづいて、頭をひねった。
単なる暗記試験だこれは、音楽性、美術性を試していない、
歴史なんかの試験と同じじゃあないか、ばからしい!と。

だからペーパーテスト向けには全く勉強しないで試験に臨んだ。から
ほとんど未記入で提出。よって美術は中学からいきなり2に、
音楽も2に落ちてしまった。酷い時は音楽、1をくれやがったことも
あった。ギタリストをマジに目指していたのにもかかわらず。

そういう通り一辺倒のような成績の出し方って、アリ、ですかねえ。
私はどう考えても、解せません。
くどいけど音楽は音楽性を、美術は芸術性とかを試すのがスジ
なんじゃあないでしょうか。どうしてそこに「単なる暗記」が
試されなくちゃあならんのでしょう。
独創性のある子が出てこなくなっちゃいますね。

 
サラリーマン時代のことだが、親会社が新社屋に移った。
セキュリティーや通信面の新しいインテリジェンス機能をいろいろ
盛り込んだオフィスだったので、営業である私はあるお客をそのオフィスに
案内しようと思い、親会社の営業に相談した。
お客は親会社のその営業も知っている人だ。

「そんなの、できません」

耳を疑う返事が返ってきた。
お客は翌年、新社屋への移転を予定していたので、新本社に入っている
それらのインフラを提案していた。正に売り込みのチャンス
だったのだ。
 
できないって、アナタに説明をお願いしてるんじゃあない、
総務か広報に相談してみてくださいその伝をお願いします、と言ってるんです、
と言ってもダメ。

「このビルは、管理体制が厳しいし、見てもらう、なんて
 できるはずがない」

と冷たくぬかすばかり。
呆れてものが言えなくなったが、ツバをごくんと飲んでから
じゃあ頼みません、と言って電話をたたき切った。

すぐ親会社の総務部へ電話を入れた。たまたまだが、総務課長さん、
別の仕事の折、お世話になって、お酒を交わすことがあった人だった。

「ああ、あの時の、たかぴーさんですか!」

ということで話を聞いてくれた。

これこれこういう客で、うちからこういったものを提案、
売り込もうとしている。
御社に入れた自社のカードゲートと、ネットワークのabとcdとefを
見せたいのです、どうかお願いできないでしょうかと頼むと、

「お安い御用ですよ。というか、そうして使って、
 ウチの製品をどんどん売り込んでください!」

と快諾。ついでに打合せ用に役員用の迎賓室まで提供してくれた。

設備の紹介も総務課長、自らがプレゼンしてくれた。
親会社の営業担当は事務的にポツンと座っているだけだった。

できない、なんてことは無いんです。営業はスーパーマンだ。
できないことを可能にしなければならない。

ちなみに、ですが、総務課長さんは、私と同じ二流大学出。
営業担当は超がつくくらいの一流大学の出でした。
おかげ様でそのお客からは、た~くさんの通信設備を
ご発注頂きました。

成績表、学歴、っていったいなんなんでしょうかね。
きれいごとばかりぬかすやつらほどいざというとき使えないこと
多いし、会社員時代のこういった例、腐るほどあります。
子供には高学歴より、臨機応変さと融通の利く賢い子に育って
欲しいもんです。

先のガザ侵攻の問題は日本の政治家は何か第三者としての
支援をしているんでしょうか。何かにつけ広島長崎の被爆国として
意見を(米国に)未だに文句つけてる、けど、世界では
核ではないにせよ、同じように苦しめられている方々が今、
ごまんといる。
選挙運動や派閥のことばかり気にする茶番の国会討論を見てると、
学歴と体裁ばかり気にして育った人だけが政治家になってるような
気がしてならないのは私だけだろうか。
困ったもんです。

ああ、今日は書いてて収集ついてないや。フラジャイルは今日の私のアタマだ。
ちかいうちギターでも練習はじめようかな、と日記に書いておこう。

2008年12月20日 (土)

笑える投稿

今年ショックだった一言。
ラジオでやってた。好きなんですよ、こういうの。

 夫婦喧嘩で妻から言われた一言。
 「あんたなんか、死んでしまえばいいのに!」

 上司から言われた一言。
 「おまえ、アリクイに似てねえ?」

こういう投稿って、聞くと止まらない。帰路の車で聞く
んだけど、帰っても車降りれない時もある。

 
だいぶ前だけど新聞の投稿。おじいちゃん、スーパーでの
買い物を孫から頼まれた。

「大吟醸、ゴマ入り買ってきて」。

なんだろう、わからんが店員に聞けば分かるか。。。

「すいません、大吟醸ゴマ入りっての、ください」

「ああ、吟醸5枚切りですね」

食パンだった。

あ、ウケてるの私だけかな??
でもこういうのって、いいですよね。

これも新聞。
男性、料理教室に通い始めた。
「ちょっと多いんじゃないかなってくらい、砂糖入れてください」
と先生。言われるままにちょっと多いかなってくらい、入れた。
先生試食。
顔が歪んでる。
「ちょっと、砂糖、多いんじゃないかな」。
 
 
サラリーマン川柳とかも笑えるの多いですよね。私は好きでいまだに
おぼえてるの。

 まだ寝てる
 帰ってみれば、もう寝てる

 イナバウアー
 一発芸で腰痛め

忘年会シーズンですね。皆様もお気をつけを。

 

2008年12月 8日 (月)

SDカード出てきた^^

おそるべしおまじない。
すごいです。
意外や意外、車庫に落ちてたんだと。義母が発見した。

しかーし、だ。壊れて使えなくなってんだな。
カメラ、PC他どれに入れても認識してくれない。
車に踏まれたのだろうか。。。残念。

やっぱ100%なんですね。おまじない。
たいしたもんです。

2008年12月 4日 (木)

SDカード紛失

こないだの日曜は久々にコルトをシャンプー洗車した。
ドア内側やヒンジのあたりなども含め隅から隅までビカビカに
した。

ブログに残そうと思い写真をきっちり撮っといたのだが、
カード(SD)を紛失してしまった。

どこ?
ポッケに入れたはずなのに無い。
どこにも、無い。

写真が失われたことよりカード紛失が痛い。
というか失くしてしまったそのこと自体が嫌。

義母が紛失物がみつかるおまじないをもっていて、
借りて唱えてみたが、ダメ。
見つからん。

義母はそのおまじないで紛失物が出てこなかったことは
ない、という。過去100%出てきているそうな。
  
  
  
大学時代、英語の単位がとれない生徒向けに

「サマースクール」

といって、夏休みを返上して学校に通い受講し簡単な試験を受ければ
単位をあげましょう、という講座があった。
友人のケンちゃんはサマースクールを受けたにもかかわらず
その単位を落とし
100%の可能性を99%にしてしまった。

今回の紛失物も同じかな。
ポッケに入れたことまでは覚えている。一緒に入っていた鍵の方を
取り出そうとした時に落ちてしまったのだろうか。なんだかその可能性
が高い。
となると道路上なんだな。もうみつからんだろうか。
なんだか寂しい

2008年11月22日 (土)

裸の王様

小室さん保釈されましたね。

エイベックスの松浦代表がラジオのトーク番組に出てて
興味深い話が聞けた。
一か月くらいまえかな。小室さんの逮捕前。

松浦さんはそもそも学生時代、レンタルレコード屋の店長を任されてた時が
あったんだそうだが、海外の面白い楽曲を集めては、
他のレコード店にテープ付きのDMを送り

 こんな売れそうな曲たちがある

と紹介していたのが今を築き上げた「元」なのだということだった。
何百ものDMを、テープくっつけて送ると、数軒はひっかかってくるんだと。
そういったことを地道に続けていたんだそうだ。
送るテープたちは松浦さんが聴いて真に売れる、と思ったもので、
実際、それらの多くは後に売れに売れ、次第に松浦さん自身も
名が売れていくことになった。
その時買ってくれてたレコード店の社長ら何人かが、一緒に事業をやらないか
と持ちかけてきて、それが今のエイベックスの前身なのだと。

小室さんと手を組んだのはいつのころなんだろうか。小室さんは何故
あんなに事業に手を出すようになってしまったのか。松浦さんのまねをしようと
したの?でも小室さんは

「音楽家」

なんですよね。事業家じゃあない。

日テレのディレクターが逮捕直前の小室さんと電話で話すことに成功したってんで
通話内容をこないだ放映していたけど、小室さん、やっぱ言ったんですね。

「自分は音楽家なのだ」

と。はっきり。
 

 

こないだの田母神さんもおかしなこと言ってました。
何千、何万という人の上に立つ者でありながら、
ああいった論文を書いてそれでいて

「いささかも間違っているとは思えない」

と言い切った。
彼は立場的に、公的の場所では

「男、田母神」

である前に、

「幕僚長」

であるはず。にもかかわらず客観性に乏しいことを言って

「言論の自由」

だという。

国会答弁の時もおや、と思った。

「論文発表は、下の隊員たちにも押し付けたのでは?」

という質問に対して、していない、と主張。その補足として、
私がやれと命ずれば、何百、何千という隊員が論文を書くことになっていたでしょう、
と言ったこと。

それだけ自分の言うことが影響を与える、ということ、わかってるんですよね。
だったら、あなたの言うことは

「個人」

じゃあない。

「幕僚長」

なの。
それくらいのこと、分かってて。

2人に共通すること。

「裸の王様」

だったこと、ですね。

自分を客観的に見ること、できるようにしてください! 

おあとがよろしいようで。。。

2008年10月29日 (水)

乾燥機直った

大事なこと書き忘れてました。
今回の故障ですが、ドラムが回ってなかっただけ、でした。
単に。

また分解したのはいいんですが、その必要も無かったんですね。
手で押して回しただけで、回るようになっちゃった、と。

なんかここんとこ無駄骨が多いような気がします。
先般合格した資格試験も満点に近かったんですが、
50点もとれば合格だったようですし。(最近知りました)

なんだかちょっと疲れました。
風邪を併発してます。
ユンケルの高いの(1,600円)飲んだらまっすぐ歩けないように
なりました。安いので良かったと後悔してます。

2008年10月28日 (火)

乾燥機と都庁と

自宅の乾燥機、ボッシュの。
驚くなかれなんと水冷式である。だが最近ちょっと調子悪い。
家竣工の時のくくりつけのヤツなんで、もう24~5年選手だ。

直近だと2年前に壊れた。下から水漏れしたのだ。
どこがおかしいんだ、自力で直そうと、可能な限りバラしてみた。
その時代のは意外と単純なトコで直ったりするから。

下部に貯水槽があって、1~2リットルくらいの水が
おさまるようになっている。そこの水が床にこぼれ出てしまうのだ。
えっちらほっちらと雑巾なんかを使って汲み出してみたのはいいが
稼働させるとまた水が漏れてきてしまう。
動かし貯め汲み出し、動かし貯め汲み出し
を続けていたら私自身が狂いそうになった。
どうやって水が排出されるのかの仕組みがどうしても分からなかった。

んで当時、ボッシュのHP経由でサービスセンターから紹介されて来てくれた方が
「橋本サービス」
さん。
トシ約60。この道のベテランって感じ。
ウチ来て本機を見るや否や感動してくれた。

「おりゃー!
 このぉー、水冷の機械は!
 滅多にお目にかかれないんですよ!
 これは!
 スッバラシイ機械なんです!」

・・・・・・。
どーでもいいんですケド、水冷か空冷かってことは。直るか
直らんかが重要なのです。
でも橋本さん、感動して機械を舐めまわすように見ているだけ。

私は、どこまで自分で直そうとしたかを伝え
どうやって排水の処理がなされているのか、そこだけでも教えてくれない
でしょうかと橋本さんの背中にぶつけると橋本さんビックリ。
そこまで見に行けたんですか、であれば奥にローターがあったでしょう、
それをちょこんとドライバーの先か何かでつついてあげてください、
そしたらローター回ってくれますんで、もう、直ります。

それだけのこと?
マジですか!

ええ。じゃあ、早速やりましょう^^

と橋本さん作業開始。
分解作業サクサク進んでほうら、と、奥にあるローターを懐中電灯で照らす。

あれが、ね、排水のローターですわ。あのフィンをね、ちょこんと
ドライバーで突くワケですよ。
と、ツンと突いて仮組み上げ。
電源入れると

グイ~~~ン!!

と威勢のいい音と共に水が吸引されていく。
直った!

たま~にそのローター、止まっちゃったりすることがあるんだと。
経験値からか、症状聞いただけで分かった橋本さん、
たいしたもんです。

と、長くなったがまあ、前回のことはいいとして今回は
機能するも、イマイチ乾燥の具合が悪い。
ちょっと湿っぽさが残っちゃったり。
時間を長めにとって作動しておいても、
乾燥してる、例えばタオル1枚でも一緒に入れて作動させたりとか
も試しても、だめ。

んでまた分解。。。

大変ではありますが、こうしてわれわれ庶民は20年も経ってる機会を直し直しして
使っているのです。車もそう、10年選手のメルちゃん。きちっと走って
くれてます。

ハナシ変わりますが、今日は初めて都庁へ。
なんすか、このビル。

P1080001

40数年ずっと都内に住んでましたけど、初めての登庁。
こんなん、必要だったんですかね。私と同様、足さえ運んでない都民の方々
多いと思うんですけど。
何故こんな48階建てのものを必要としたのだろう、
なんで丸の内の旧庁はだめだったんでしょう、修復では補えきれなかった?
でもねえ、現庁も年間維持費だけで40億!だそうですよ。
ばからしい。
写真は21階の会議室から。秋晴れの快晴だったけど富士山見えず。

P1080007

2008年10月24日 (金)

ホーンでのできごと

こないだ車のホーン(警笛)がうるさいってこと書いたけど、
先日、気持ちいいできごとがあった。

勤務地前の道路(約5m幅の一通の商店街)。
歩いてると、後ろからチャリが抜かしてった。
前からクラウンがすっ飛ばしてきた。
けたたましくホーンを鳴らした。チャリに。

 ビーーー!!

チャリ、クラウンの前にふさがるように止まった。
で、チャリから降りると
運転席側に行って窓を開けさせた。
開くと同時に、運転手の襟首を掴び、締め上げた。

「うるせえじゃねえか!
 弁護士呼ぶか!
 弁護士呼ぶぞ!
 いいか!」

と叫び、左手でポッケから携帯を取り出すとダイヤルし始めた。

あわてたクラウン、謝りまくり。

「す、すいません!すいません!」

怖~

鳴らすのはやっぱほどほどに、ですね。
皆様お気をつけあそばせ。
でも気持ちよかった(笑)

2008年10月23日 (木)

IME誤変換

文字入力の誤変換に嫌気がさしていた。
人名で

「木岡」

という文字をよく打つのだが、必ず

「木丘」

と出てしまい、木岡が出てくれない。
木岡を辞書登録してもだめ。

他にもいろいろ。例えば

「塗装」

が、

「と装」

としか出てくれなかったりとか。

ネットで見たら直し方が出てた。

IMEツールバーを右クリック。「設定」から
「全般」のシート。
Microsoft Office IME2007でプロパティをクリック。
「辞書/学習」のシートで「修復」。
 
 
閉口してる方多いのでは?一度試してみてはいかがでしょうか。
 
 
もう一つ。

Excelで英文を打ってる時だけれど、ドット

「.」

の後の英文字が、自動的に大文字になっちゃうの、困ってるひといません?

これは少し前に直したんだけど、
Excelのオプション>文章校正>オートコレクトのオプション をクリック。

「文の先頭文字を大文字にする」のチェックをはずす

で直る。

メアドなんか、ドットの後、大文字じゃあないでしょう。社のメアドを
Excelに打ってプリントアウトして配ったりしてるんだが、
困ってました。

便利さゆえ困っちゃう機能も、また困ったものですね。

2008年9月26日 (金)

ヤマダ駐車場にて

近所のヤマダ電機に行った。愛車ベンちゃんで。
駐車場はガラガラだった。
ポツンと目立つところに止めた。左右はもちろん空いている。
隣りに止められるのはイヤなのだ。エクボつけられるのに辟易している。

しかし、だ。
買い物を済ませて車に向かうと隣に車が止まってるではないか。
カローラだ。
なんでこんなガラ空きなのに、わざわざ私の隣に止めるのか、
気がしれない、そう妻に文句を言った。
しかもそのカローラの場所は軽自動車用の場所なんである。

バカめ。

「ったくなあ~、自分の車が軽かどうかも
 分かってないんだな。 
 しょうがない車だ」

と思ったら運転手がまだ車にいた。

「聞こえるわよ」

「構わんよ、聞こえたって」

と妻に返しつつ、荷物を積もうとリヤに向かった時だ。
しまった。いやなものを見てしまった。
私の場所も

「軽自動車専用」

と書いてあったのだ。塀にそう看板が掛けてあった。
まいった。

「あんたって、ホント、天然よね」

「何もいうな」

「珍しいわ、ここまで徹底した天然も」

「何もいわんでいい」

昨夜のできごと。でした。

2008年8月18日 (月)

脳と爪と

12日に行われた資格試験、ネットで正解みっけて自己採点。

いやいやうれしうれしうれしいねえ。繰り返すけど。
だいたいあっとりました^^
半年間ね、勉強し続けてきた甲斐っていうの、成果っていうのでしょうか。
とにもかくにもうれしい限りです。まだいい余韻に浸ってます。

一番間違いが多かった科目は

MEDICINE

で、40問中4問間違ってました。
ひっかけにかかったのが1問あって、あと3問は
どっちかな~と迷った挙句、違った方へマークしてしまってる。
バカモノ!

ま、1割くらいは間違えてあげないとね
出題者に悪いでしょう。

LAW

を含めたその他4科目は各々20問ずつの出題、を
きれいに1問ずつ間違えてた。
また言うけどね、満点じゃ悪いすから、出題者さんにね。

オリンピックも見ず、好きなビールも控え、子供との遊びも
我慢してもらって、家族全員で協力してもらって臨んだ試験でした。

でもね、今日見直してみて、すんごいですね。
もう多くを忘れ始めてるんですね。
トシなんでしょうか、それともヒトってそうできているんでしょうか、
ちょっと驚きましたが、脳ってね、全血量の15%も流れてるんです。
んで酸素は全消費量の20%、
ブドウ糖に至っては25%も使ってる。重さは体重の5%に過ぎないのにね。
(これ出ると思ったけど出なかった)

今回の勉強で感じましたが、とにかく、お腹がよく空くんです。
前夜はステーキを食べました。
それと、勉強中は甘いものをいっぱい食べるようにしました。ピーナッツチョコ
とかね。mm君明日がんばってよ!ウイダーインゼリー飲むといいよ。下痢しないから。
休憩ほとんどナシのブッ通しで7時間くらい勉強した日が
ありましたけど、そんときはフラフラになりましたね。
でもいい運動した後みたいに、すがすがしかった。

運動といえば、そうそうこれも遅ればせながら、だけど、オリンピック。
北島選手、すごかったですね。また金。
やっと落ち着いてテレビ見れるようになったんですよ。
彼、平は、50m泳ぐのにだいたい14かきだそうです。
私は昨日子供たちと公営プール行ったので、25mで平、試してみました。
ちょうど10かきでした。
私も中学ではちょっと早かったほうなのですが、やっぱ世界と
比べるなんて、おこがましい限りですね。

んで、北島選手の200のVTR見て私が気づいたこと。スローでね。
彼の手の爪、ちょっと伸び気味だったんですよ。
あれ?
一瞬不潔っぽいイメージがよぎったんですが(笑)、
たぶんそうじゃないんでしょうな。

どっかで聞いたことがあるんですけど、爪は、生え際のところまできれいに
切ったのでは、指先の力が出きらないんだそうですね。
後ろ(手の平側)から見て、ほんのちょこっと、爪の先が出て見えてる位が
力がよく伝達できるんだそうです。
ってこともあって、北島選手は爪が伸びてたのかな、あと、水かき効果が
少しでも上がるように、ってこと?かな。。。
ま、小さいことですけど、気づいたトレビ。

2008年8月13日 (水)

試験終えました^^

もう少し難しいこときいてくるかと思ってたがそうでもなく、
大丈夫そうだ。

とはいえ帰路周りで

「全然わかんなかったよ」

と言ってるひともいたし、中には

「塩化リゾチームって何だっけ」

とか

「カッコントウって、風邪のひきはじめでよかったの?」

なんてわらっちゃうような会話も聞こえて(マジ!)
くるくらいだから、不勉強の人には難しかったのかもしれないな。
とはいえ、受験資格者は4年以上の薬局等の実務経験が
ある人ってことになってるからねえ。これくらい知っててくださいよ!

大きく感じたのが、ひっかけが少なかったこと。
一問、アルデステロンのカリウムと水分のところで、思惑通りひっかかって
しまったけど(笑)。
ほとんどは問題をストレートに聞いてくるのが多かったので助かった。

5科目、全120問。
午前と午後の2h×2ラウンド。
私は80分の3ラウンドと思っていた(模試がそうだった)ので、
前日に知って少しアセった。

場所は東京ビックサイト。
昨日は5,000人くらいの人が受けてる。
実際すんごい人だった。
エレベーター乗るところには係員がいた。いっぱい乗らないでくれって
張り紙がたってた(笑)。

問題は、予想に反し、すべて4択だった。
テキストや問題集によくあった5択は無かった。

それと、共通して言えるのが、問題文が短い。
読んで理解してから解くって必要がほとんど無いんだな。
見た瞬間で条件反射的に解けてしまう。
だから時間がかなり余った。

解くときに印をつけていった。
わからないのは

を、難しいのは
S。
だぶんこれだってのは

を記しておいた。
間違いなく大丈夫なのは

と書いとく。

すると終わってから見直しの時ラクなんですね。
うれしかったのが、WとSがほとんど無かったこと。

単純なことでWをつけたのが
「エントリー」
のとこであった。こういう問題はよくないなあ、いちおう書いておく。

問36(原文のまま)
一般用医薬品を販売する際に注意すべき事項に関する記述の正誤について、
正しい組合せはどれか。

a 購入者に適切な情報を提供する際は、添付文書等に書かれた内容を
 分かりやすく説明するのがよい。

b 導入された医薬品は使用される状況が随時変化するので、販売数量は
 一時的に使用する必要量とするのがよい。

c 医薬品を一定期間使用しても症状の改善がみられない場合であっても、
 あきらめずに使用を続けることを勧めるのがよい。

で、下に正誤表があって、そのなかから一つ選ぶという4択になってる。
私は



と思い、その枠を選んだ。けど、とりようによれば
aは

ともとれ、その枠も表にある。
この1問で合否が別れるなんて瀬戸際の人には実に悩ましい問題になり
ますわな。ま、この「エントリー」で瀬戸際人はまず
いないと思いますけど。

それともっと大事なこと。
試験中に、トイレに行けちゃうのだ!
これはまずいでしょう。
手をあげると係員が寄ってくるので、その人と一緒にトイレに行く。
帰りは一人で帰ってくる。んでまた答案に向かう。それってアリ?
アンチョコ隠してる可能性無いとはいえないよね!?
私の東1-Gブース(約100人)内だけでも結構な人がトイレ挙手してた。
午前午後あわせて10人じゃきかなかったと思います。
ダメ!ですよ!
どうぞ漏らしてください!
もしくは、
トイレいったら、終了時まで帰ってこれません
とするとかね。

他はかなり厳正だったから、これだけマズさが際立ってましたね。
アナウンスの体制もしっかりしてた。
例えば筆記具と消しゴム以外、たとえ鉛筆削りだろうと、筆箱だろうと
一切をしまうよう命じられ、点検員からこまかくチェックが入った。
私の並びの人は鉛筆削りをしまう様命ぜられていた。
試験開始30分前(!)なんですよ。全てをしまわなくちゃならないのが。
あとは心臓バクバクさせながらただひたすら待つしかない。

いやあ、でも、疲れました。
半年間、がんばりました。
昨日のビールの美味かったこと!

2008年5月20日 (火)

PC、データと共に壊れる

いやあまいった。パソコンがぶっ壊れやがった。会社のだけど。

これは新しいダイナブックで投稿。

リカバってなかったデータはメール、メアドと共に全て消えうせてしまった。マジ。

Core2Duoはサクサク早くていいけど、メーラーがoutlookなのがイヤだなあ。

expressで慣れてたから、どうも馴染めません。

誰かexpressのインストール方法知ってる方教えてくださいお願いします(T_T)

写真は小鳥と次男

Dsc_0157

2008年3月27日 (木)

ブログ休止のお知らせ

昨日は午後から近所の公園へ。
長男、次男と遊んでいるとワサワサと近隣の子達も出てきた。
枠を書いてあげてドッチボール、バトミントン。
子達だけで遊べばいいと思うのだが、私にも入れ入れという。
そうだったかな。
私が子供の頃も、大人に入ってもらったほうが
楽しめたかもしれない。まとめてくれるからね。

Dsc_0345_2

Dsc_0347

写真はいっぱい撮ったが多くは顔がバッチリ写っちゃってる。
ここにはこんなもんとしよう。

続けていたブログなんだけど、ちょっとお休みすることに
しました。
理由は、仕事。
のっぴきならない用が8月に予定、で、
一日30分と決めてブログに向かってましたがその30分を
割かねばならなくなったのです。

書き溜めて投稿してないものもいっぱいあるのですが、思い切って
中止です。

お読みいただいていた方、申し訳ありません。何卒ご容赦を
お願いいたします。

ま、飲みには参加しますから(笑)。

2008年1月25日 (金)

AVP2

一眼レフが欲しいなんて安易に書いてしまった。欲しいは欲しいが
大事なこと忘れてた。メルセデスのオイル漏れの修理代だ。
メール来て総額17万ちょっとだそうだ。
これにはエンジンマウント、ミッションマウントも入ってるし、
想定外だったタイロットエンド、ブーツの交換も入ってる。
お値引きはできないんですか、と聞いたら、がんばりましょうと
返してくれた。どんくらいがんばってくれるかな。
納車は土曜夜の予定。楽しみだ。
 
 
チャーリーとチョコレート工場を観た。
ジョニー・デップの演技がとてもいい。
ティム・バートン監督のはだいぶ前のバットマンやこれまた前だが
シザーハンズなんかで私にはクセが強すぎて(現実離れ度強すぎ)
あまり好きになれなかったのだが、チャーリーとでは作品にもきれいな
映像と謎めいた次はどうなるのかというストーリー展開の上手さに
思いのほか引き込まれてしまった。

こういう映画は絶対日本では作れないだろうな。車で言うとイタ車
(マセラッティーあたり)を作れないのと同じように。なんて
考えながら観てたら映画もフィナーレを迎えてしまった。
結末にはどっかテーマ性があるようで、それも良かったかな。

もう一つ。
大好きなんですよ。
エイリアンとプレデター。
で、AVP。
年末にDVD借りて観たんだけど
最近テレビでもやったんで録画してまた観た。

各々の映画は好きだけど、このvs映画はイマイチだな。
冷静に考えて、エイリアンは強すぎる。負けるわけがない。
プレデターはいくら強いってったってそれは腕力武力のハナシ。
エイリアンは殺そうとしても体液が強酸性だし武力は持ってないけど
腕力も強すぎる。繁殖力も。理性知性が無い(みたい)のがたまにきずなくらいで
勝てませんなプレデターでは。
でも戦わせたらどうなるんだって多くの人が持ってる期待心から
映画化にこぎつけたのはうれしい限り。私もこれは公開直後一人でも観に行きたい
って思ってたくらいだった。
欠点は短いってことですね、DVDでは1.5時間無かった。テレビでやったのは
「完全版」
ってなってたから、DVDでは無かったシーンが結構あった。
と、ラストのプレデターからエイリアンが生まれてくるシーンが
安っぽい。ここだけ邦画みたいです。
2は今やってるんですよね。もうすぐ公開終わりそう。
観たいけど一人じゃあね。
だれか一緒に行きませんかー!

HPみると余計みたくなるね。
http://movies.foxjapan.com/avp2/

2008年1月18日 (金)

住所

もらった年賀状を見て。
もう越して2年が経っているのに、未だに前の住所のままで
送ってくる人が結構いる。わかってないわけがない、飲んだりして
越した先のことを話したりしてるんだし。

やっぱパソコンでやっちゃってるから気付かないんだろうな
考えずにそのままプリンターってことですね。

と。
おや、私も、もしかして、と思った。
早速、今年もらった多くの年賀状、PCの筆ぐるめの住所録と
付け合せてみた。
でたでたいましたいました。
私も間違った(前の)住所のままで送っちゃってる。
たくさんいた。6人(笑)。

皆さんも見直してみてはいかがでしょうか?

小林部長!私と電車で一緒に帰っておきながら、世田谷のままで
送ってますよ!

2007年12月31日 (月)

来年もよろしくお願いいたしますm(___)m

ランボルギーニだが、ムルシエラゴ(V12)のオートマは
ドアが完全に閉まってない限り、走らない仕組みになった。
この車は、斜め後ろが全く見えない。だから多くのオーナーは
駐車などバックの時、ドアを開いて(跳ね上げ式)後を見ながら
さがる。だけどこのオートマの機能によってそれができなくなった
そうだ。
だけどそんなの関係ねー。買いもしないもんそうかそうかと
知識に入れ込んだってしょうがない。

とはいえ、他愛もないことだが知ることによって欲しくなる車もある。
ポルシェ。

最新のティプトロに乗ったささめじろうさん(モータージャーナリスト)
のインプレ。
ボクスターだったと思うが、シフトダウンの方法で思いがけなくいいやり方を
見つけたんだと。
例えば、6速で走ってる。
ブレーキによる制動ではなく、もう少し緩やかなトラクションを
効かせたい、が、手コキでボコボコとシフトをいじるのもおっくう
なんて時、だ。
アクセルを一瞬、底近くまで踏みつけるんだそうだ、素早くポンと。
するとすぐさま、2速くらいシフトダウンしてくれる。一瞬だから加速は
しない、で、そのままアクセルを放すんだそうだ。
すると4速に落ちたまま、エンブレが効いてくれるってこと。
もちろん回転数はピタリと合ってる。
開発者も知っててこう作ったんだろうか、だろうなあ、けど乗ってて
分かってる人、果たして何人いるだろうか。
試したいなあ。車のなんつーんだろう、こういう裏技的なもの、
私は大好きだ。

私のメルセデスはここ最近、オイル漏れでいや~な感じだ。
エンジン下部、アンダーカバー左端から滴っている。
ヤナセに行くも二泊三日の入院は最低必要と言われたのでそのまま帰ってきた。
年明けエンジンマウント、ATマウントなども替えてもらう
ことにしよう。ハンドリング、乗り味がイマイチなのはそのあとだな。

今年一年、とてもいい年だったように思う。
子供達の成長を見ているのも楽しかったし仕事面でも来年へ向けてのいい
足がかりをつかめた。
毎日起きて仕事へ向かうのも楽しい。会社員時代にはありえなかったことだ。
なによりいろいろな面で多くの人にお世話になった。この場を借りて
深くお礼を言いたい。

12月に入りとても忙しくブログ更新が思うままにいかなかったのは残念だった。
明後日の2日からは二泊で志賀にスキーだ。サンバレー丸池。
早く滑りてー!温泉もあるし楽しみだ。

Img_05111

2007年12月15日 (土)

Paris忘年会

高校三年の時同じクラスだったという方から電話をもらった。
同窓会を開く、という。

「×○といいますが。
 おぼえてませんか?」

全然覚えてない。知らない。わっかんない。

「そうですかぁ~・・・・
 でも、、、是非来てください。
 他にはサトー君とか、サイトー君とか、多く来ますし」

サトー、サイトー・・・
どこにでもある名前だが言われてみればそういうやつ
いたような気もする。

ご苦労様です。連絡ありがとうございましたと礼を言って電話を切った。
何日かするとまた電話があった。

サトー君、サイトー君他、皆、たかぴーさんに会いたがってます。是非来てください。
場所はたかぴーさんご実家の近くですし。。。

しかし私はその同窓会に行かなかった。

高校三年の時、私はいつも一人ぼっちだった。
クラスに仲のいい友達がいなかった。
一日、誰と何もしゃべらず帰宅するって日も少なくなかった。
群れるのが嫌いなんだな、話し、合いもしないのに合わせるのとか。

この間、テレビをみていて爆笑問題の太田さん。彼がやはり
そうだったと言っていた。学校来ても、一日誰~とも話さず帰ってゆくんだと、で
別にそれは寂しいとかそんなことでは全くなかったんだ、と言っていた。

私も同じ。無理に相槌打ったりするほうが余計疲れる。
ボーッとしてたり好きなアガサクリスティーや横溝正史を読んでる方が
よっぽど楽しかった。
だから同窓会は、呼ばれても行かないのだ、高校3年の時のは特に、
と思っていたら、誘われないのもまた虚しいってことにこないだ気付いた。

こないだといっても去年のこと。
高校2年の時同じクラスだった、というヤツから突然声をかけられた。
後楽園遊園地でのことだ。偶然私を見かけたのだ。

「俺だよ、俺。
 アラカワ!
 アラカワだよ!覚えてない?
 たかぴー、だろ?」

驚いた。確かに私はたかぴー。けど、相手のこと、私はほとんど覚えていない。
そうそう、高校3年だけでなく、2年の時も私は友達がいなかった。
白状すれば2~3年の2年間、私は一人ぼっちだったのだ。
だからそのアラカワ君のことも、記憶から呼び起こすのに少々時間がかかった。

「こないださ、クラス会、やったんだぜ、
 なんで来なかったのさ」

おっとそうきたか。
なんで来なかったのと言われても、誘われてないんだな(汗゛
彼、名刺を出してくれた。学校のセンセをしてるようだ。
気付いた彼、センセなりの返事を返してくれた。

「そっかあ~。
 たかぴーはさ、イシイと仲、良かったろう。
 芦花公園にあるさ、×○っていう店、行ってみてよ。
 そこにさ、イシイ、いるから。
 一度、彼と会ってみてよ。
 イシイは、たかぴーと会いたがってたよ」

アラカワ君とはそれ以来会っていない。イシイ君の店にも行ってないな
そういえば。
 
 
私は人が変わったのだろうか。
懐古するとそう思うこともままある。

 
大学時代にバイトしていた喫茶店Parisのバイト仲間の同窓会が
まもなく開かれる。毎年10数人が集まる。
うち一人、これは前も書いたことだが
「シラ坊」
と連絡がとれずにいた。
バイト仲間で彼だけである、居場所がわからず、声がけができていないのは。

トシ2~3上の彼は親分肌でいつもクールで無表情。彼が笑みを浮かべる時は
よほど楽しいときでないと無く、とはいえ一言一言が温かみをもっていて
親身なので皆からの信頼度が高かった。
そんな彼を、ちょうど去年の今時分、私は港北のあるデパートで
偶然にみかけた。勇気を持って声をかけ、本人であることを確かめ、
近々同窓会が開かれる、是非来てくださいと伝え、お互いの連絡方法
(携帯)を確認し合った。
ところが、昨年の同窓会は仕事の都合でシラ坊ドタキャン、来れなかった。

今年は。

全員が期待している。20数年ぶりのシラ坊に、皆、会いたがっている。
ところが、だ。
ここ数日に渡って何度か携帯に電話するも

「今、打ち合わせ中」

「今、他で電話中なんだ」

「悪い、折り返す」

と都度そっけなく言われ、まともに話せていない。
もちろん折り返しもくれない。

思うにね。
シラ坊、来たくないんじゃないかな。
だってそうでしょう。忙しくったって来たかったら、
折り返しくれるでしょう。
だから、ね、彼は来ないよ。たぶん。ね。Parisの皆さん。
皆は会いたくても、彼はそうでもないのかもしれない。
丁度私が5年前までこの会にずっと不参加だったのと同じようにね。

2007年11月21日 (水)

焼き芋鍋

妻が石焼き芋鍋を買ってきた。
大きめの鍋で、石が入っている。中に芋を入れて
ガスコンロにかければいい。

ところが使ってみたとたん、ひびが入ってしまった。
不良品だったのだろうと、購入したところに持って行って替えてもらったが
また使ったとたんにビシっと音がして亀裂が入った。

いちいちお店にまた行くのも面倒なので電話を入れて
説明すると、それはおかしい、メーカーに責任もって対処してもらうようしましょう
とのことで、先日、はるばる三重の方から製造元の方がウチに来た。
試験済みで大丈夫だったものと、まっさらの新品とで二つを持って。
べつにねえ、二つももらっても、同時に二つ使うことなんて、
無いんですケド。

そうそう、芋もですね、採りたてのをすぐ石焼き芋ってのは、
そう美味くないんですよね。
採って10日近くでも(新聞紙にくるんどいて)寝かしといて、
んで石焼き芋にするってのが美味いんだわ。
魚は凍らして1~2日、芋は新聞紙で10日ね。そこんとこよろしく。

2007年11月19日 (月)

アミノ酸

友人の田舎、三重の漁師町だけれど、若いとき毎年行って
美味い魚をたらふくご馳走になっていた。
みんなでテレビを見ていたら、釣上げた魚をすぐ割いて美味い美味いと
食べていた。
しかし友人らはそのテレビを見ながら

「美味かないよなあ、釣ったばっかの、なんて。
 素人だよなあ」

と言う。

なんで?釣りたての方が美味いんじゃあないの、と聞くと、
んなことない、ここらじゃあ釣ってすぐなんて
よお食べんワ、と言う。

「一晩でも冷蔵庫入れとくのさ。
 んで翌日食ったほうが全然美味いんだよ」。

一日でもねかせると、アミノ酸が抜群に増えて
うま味が増すとのこと。食感も、硬さがとれて舌触りが
丸くなる。
 
 
先週は仕事で行き詰って、私のアタマではどうやっても解決策が
見出せなかった。だからしょうがない来週に持ち越しだ、と、思って
今日見返してみると、ポロポロといい案が思いついてきた。
なんだ、あんな悩んだのに、と、一人ほくそ笑んでしまった。
脳内アミノ酸増えたのかな。

サラリーマン時代はこんなことなかった。今解決しないといけない問題は
今なさないといけない。一日待つ猶予なんてなかったな。
これからもアミノ酸の恩恵に授かることとしよう。

2007年11月15日 (木)

騒音

自宅裏の公園で長男と近所の子供らと野球をしていたら近くの家から

うるさい!

と怒鳴られた。
なんで公園で遊んでるくらいで怒鳴られなくちゃならないんだ。
そのお宅は公園があるということを
知ってそこへ住まうようになったのだろうか、それとも住んだ後、
そこに公園ができたのだろうか。後者ならまだしも前者なら文句言う筋合いは
無いよな。昼間の公園はうるさくて当たり前なんだバータレ。

その公園は我が家の北側に隣接している。
うるさいに近い騒がしい時もあるようだが、いいではないか、
子供の遊び声が聞こえるというのは。平和を感じるようで私は
逆に安らぐ。

最近の報道だが、どこぞの学校では放課後の野球部の練習がうるさい
ということで、夕刻からは無言での練習を強いられるようになった
とのことだった。
またある学校では夏のバスケ部の体育館での練習。暑いから窓を開けると
途端にうるさいと近隣から苦情が入るんだそうだ。だから窓を閉め地獄のサウナ状態に
するか無言練習に徹するかの究極の選択を日々強いられているとのこと。
かわいそうに。

こういう苦情、言うほうも言うほうだが、もらった側も
すぐハイハイ分かりましたすぐ是正します、ってんじゃだめだ。
話し合わないと。第三者を入れて。でないと苦情天国になっちゃう、
言ったもん勝ちはおかしいよね。

私?公園の野球の時ですか?
ええ、うるさいって言われたって、ずっと続けましたよ。野球。
だってまだ夕方4時ですもん。奇声を発してたわけじゃあありませんし。

そう考えると昔は良かったですよね。隣近所はすぐ近くで、
窓開けるとそこは隣家の窓だったりして。うるさいのは当たり前、みたいな。
あ、ウチがそうでしたけど。

昔は良かったというと、ここんとこ三丁目の夕日、観てます。
「ここんとこ」って書き方はヘンだけど、次男がはまっちゃったようで、
こればっかつけさせられるんです。HDDに入ってるから。
私が帰宅して次男につけさせられると、妻が昼間も見てたのよ、と言う(笑)。

あの映画もねえ。もうちょっとキャスティングうまくできなかったんでしょうか。
私はまず吉岡なんとか、ってのが好きじゃないし(演技上手くないでしょ)、
何といっても堤真一が大ハズレですね。あんなに上手い人が、これほど
ミスマッチする役も珍しいんじゃないですか。
あれはですね、陣内孝則あたりが一番いいんですよ。赤井英和とかね。
堤さんがやると笑うところで笑えないんで困りますわ。
渡辺いっけいでも面白かったかもしんないじゃない。

HDDに入ってるのでは少し前にスペシャルドラマでやって録画してた
「天国と地獄」
を一昨夜観ました。だいぶ前、黒澤のも観てたけど、今回のは現代版に
リメークしたってこと。面白くもなんともなかった。
仕立てが安っぽくてペラペラだし、これまたキャスティングに金かけすぎでしたね。
役者代削って、作り、品質を向上させなさい。

黒澤監督の時のは、山崎努の演技を見てドギモ抜きました。あの人は
鬼才だな。オーソンウエルズに匹敵する上手さですね。
そうそう今回犯人役は妻夫木君でしたけど、この人は上手いね。天資が
入ってる。涙そうそう観てもそう思った。
キムタクより数倍いいです。

2007年10月26日 (金)

プロ意識

今回のアンテナ修理の件で、サラリーマン時代あった
障害のことを思い出した。

1990年代のことだが、ある大手カード会社に
ルーターを納入した。
今ルーターって当たり前の通信機器だが当時はまだ出回ってなく、
こちらとしても国内初(!)のファーストユーザーであった。
(納入としてはトヨタ自動車と同時期だったが、火を入れたのは
 このお客が初だった)
全部で20数台でHUB、トランシーバー等入れて数億だった
のを覚えている。

苦労して無事稼動と相成ったのだが、ある時障害が起きた。
端末から、IBM系のホストとの通信ができなくなったのだ。
原因はホストがリセットをかけてしまったので、当社ルーターが
誤って疎通をシャットダウンしてしまったことによった。
(実際はスパニングツリーが働いて他系でのリートが確保された)
単純なことだが、短い時間とはいえ、800台以上!にも及ぶ全端末
がホストと通信できなくなったので、影響は大きかった。

しかしなぜホストがリセットしてしまったのか。
調べると、ルーターがまずリブートをかけてしまっていた
ことが分かった。でそのリブートによってホストがリセット
してしまった、ということだ。
なぜルーターはリブートをかけてしまったのか。
その原因を知って驚いた。

この世の全ての半導体というもの、ビット反転、という
事象を必ず起しうるんだそうだ。
ビット反転というのは簡単に言うと、通常使用状況に於いて
半導体がエラーを起しちゃうっていうこと。
でもそれがシビアでデリケートでナイーブでナーバスでファニーなルータ
にとっちゃ大問題で、場合によってはリブートを引き起こしちゃう
ということだった。

この解明に至るまでがとても苦労したのだが、実はその後
もっと苦労した。
当社技術陣、

「これは障害ではない」

というからだ。
私は技術のお偉さんに怒鳴られた。

ビット反転は正当に起こりうるもので、不具合ではない、
だからリブートが起こったことでホストがシャットダウンしたのは
ホストのせいで、ルーターが悪いわけではない
なぜお客に謝るんだ。これは製品の不具合じゃあないんだ!

と。

しかし、実際にお客に迷惑はかけている。
お客の情報を客観性をもって時間をかけて説明するが、
技術陣納得しない。
しばらくすると当開発部長が状況報告の
レポートを作ってきた。これを持ってお客に説明する。報告書は
自ら作ったし、説明も自分が行う、ということだった。

お客のシステム部キーマンがこれまた怖い人だった。
見切りをつけられて出入り禁止になった業者も何社かあったくらいだ。
慎重に慎重を期してお客に説明に向かったが
開発部長は毅然とした態度だった。私に怒鳴った手前上、
お客に頭を下げるわけにいかないのだろう。

これはビット反転から起因したもので製品不良ではありません。
全ての半導体は起こりえるもので、リブートを回避するルーターは
在り得ない、と資料をもって詳しく説明し始めた。
やはり、というか、予想通りの展開が待っていた。
説明、終わる前にお客、怒り始めた。
怒った怒った。怒鳴りまくった。

 これを不良と言わず、何を不良というのだ!
 実際にこちらに迷惑がかかっているではないか!
 至急対策をとれ!
 さもなくば、これらの機械、全部持って帰ってくれ!

ほうほうの態で帰路についた。

納めたルーターに向けたアンバンドリング化されたソフト
(ビット反転を受けてもリブートしない)が作られ、そのお客に
無償で提供されたのは言うまでもない。あの障害の数ヵ月後のことだった。

あのお客に怒られなければあの開発部長、腰をあげなかった
ろうか。あのアンバンドリングソフトは発売されなかったろうか。
プロ意識が足りないよな。よくまあ部長になれたもんだ。
障害だと思ってなくてももちろんその意識無く製品を作っていたとしても
実際迷惑かかってるんだから、それは立派な障害品だ。
サラリーマン時代にあった印象に残る事件の一つだった。
  
  
「プロ意識がないんじゃないの」

今回車のアンテナの件でそう妻に言われたんですよね。
ショップの対応。
こちらははじめ、ロッドアンテナが折れたので映らなくなった、
アンテナを替えて欲しい、と頼んだ。
だからアンテナを替えればそれで仕事が終わり、ということじゃあだめだよ。
プロじゃあない、客商売は成り立たないね。

2007年9月27日 (木)

網戸替えた

連休はワケあって遠出はできなかった。

でも子供達と近所の公園で遊んだり公営プールに行ったりと忙しかった。

P1000006_2

あ、あとみうりん家に電撃訪問して次男がニンテンドー

破壊したな。ごめんね

満足だったのは網戸を替えれたこと。

ボロボロになっちゃってたんですね。築20数年の家なんで、まあ

しょうがないです。特に南の日が直接当る子供部屋と寝室のが。

んでホームセンター行くと、売ってる売ってる。大きいの3枚替えれるくらいのが

980円で。

交換はいたって簡単。車で言うとエアマス替えるくらいかな。

P1000002_2

でもマメ夫君じゃないとできないね、きっと。技術的には簡単だけど

面倒だから。

ピンと張った新しい網戸は気持ちがいい。オイルもくべてやり意味無く

何度も開け閉めしてしまった。

そうそう、解いたキャストパズルだけど、疑い深い方のために

はずした写真を。

P1000004

2007年9月14日 (金)

デッキシューズ

洋服ってのは第三者に選んでもらった方がいい
ってよくいいますよね。
ネクタイとか特にね。自分で買うと同じようなのばっか
選んじゃうし。

今日仕事で三茶に行ったのだが、靴を衝動買いして
しまった。
リーガル。白のデッキシューズ。
オフシーズンになるからディスカウントされてたので
即決だった。

でも考えたら同じの、持ってるんだな。
しかもこの夏始まるとき、それと同じようなのをさらに1足
買っちゃっていた。
だからなんと同じようなのが3足もそろっちゃったと
いうバカさだ。
少し自分が嫌になった。

愚かさに気付いた私は靴持ったままツタヤになだれ込み
悔い改めようと、フジコヘミングのラカンパネラなんぞを借りてみた。
いちおう試聴機があるんですね、店内に。で聴いて選んだワケよ。

早く聴きたいなあ。新しいカーステで。
 

 

2007年9月11日 (火)

キャストパズル

クルマ、コックピット21に預けてきた。カーステの交換だ。
夜また取りに行く。
ついでに低音でドアにビビリが生じる件もお願いしてきた。
どんな音でなってくれるだろうか。楽しみでしかたがない。
 

話変わって。
ハナヤマという会社からキャストパズルというのが出ている。
nob芦が原という人がつくった(あるいは監修)ものが多い。
おもちゃ売り場やトイザラスなんかによくある。
6段階に分かれているようで、一番やさしいのだと簡単なのだが
最強の6となると、これは、どうやっていいのかまるで
分からない。
見本を見るたび手にするが毎度お手上げ。

News1

ところが先般、横浜のショッピングセンターのハンズに
踏み入れたところ、そこにあったこれ、
見事に崩されていたのだ。

News2

                                

どうやった!どうやって壊した!
あたりをぐるぐる見回してしまったではないか。

少し前だけどタケ氏邸におじゃましたときこのパズルがあった。
組んだまま置いてあったので

「解けた!?」

と聞いたが、

「だめ~」

とのことだった。

どうやって壊すのだろう。永遠の謎。。。

オフィシャルサイトの投稿欄を覗くと

「目の黒いうちに解きたい」

ってのもあって頷けるけど、笑えたのが29歳主婦の

「10ヶ月の娘がはずしてしまいました!」。

ほんまかいな。

とはいえタケ氏もお手上げのコレ、相当難しいんだろうな。

千円くらいで売ってる。今度買ってみよう。
んで次男に試させるんだ。10ヶ月ができたんだ
2才の次男、なんとかしてくれるかもしんない。
力技で解きそうだけどね。

P1000004_2

2007年9月 8日 (土)

普通

小泉首相の当時右腕、1番の秘書官飯島さんのドキュメントが
テレビで放映されていた。ちょっと前のことだけど。

凄腕だ。この人がニッポンを動かしていたのではないか
とも思える。

「小泉首相って、どんな方でしたか」

との質問があった。
飯島秘書官の応えが印象に残っている。

「普通の人、です。
 フツーの。
 極めて
 『普通の人』
 ですよ」。
  
  
   
逆境、大きな壁、悩み、難題に向かった時、皆さん、どうしてますか?
私は、これは昔からなんだけど

「フツー、どうする。
 こういう時、普通は、どうするんだ」

と問いかけるようにしてました。
会社員やってた時、難関にぶつかる度、そう自問自答してた。
 
 
昨年の忘年会だったけど、久しぶりに前の会社の人たちを酒を交わした。
よく一緒に仕事をした部下とも膝を合わせて飲むことができた。
うち一人、私が一番仕事をよく共にしていた後輩マサ君。
私が社を辞したのが04年春だったが、その前から彼と一緒に
提案していたある物件、額も大きい、が、それが

他社に負けそうだ

と言う。

「どうしたら、いいですかね。
 そればっか、考えます。
 たかぴー課長だったら、どうするか、と」

たまたまその商談をサポートするSEもその同じ席で飲んでいた。
SEも首を縦に振っている、このままじゃあ、負けちゃいます、と。

「どうしたら、いいですか」

マサ君の質問が現在進行形に変わった。

私は辞めて3年も経つ。どうとも応えられない。
ちなみに客の担当者はリストラが怖くて上司(役員)におべっかを
つかっているだけ。キーマンの役員はこちらの提案を一切
受け入れず、他社オンリーで考えてる。

 そうだなあ、フツー、どうする、かね。
 俺がだったらどうしてたか、なんて、考えないでよ。
 そういう場合、普通、どうするのか、ってね。
 そう考えればいいよ。
 あの客はDKBのスジだろう、銀行から推してもらったか?
 普通そうするだろう。メーカーは動かしたのか?メーカーは本店に顔が利く
 だから本店から推してもらうんだ。
 ウチの役員にもリポートしたか?このまま負けたら担当の、
 お前のせいになっちゃうぞ。勝ち負けカンケー無く、
 役員も動かさなくちゃ。普通、どうするんだ、って思いながら
 そう行動しろよ。
 
  
そう言って私は話題を明るいものへ変えた。せっかく久しぶりに会ったんだし
飲んでまじめな話、嫌いだし。
  
 
「普通」という言葉は極めて凡庸だけれど、その意味が持つ定義は奥深い。
反意語は「特別」かなあ、だとすると、そういう時は
特別だから、どうしなくちゃいけないのか、と考えるべきなのか。
私には分からないけれど、今でも困った時は、
普通どうするか
と問い質して実動に向けるようにしていますね。
そう教えてくれたんじゃあなかったんでしたっけ、KB部長、GT課長?

2007年8月 3日 (金)

訂正です

アクセスも増えてるし、語弊があるような書き方してるの
訂正しよう。

7/27、「実刑か」の投稿で。

  この母親に7年の実刑を与えて果たしてなにがどうなるのだろうか。
  私にはとんと理解できない。

のくだり。
言いたかったのは、
実刑、ましてや7年の服役は重過ぎる、情状酌量の余地大、
執行猶予であるべきでは、ということです。
弁護人の言う

  「被告の身に起きたことは一人の人間が抱えることができる許容量を
   はるかに超えている」

は全くその通りですよね。

文章って難しいですね。書き手は意図あって思いを書いてても、
とらえ方によっちゃ、全然ちがう風にもとれてしまう。
だから今回の「実刑か」の投稿でも、反対、つまり
「7年の刑で済ませてたんじゃあ殺された息子さん成仏しないじゃん」
ともとれますから。

まったく、書き方ヘタだとこうだからいけない。
きちんと校正してから投稿するようにせにゃあかんですね。

2007年7月27日 (金)

実刑か

涙無しに読めなかった記事。ネット(朝日)より一部抜粋。
20日判決のあったものだそうだ。
 
  
 
知的障害のある息子を刺殺し殺人罪に問われた母親が
懲役7年の判決を言い渡された。
母親は自らも知的障害があり、生い立ちを我が子に重ね合わせ、

「かわいそうだから」

と殺害の動機を法廷で語った。

母親は川口市の主婦(52)。昨年小学5年の次男翔君(当時10)
を果物ナイフで刺殺し、自らも自殺を図ったが死ねなかった。

被告は、母子家庭で育ち、9歳で母と死に別れた。
軽い知的障害があり養父母から虐待を受けた。
結婚して2男2女をもうけたが、夫は借金を抱えて失跡。

次女は1歳で髄膜炎で、重いぜんそくの長女も16歳で死亡。
生活保護を受けながら働き、知的障害のある2人の息子を育てたが、
次男の翔君は小学校に行きたがらなくなった。

「いじめを受けている」

悩んだ。

「死ぬ前に一度乗せてやりたい」

2人は新幹線で新潟の温泉宿に向かった。
翌朝、睡眠薬と缶酎ハイを翔君にも飲ませ、山中で死のうとした。
翔君が眠らなかったため新幹線で東京に戻り日比谷公園へ行った。
夜、眠りについた息子をベンチに寝かせた。

「翔君、ごめんなさい」

果物ナイフで胸を突き刺した。

「ああするよりほかにありませんでした」。

 

検察側は懲役13年を求刑、弁護人は

「被告の身に起きたことは一人の人間が抱えることができる許容量を
 はるかに超えている」

と訴えた。

「喜びや楽しみ、悲しみや苦しみも含め人が生きていく上で経験するであろう
 ことを翔君も経験できたはず。これを奪う権利は何人にもない」

裁判長の言葉を、被告はじっと法廷の床を見つめながら聞いたそうだ。
 
 
 
この母親に7年の実刑を与えて果たしてなにがどうなるのだろうか。
私にはとんと理解できない。

新幹線に「死ぬ前に一度のせてやりたい」というところ、
公判を実際に見ていたら涙が滝になっていたろうな。

2007年7月20日 (金)

通行許可証

実家である勤務地近くの道が、車両進入禁止(歩行者専用)になる
時間帯があるが、その時間が私の通勤時間にビッタンコだ、と以前書いた。
朝7時から9時まで通行止め。だけど私はその道を通らないと
出社することができない。

別にポールや柵が立てられるわけではなく、標識があるだけなので
私もしばらくは気付かなかった。学童保護の為だろうが
そこを通る8時半に私は学童に会ったためしが無い。
9時には開けなくてはならないから、9時まで通行止め
というのがひっかかる。
8時半までだったらなんとか譲れるのだが、そのほんの僅かな距離
(数十メートル)の為に7時に出社しなくてはならないのは
たまらない。

最近埼玉の方でやはり通行止めになっているところを
車が無視して入り学童を轢いてしまった事故があったし怖いんで
最寄の警察署に電話した。
車検証と経路図、ハンコや免許証のを持ってきてくれれば通行許可証を
出しますということだ。

署に赴いてこちらの事情を話すと発行の手続きをとってくれた。

8時半までにしてもらえれば問題はないのですが、と言うも、
そこはお役所、馬耳東風に流されてしまった。

「ま、許可証は発行しますが、通る際は
 極力低速で、周りに充分気をつけて」

とありきたりな注意の後、無事、発行を受けたが、
なんなんだろう、この許可証。

2007年7月12日 (木)

会話の「間」

営業職だったサラリーマン時代、難しいと感じることが
多々あった。
営業(説明)の上手い人ほど、この「間」も絶妙なものだった。

プレゼンなど、多くの人を相手に説明する場合は一方的に
しゃべり続ければいい。だが、相手が一人の場合、この「間」
というのがとても大事なものになる。

私は課員に、お客に半分はしゃべらせること、と言っていたことがある。
何か売り込みたい、説明したいという時、こちらが9割
しゃべり続けるようであれば、まずその商品は買ってもらえまい、
なぜなら、聞いてるだけで理解することはまずないからだ。
そして「間」。
しゃべり手の説明と相手の問いかけとの間というのは
とても大切だ。
ぶつかり合ってばかりいるとひどい時は怒られるし(新人の時よく
あった)、間がへんてこなところばかりに設けられると、

「で、結論は?」

と突っ込まれてしまう。

サラリーマン(営業)19年続けていたが、そう上手く「間」を使える営業
なかなかいないもんである。

よく読んだ山本周五郎の小説にこんなのがあった。
浪人2人が腹をすかせて辻斬りを企んだ。
あるこれまた浪人風の男に切り込もうとしたが、その男に
説得されてしまう。

  まあ、待たれい。
  そんな腹が減ってるのか。
  じゃあ、ちょっと、ついてきなさい。

若いその男に2人はついていくと、道場に入っていった。
たのもう、たのもう、と声高に叫ぶ。道場破りだ。
一番強い人との勝負を申し出る。
しぶしぶと出てくる師範と向き合う。
 
いっときの、間、の後、

「参りましたぁ~!!」

若い男はそう叫び、後へ飛び去る。

「参った、参った、いやあ!
 参りました!
 あなた様ほど強い人とはあいたいしたこと、ござらぬ!
 いやあだめだ。参りました。
 強い!ほんとうにあなた様はお強い!!」

門下生が多くいる中でそう大声で褒めちぎる。
師範、顔がほころぶ。

「そうか、そうか。
 じゃあ、まあ、こちらに、きなさい」

3人は奥に通され、食事をたらふくご馳走されことになる。
これに味をしめた2人の浪人、若い男と別れ、
また何日かして腹を空かした時に、その方法を使ってみることになった。

ところが、だ。
道場破りを試みるも、どうやってもうまくいかない。
どこへ行ってもこてんぱんにのされてしまうのみである。

  なんでうまくいかないのか。
  あの若い男は、いったいどうしてああうまく
  できたのだろうか。

謎が残った。が、後、再会したその若い男は実はめちゃくちゃ
剣術が強いことが分った。

「あの方法は、ね、
 そううまくはいかないんだよ」

とたしなめられるのである。
それこそ、間、だな。
相手との絶妙なまでの「間」を計れてこそ、あの術が成せるわけだ。

先日だけどある営業さんのプレゼンを聞いて、全然説明がなってなかった
んで、こんなこと書いちゃいましたね。
本人(2人だった)は上手いと思ってるんだろうけど、ま、
経験が足りないんですね。

あの山本周五郎の原作はなんていったっけなあ。題名忘れました。
短編でしたけどね。また探しときます。

2007年7月 7日 (土)

賞与査定

先週の今日発注した今剛さんのアルバム、まだ届かないんだなあ。
早く来ないかな。待ち遠しい。

昨日の東京新聞に出てた。
大統領当選直後、バカンスに繰出したフランスのサルコジ氏だが
こんどは奥さん。公費で落ちるクレジットカードで昼食代を
払っていたとフランスの週刊誌にスッパ抜かれたそうだ。
公私どちらで使われたものか分らないが報道後すぐ返納したというから
怪しいもんだ。フランスもとんでもない人を大統領に選びましたね。
米大統領とも水と油のようですし。

日本は取り沙汰されてる年金問題。同新聞には
社保庁職員は全員賞与を全額返納すべきだとする記事があった。
そこまではねえ~、いくらなんでも、まじめに働いている人も
多くいるだろうし、ボーナス予定で家なんか買っちゃってる人も
いるだろうし、全員全額は無理あるっしょ。それはあんまりですね。

ボーナスで思い出したけど、話はちょっと違うが、サラリーマン時代
課長職に就いていた時のこと。私の一言で課員の査定が上位に
決まってしまったことがあった。

部内の全管理職が集まって、A君はこのランク、B君はこのランクと
一人一人をランク付けしていく。もちろんそのランクで賞与額が
決まるのだがどの課長も自分の課員がかわいい。
管理職会議ではおのずとどの課長も目尻をつり上げながら
課員の良い業績だけを報告し合ってしまう。

そんなある年の査定会議。前日の土日で部内旅行が行われた月曜だった。
いつものようにどの課長も自分の課員の良いことばかりを報告していた。
できのいい課員の報告から済ませていき、順に不出来の課員の
査定に及んでいく。

議論は数時間におよんだ。
私は訳あって旗振り役の統括部長に首根っこを捕まれていて何も発言
することができない。(別に私が悪いことをしたワケではないのだが)
隣りの課員s君か私の課員m君、どちらか1名を1ランク落とさないといけない
ことになった。
その期、両名共に大きな業績を上げていない。
しかし客観的にみてまじめさと仕事量の多さだけは
私の課員m君の方が一段上にあったように思う。
要領は悪いのだけれど言うことをよく聞き、客への訪問数や
提案書の提出数などは部内でも上位に行っていたかもしれない。
しかし隣りの課s君の課長は部長も兼任していて発言権も強く、s君のいいことばかりを
述べ続けている。

会議は長引いた。
ここで折れると今後の昇格についてもひびく。
私は終始無言を貫いていたが短気な統括部長から残念な一言があった。

「しょうがないな。
 じゃあ。。。
 s、m、2人とも、落とすか。
 で、
 どうだ」

それはとても悔やまれることだった。その案に妥協することは
どうしてもできなかった。
 
  なんとかしたい。
  なんとかm君を上げたい。。。

私の表情の変化に気付いたのだろうか統括部長ははじめて私に意見を許した。

「どうした、たかぴー課長。
 なんか、あるか」

うれしかった。はじめて意見を求めてくれた。
しかし、多くを語るまい、短く言おう。彼の、カラ回りが
多いながらも直向な営業努力だけを言おう、
そう思った。

「(mは)昨日の、部内旅行から帰ってきたあと、
 客先に、行ってます」

事実だった。旅行前夜、金曜夜、どうしても資料作成が間に合わず、
彼は旅行からいったん帰ってスーツに着替え、出社し資料を作り直し、
日曜業務をしている(カード会社)顧客へ資料を持参したのだった。

静かだった会議室が更に静かになった。

「昨日か。
 そうか、
 mは、旅行のあと、帰ってきてから、客に行ったのか。。。」

統括部長はそう言って頷いた。

  だな。やっぱりあいつは努力を惜しまないからな。
  そうか、そうだったか、日曜、旅行から帰ってきてから、
  客へ行ってるのか。
  わかった。
  mを上げよう。mだ。
  sは残念だけど、な。
  今回はmを、上げる。

m君は無事、上位へランク付けされた。s君は下位へ落ちた。
統括部長ははじめからm君を買っていたとも、とれる、が
部長職を兼任する隣のs君の課長を立てなくてはならなかった、
という配慮もあったかに思う。

今書いてて思うに、あの私の一言を、統括部長は待っていたのかも
しれないな。踏ん切りをつけたかった。皆が納得する理由を持ってして
mを上げたかった。

おかげで私のことを嫌っていたその隣の部長からは
また更に嫌われるようになっていったのでした。ちゃんちゃん。

この話、書きたいんですよねえ、続き。
その隣りの部長からの私へのイジメがはじまるんですよね。
え?面白くない?
聞きたくないって?
そうですねえ、えげつないですもんねえ。
もし書いても、投稿は控えましょうか、ね。 

2007年7月 6日 (金)

睡眠

映画「極大射程 ザ・シューター」が公開になってますね。
これはスティーブンハンター原作の小説
「極大射程」の映画化。
6~7年前のことだが原作を読んだ。
えらく面白くて上下巻の厚い二冊を4~5日で読みきってしまった。
私は読むのは遅いほうだが、5日で読み終えたのは
面白かったことはもとより、この時、会社員だったころの研修で
1週間、ホノルルにステイしていて時間を持て余していたからだった。

研修とは名ばかりで、5日間のうちのほとんどがバカンスで全部が
自由時間となっていた。
昼間は連日海やホテルのプールサイドに繰り出しごろ寝を
しけこんでいたが問題が夜。
2人一部屋なのだが一緒の部屋のヤツが同じ部の後輩で
鼾がすんごいのだ。窓壁にヒビが入りそうな(ちょっとオーバー)音量。
うるさくてかなわない。全く寝れない。

お互い酒好きなのもあって毎晩毎晩晩くまで飲んでそれはそれで
楽しかったがそっからが大変だったのだな。
蓄膿のけがあるのだろう、普段からちょっと鼻にかかった
声だしそれが寝ると覿面に表れる。
おかげで毎夜彼が寝ると私は極大射程を取り出して
読書に没頭、というのが5日間続いたのだった。

「おまえさあ、いいかげん、鼾我慢するって
 できないの?」

なんて、毎朝文句言ってました。
鼾のおかげで読書の時間はとれましたが最終日はさすがに
ノイローゼ気味の私。

「寝るな!」

と命じて私は爆睡することができました。
ま、いいとして。映画としてはどうでしょう。極大射程。
小説としては存分に楽しめましたが。
 
 
鼾ではないけれど、ここ2~3日、深く寝れない。
仕事で昼間、ものすごい(私にとっては)体力を使ってるので
疲れすぎて寝れないのだ。極度の肉体疲労ってこと。2~3時間おきに
目が覚めてしまう。
汗だくで筋肉痛、腰も痛くなって、ヨタヨタと帰宅。
風呂にザップンと入ってビール飲んでメシ食ってバタンキューだ。

しかし考えるとアタマをあまり使っていない。
要は体力だけ使ってアタマを使わないと均等がとれず
寝にくいんだと。本当かどうか知らんが以前どっかで耳にしたことがある。
だから眠りが浅いのかな。そうなんだ。
鼾で寝れないよりはマシだからね、ちょっと我慢しましょう。

2007年6月29日 (金)

高架橋で

なんか愚痴っぽい話が多くなっちゃってるんでちょっといい話。
ここんとこ裏道で高速の高架橋をよく通るんだが
都度、思い出してしまう。

だいぶ前、10年以上かな、新聞で、人探しの為の記事があった。
なんだか目頭が熱くなった。いまだに覚えている。

あるご夫人から新聞社へ相談があった。記事にできないでしょうか。
探して欲しい人がいます、と。

小さなお子さん、2人ほどいらしたようだ。
毎晩、夜になると、高速道(確か第三京浜)の高架橋に行き、
下を通る車を眺め、ご主人の帰りを待つ。子供を手に連れ、一人は
おんぶして。
10分か30分かは分らないが、眺め続けていると、ご主人の車は
必ず通るんだそうだ。すぐに分るので、見届けてから子供と歩いて帰り
ご主人の帰宅を待つ、という毎日だったとのこと。

ところがある日。
待てども待てども、ご主人の車が通らない。
はて、今日は違う道で帰ってくるのかしら。。。
それとも見過ごした?
あわてて家に帰るが、ご主人はいない。
今日はどうしたのだろう。。。おかしい。
その日、ご主人は帰ってこなかった。
翌日もいつもの通り奥さんは子供を連れて高架橋へ行く。
しかしご主人の車は通らない。

結局、ご主人が帰ってくることは無かった。
しかしいつかは戻ってくるだろうと奥さんは毎日毎日、
高架橋から高速を通る車を見続けていたそうだ。
ご主人の安否、経済的なこと、子供達の行くすえ、いろんな
不安感と戦っていたことだろう、胸中察するに余りある。

諦めきれずいつものように子を連れ眺めていたある日、
高速を走る一台の車が路肩で止まった。
車から女性が降りてきた。こちらに向かって何か言い始める。
聞こえない。
大声を出してくれているようだが、何度やりとりを続けても
言わんとしていることが分らない。
と、下の女性、ものを投げてきたそうだ。
なんだろう。取ると、小銭入れだ。
女性は車に乗るとすぐに去っていってしまった。

いくばくかのお金(大金ではない)と簡単な手紙が入っていた。

  毎日、見ています
  気を落とさないで
  何かの足しになれば お金を入れます
  がんばってください

内容は記憶に薄い(記事にも詳しく書いてなかった)が、
そんな、メモに近いもののようだった。

こちらの風体からか、雰囲気からだろうか、察してそのような
手紙とお金を添えてくれたのだ。

うれしかった。
ご夫人、そこから救われたのだと。
絶望と不安につのられる毎日から脱することができた、
もう夫は戻っては来ないだろう、夫のことは忘れ、
この子たちと、今の現実に向き合って生きて行こう。。。

仕事も見つけることができ、今は倹しいながらも幸せに生きています。
でもあの時あの女性と会わなければ、私はどうなっていたか
分りません。
どうか、新聞を読んでお気づきになりましたら、連絡をお願い
したいのです。会ってお礼が言いたい、と締められていた。

どうして車の女性はこちらの境遇を分ったのか、
今にも身を投げ出しかねない情感をそこに察知したのだろうか。

その後、女性に会えたのかどうかは分らない。
ご主人が戻ってこられたかどうかも分らない。
しかし分ったこと、それは逆境の中に人はどこか助けを求めている
ところがある、ということだ。
絶望の現実を目の当たりにした時、まず途方に暮れそして
その絶望を受け入れた時、人は藁にも縋る。
「藁」が「暖かい手」だった時、それはその人の今後一生をまた
左右させる大きな糧になるのである。

ここんとこ石川實さんのラジオにも感化されてますからでしょうか、
こんなこと、書きたくなっちゃいました。ちゃんちゃん。

2007年6月27日 (水)

挨拶

昨日も車で走っていてアホに会った。
すれ違えないので私はバックしてあげた。更に路地に入って
通してあげたのに、抜きざま、挨拶すらしない。
どころか、私を睨みつけて、去っていった。
なんで睨まれなくちゃ、いけないの?

先般もゲレンデで私に悪たれをついていったばか者がいたと
書いた。どうしてだろう、ありがとう、サンキューの意を表現する
そんな簡単なことがなぜできないのだろうか。

もうだいぶ前、私が免許取立ての頃だが、日本とドイツの大きな
車文化の違いということで、道を譲ったときなど
挨拶を返すかどうかということが上げられるとテレビでやっていた。
ドイツはだいたいのドライバーが会釈もしくは
手を挙げるなどで感謝の意を表すそうだ。ところが日本。
悲しいかなその習慣がほとんど無いということだった。
まあそれも25年前のハナシ。今は文化も発展してきたしそんなことない
だろうと思いきや、しないドライバーに結構遭遇するんですよね。
 
 
新婚旅行の時だから98年。
アメリカ西海岸のデズニーランドに行った。
とても気分が良かったのは、目が合うとほとんどの人が
会釈をしてくれるということだった。
午前中はモーニン!
午後はイブニン!
と口が動いて、笑顔で挨拶をしてくれる。
大人であればほぼ100%の人がしてくれたように記憶している。

対し、近くのハリウッドスタジオ。
ここでは会う人々、挨拶などまるでしない。
ぜ~んぜんしない。
同じ国民?って思いました。
人種が違うのだろう、デズニーに行かれる方々は富裕層、
気も心も含め全身でバカンスを楽しもうとする人たち。
ピンク、ブルーなどの爽やかなラコステのポロシャツに
白のデッキシューズって感じ。
だがハリウッドに行く輩は、、、カッコを見ればすぐ分る。
お世辞にも富裕層とは言い難い。
乗り物を乗るために、遊ぶために遊びに来た、というのがほとんどなのだ。
よって会釈する余裕など微塵も、ナシ。無視されまくりでしたね(笑)。
ま、ニッポンの、挨拶できないドライバーはもちろんそれ以下、ですが。

2007年6月26日 (火)

石川實さん感心感心

朝のラジオで聞く石川實さんの「SKY」。
ふむふむといつも聞き入って感心している。

先だっての話。知人にお医者さんがいたそうだが、
その人から聞いたこと。
婦人を血液検査すると、妊娠しているかどうかすぐ
分るんだそうだ。血液中に、かごに入った金の卵のようなものが
いっぱい見えるんだと。

  僕等は皆、金の卵だったんだ。
  できないことなどないんだ!

話し方からかバイタリティーがよく伝わってきて、
よおし!今日もがんばるぞ!と
単細胞な私はいつも感化されるのでした。

これも石川さんからだけど、ヨーロッパの諺に

「牛乳を配る人はそれを飲む人より健康である」

というのがあるんだそうだ。深い意味はわからないけど
たかぴーはいつも「配る人」でありたい、バイタリティー溢れる人間で
いたいと思っています。
 

  
ちょっと話はずれるけれど。ブログについて。
はじめる知人が多くなってきた。
覗くとその人の近況が分っていい。
先日久しぶりに会った知人に

「やあ、久しぶり!」

と声をかけたらその人は私のブログをよくみてくれてるようで

「こっちは久しぶりって感じがしないんですよ^^;」

と返された(笑)。
 
 
ある知人は、ブログを続けていることで

「ヒマなんだね」

とか

「他にやることないんかね」

等と友人から言われるようになったそうだ。

う~ん。。。

ヒマってわけじゃないんでしょう、時間を持て余しているわけ
でもないと思う、その人。
主観で言えば、なんつーんだろう、ゲージュツ性の表れの
一環のようなもの、とも思えるんだけど。。。違うだろうか、
そうたいそうなことじゃもちろんないが。

ブログ開設者がみんなヒマなんだとすると、じゃあ
HPを立ち上げてる人たちは皆ヒマだからはじめたのだろうか。
そうじゃあないでしょう。

絵を描いてる人はヒマだから描いてる?
音楽やってる人はヒマだからやってるの?
ジョギングしてる人は時間があるからやってるんじゃあないでしょう、
人それぞれ楽しみ方があるワケ、それを

「ヒマなんだね」

と一蹴する人達に一貫して言えること、それは

「芸術性センスのかけらが見出せない」

ということだ。

私は人がブログやHPを立ち上げたと聞くとまず

「やるなあ」

と思いその人はきっと

「感性が高いんだなあ」

とか

自己主張の表れ、情報のオープン化
を図ろうとしてるんだなどなどいいことばかりを
想像してしまう。
その中に

「ヒマなのね」

っていう気持ちは微塵も働かない。

前も言ったけど、ほんとにヒマな時って、何もできないものなんですよ。
自分の子がブログ立ち上げたいって言ったら?
ええ、もちろん応援しますよ、大賛成ですね。
ま、それより外で泥んこになって遊んできて欲しいってのが
前にありますけど。
と、いうことで
前向きに!バイタリティー溢れる人間で行きましょう!皆さん!

2007年6月12日 (火)

美女と野獣

友人から電話があってランチをしようと。

「出れるだろ。
 ちょっと出て来いよ。
 いい店、どっかねえか、教えろよ」

いつも土足である。こちらの都合など聞いてきたためしがない。

中華だったら美味い店、何軒かあるけどと返すが

「じゃあさ、銀行の横にカレー屋あるだろ
 あそこ行こうぜ。
 その前で待ち合わせだ」。

はじめっからカレー食いたかったんだろう
だったらそう言えっつーの。
 
 
こいつは高校時代からの友人だ。
同じ高校ではなかったが友人を通して知り合った。
中学時代はケンカで相当成らしていて、腕力も強かったが
気の強さは特筆もん、一本気で考えを曲げようとしない
だからこいつのことを悪く言うヤツも多くいた。

とはいえ強さは仕事の面でうまくはたらいているようで
今はサラリーマンではあるが、こいつを頼って多くの仕事が舞い込んできて
いるのもまた事実。
実際私も一昨年に仕事の関係で相談に乗ってもらったのだが
大変なお願いだったにもかかわらず

「おめえとオレの間で
 みずくさいこと、言うなよ」

と真剣に取り組んでくれた。

こいつとは不思議な縁があるようで、世話になったこと、
大学の頃にもあった。
車をぶつけたのだが、その時ドライブで一緒に出かけていた面々から
お金を集めて修理費を割り勘にしようと働きかけをしてくれたのも
こいつだった。
忘れもしない、借り物のスカイライン、大事なサーフラインのところを
私が凹ませてしまったのだな。その修理費、6万円だった。
学生時代の私には大金、ポンと出せる額ではなかった。
4人でのドライブだったからそれをきれいに4で割ってくれた。
本当にたすかった。

そんな学生時代のある日のある夜更け。
そいつから電話があった。そん時も土足。
知り合いの女の子と一緒にいるんだが、
電車が事故で止まってしまった、帰れない。俺はいいんだが、女の子を送ってって
もらえねえかとのことだった。
私は車はもっていない。もちろんバイクで構わないんだということ。

待ち合わせのところに行くと、横にはずんぐりのそいつに
超不釣合いな、背が高くスレンダーでモデルのようにきれいな女性がいた。

「じゃ、頼むよ」。

そこから飛ばして1時間くらいかけ、その女性を無事家まで送り届けた。

後から聞くと、私にその子を紹介したかったから、私を呼び出した
ということが分った。しかし私にはもったいないくらいきれいな人だ
結局、お付き合いすることはなかった。

しかし、なぜか。
今、そいつの嫁さんがそのスレンダーな彼女である。
私に紹介しようとあくせくする間に、その2人が急接近してしまったのだ。
今では立派なお子さんが三人もいる。

美女と野獣、かな(笑)。
分らないもんである。男と女ってのは。
どうなってるんでしょうね。

2007年6月 5日 (火)

BBQのお詫びとCDの失敗

計4ファミリーでのBBQだった。
午前中から夕方まで、楽しい1日を過ごせた。

お詫び。

「焼き物系はウチが用意するから!」

と豪語したたかぴー。
実際大量に買い込んで持ってったのだが、焼いたのは焼き鳥だけ。
豚トロ、タンドリーチキン、和牛など全てはクーラーボックスに
入ったまま、焼かず終いで持って帰ることになってしまった。
私の気配り不足。大変申し訳なかった。

おまけに昨夜それらを冷蔵庫から出してみるともうやられてて
ダブルショック。
タンドリーチキン、和牛全てだめ。
いやはやもったいないこと。
死んで人間様に尽くそうとした鳥さん牛さんにもお詫びのしようも
ない。
 
 
ちょっと凹んでる。

先般購入したCD、失敗だった。
ジェットストリーム2枚を購入したのだが
城達也の声が聴きたかったのはもとより
「雨にぬれても」と「コンドルは飛んで行く」
の両曲を聴きたかったからだった。
が、なななんと、これら二曲、オリジナルじゃなかったのだ。
インストロメンタル。
ジェットストリームオーケストラなる管弦楽団の演奏のもの
なのだな。
ああ。。。
すっごい楽しみにしてたのに。
そういえばFMの時もそうでしたもんね。オリジナル曲じゃあなかった。
失敗失敗。

と、ヤケになったたかぴー、原曲をまたオーダーしてしまった。
今度はだいじょうぶだと思うけど。

でもね、城達也さんのナレーション、やっぱ最高ですわ。

  遠い地平線が消えて
  深々とした夜の闇に心を休める時
  遥か雲海の上を
  音もなく流れ去る気流は
  たゆみない
  宇宙の営みを告げています

  満点の星をいただく果てしない光の海を
  豊かに流れゆく風に心を開けば
  きらめく星座の物語も聞こえてくる
  夜の静寂の
  なんと饒舌なことでしょうか
  光と影の境に消えていったはるかな地平線も
  瞼に浮かんでまいります
 
ってね。
こんな詩、書いてみたいもんです。
堀内茂男さん。

どうイメージすると、「きらめく星座」と「夜の静寂」を
かけあわせ

「なんて饒舌な」

と表現できるのだろう。
私には作詞能力が全くと言っていいほどないことが分る。 

一昨年だが斉藤さんと飲んだとき、20数年ぶりに会った彼の声があまりに
いい声に変わっていたので

「まるで城達也だね!」

とカラオケボックスで私がふると、彼はマイクでいきなり
上の詩をナレーションしはじめた。びっくりした。
彼もやっぱジェットストリーム聴いて育っていたのだな。
うんうん、そうに違いない。

懲りずにまた飲んでくださいね、皆さん。

2007年5月24日 (木)

乗り過ごし

ヤナセの発表会は楽しめた。
jigenさん、BunBunさん、Kameさんらとも会えて
車談義はじめとし話尽きることがなかった。ジョナったのがよかったな。

たぶんだけど23時過ぎにジョナ出て新宿までkameさんと一緒。
んで別れたあと座れる列車に乗ってしまったのが運のつき。
寝てしまったのだ。

準急だった。出発まで10数分あったんで妻にこれから
新宿発ですとメール。
やばいなあ。寝ちゃうかなあ。寝ないようにしよう。寝ない寝ない
寝ない寝ない・・・・・
と暗示していたらストンと落ちてしまった。
一瞬だった。
ハッ
気付いた時には車窓が田園。

どこ!ここどこ!

停まった駅で飛び降りた。初めて降りる駅。
どっちが東だか西だかもよく分らん。困った。
幹線道路はいずこに。。。
聞こうとするも人はいず、途方もなくとぼとぼ歩くと幸いに
交通量の多い道にあたった。
道路上の標識を見ると自分の帰るべき方向が分った。
ふうむ。なんだ、駅でいうと4駅乗り過ごしただけじゃあないか。
たいしたこたあないな。
歩くか。ちいとばかり。
酔った足でヨタヨタ歩き始めるとこりゃあ1時間やそこらで帰れるもんじゃあ
ないなあと思った。
1駅2~3キロとして10キロ?
時計見るともう1時だ。
やべ。。。やっぱやめた。拾うか、タクシー。
3,000円で帰れた。

だいぶ前だがTVで紹介してた。外国(たぶん欧州)。
電車に乗るときにバッジ(白。直径5センチくらいの円形)を配ったら
えらく重宝がられたそうだ。
なんだか分ります?
そこに自分の降りる駅を書いとくんだそうだ。で、胸に着ける。
すると、寝てても、知らない人が

「次ですよ」

と起してくれるって寸法。

いいよなあそういうの、なんで日本は普及しないんだろブツブツと愚痴りつつ
考えたらですねえ、私、引っ越してからこっち、新宿から酔って(一人で)
帰途につくの、5~6度しかないんですよ。しか~し、だ。なんと内3回、乗り過ごしてる。
行き過ぎ率5割を超えてる!
イチロー、松井も真っ青です。
困ったもんです。

2007年5月18日 (金)

素粒子とのっぽさんと

朝日一面の「素粒子」にあって思わずぷっ。

『当世虫類事典』

トウシュトウロンムシ
  半年に一回、忘れた頃に国会にやって来て、何も残さずに
  去ってゆく。

ユウメイジンタヨリムシ
  自民党に3年毎に発生。カズ選手にも取りつこうとして
  殺虫される。

いいなあ、こういうの。誰が書いてるんでしょうね。

「素粒子」は夕刊に出ているコラムだ。こういう面白いのは
やっぱ朝刊には出せないのかな、朝からいきなりこんなん読んでも
笑えませんもんね。

高見のっぽさんって、NHKなんかによく出てたひょろっと背の高い
パントマイム系の芸人さん、あの人、もう73になるんだそうだけど
今、朝日のやはり夕刊に「人生の贈りもの」のコーナーでエッセイが出てる。

トシ50を過ぎたころ、腹も出てきたしカナヅチだし、
ちょっと水泳でもやろうとプールで泳いでたらプロのコーチに声をかけられた。
平泳ぎのケリがいいという。

「すごい素質がある。コーチしてあげる。お金はいらない」。

そのうち大会に出ろとすすめられ日本水連の
関東大会に出るといきなり金メダルをとっちゃったそうだ。
調子づいて翌年はマスターズ世界大会に出たら
60人中14位! 元オリンピック選手とかごろごろ
出場する中での14位、すごいですよね。

人の才能っていうのはどこに何があるかわからない、
だから人生はおもしろい、と書いてある。

私は妻に

「のっぽさんみたい」

とよく言われる。
思えば私の平泳ぎもとても速い。やっぱ共通点があるのだろうか。
妻は見抜いていたのかな。

自分的には、バランス(均衡)感覚にちょっと秀でているものが
あるかな、と思う。
バイクに乗ってもそこそこ速く走れたし、スキーもほどほど
上手かったと思う。一級の妻からは

「限りなく一級に近い、素人」

と言われたが(笑)。

自転車好きの長男を見ていると自分が乗り始めたころを
よくよく思い出す。
やはり得意だった、誰よりも早く補助輪無しに乗れるようになった。
でもね、ただ単にそれだけのことですね。
得意ということだけのこと。水泳もスキーもバイクも。プロには程遠く及びません。

2007年5月17日 (木)

先日、母の日。
家族で買い物がてら玉高に行ったのだが
日も日だし、妻のリクエストに応えて夕食は
鰻を食した。和田平という店。

美味いは美味かったがなにかが足りない。
安けりゃよかっが値段も一人前3千数百円する。
妻も子もおいしいおいしいとがばがば大口にかきこんでいたが
どうも私は腑に落ちない。
イマイチの味。。。

鰻の美味い店は二店知っている。
一つは東日本橋「大江戸」。
香ばしく絶妙な焼き加減は腕の良い人が焼き場に立っている
証だし、程よく奥深い甘みのあるタレは歴史あるタレ壷に
注ぎ足し注ぎ足しできている歴史を持ってのことだろう。
焼きたての鰻をあつあつの飯にふっと乗せて出される大江戸の鰻
を超える鰻を私は食したことがない。

大江戸は老舗だ。店も古い。相当な数の鰻をさばいてきたことだろう
だから生臭い香りが漂うのを消すため、暖簾をくぐるとちょっと強めのお香の
香りがツンと鼻をつく。歴史あるかどうかはまず
お香が焚かれているかどうかでも分るってことだ。
それと店員の応対。
歴史ある由緒正しい店だということをきちんと店員も自覚し、
丁寧な対応を欠かさない。つまりサービスもいいってこと。

グルメ上司が好きだったのでよく訪れていたがそれももう
5年以上前のことだな。今はどうだろう、まだいいままだろうか。

もう一店は狛江の「浜名っ子」。
ここは義母が美味かった、というので行った。
正に大江戸に通い詰めていたころだったのであそこを抜く
味はあるまいと鼻で笑って行ったが、なんと、びっくり
美味い!
焼き加減も百点だったし、タレも良い、そして何より
モノ(鰻自身)の食感が満点だった。
店はお世辞にもきれいとは言えない、どちらかというと
「町の食堂」って感じで店全体に漂う雰囲気は学食。
テーブル椅子をはじめ箸立て、調味料の類全て品位がチープだし
店内も狭い。だから値段も安い。
しかし、だ。味は店のそれら欠点を補うモノをもっていた。
とにもかくにも美味い。重複するが大江戸に通い詰めていた
時に味わったので間違いはないだろう。

何がいいたいかというと、価格について。
店がチープであればそれはきちんと価格に反映されないといけない、
サービスつまり応対もよくもなんともなくフツーなのであれば
なおさらだし、味にこだわりと向上心を見出すことができないのは論外。
玉高和田平は一人前3千円をとるに足らない味、サービス、店構え
だってこと。
まず鰻は焼きたてのほくほくじゃあなかったし、
店内の雰囲気もフツー、200円のかけそばを出す
蕎麦屋の店内と一緒だぜあれじゃ。
店員はみえみえのパートおばちゃんとバイト学生。
もっと値段を下げるべきだよな。でなければ
リピーターは増えないだろう。っていうよりも玉高のあの場所にある限り
客足が途絶えることはないのだろうがね。
きっと儲かって社長はほくほくなんでしょう。私はもう行きませんね。
そうそう玉高だと地下食で売ってる「ての字」の鰻はかなりイケてますよ。
これを買って帰って妻が作る鰻重がやっぱ一番美味いかな、って
日記には書いておこう。

2007年5月11日 (金)

後の祭り

港区のマンションの火事でお子さん2人が他界されたと
昨夜から今朝にかけて報じられていた。
亡くなったのは5才と7才かな、共に女の子。お母さんは
燃え盛る部屋に助けに入ろうとしたが消防員に止められた
ようだ。テレビ見て私も目頭が熱くなってしまった。
きっと自分は死んででも助けたいくらいの
決死の思いだったことだろう。
もし私がそうだったらもう気がふれてしまうかもしれない。

惨いことで思い出したのは何年か前のことだが高速道路で
酒気帯び運転のトラックに追突され、車の後部席に
乗っていたお子さん2人が焼死してしまった事故。
追突された直後に引火してしまったようで、これも母親が
燃え盛る車に必死に助けに行こうとしたが火が強すぎて
だめ、なおのことロックがかかっていたから無理も無理。
目の前で我が子の命が絶たれようとしているのを見過ごさなければ
ならなかった。。。
私はそれ以上のことを想像する勇気がない。

他界されたお子さんたちのご冥福をお祈りして止まない。

涙もろい私は、お子さん(2才)一人をアパートに残してスノボに
出かけている間に火事になってしまった事故。これも涙した。
やはりお子さん他界している。母子家庭でお母さんは
連夜朝まで働きづめ。たまの息抜きだいいかしら
大丈夫だよ大丈夫大丈夫、食べ物置いていけばって
行っちゃったんだな。帰ってみたら消防活動終えた後
というからなんと惨い。

「魔の2歳児」というくらいだ、ウチの次男も先だって2才になった
もうそのやんちゃぶりたるや筆舌に尽くせぬ。このお母さんも
半ノイローゼにあったかもしれない、お子さんを残してスノボに行くのは
まずいが、私はこのお母さんには情状酌量の余地は多分に
あると思う。
しかしネットでは酷い書き込みが多かった。

>親にも息抜きは必要だと思いますが、2歳の子供を放っていくというのは
>鬼蓄の行動です。
~中略~
>同じ親として許せません。
>この女は顔を全国にさらすべきです。

確かに悪いは悪いが、顔をさらすまでの非難はできないよ、スノボママも
事故後は半狂乱に陥っていたというし、
人生を棒に振って改悛の日々を送っているのだし。
正にタイムマシンが欲しいところだろうな、誰か早く開発して譲って
あげてください。

 

当選したてで地中海バカンスに繰出したサルコジ氏も
タイムマシンで戻りたいでしょうね。選挙で後押しした
なんとかっていうユーメーな哲学者からも「恥さらし!」って
言われてる。笑っちゃいますね。
後の祭りですね。

先日は私が夜帰ったら窓全開だったので、ウチの声が外に丸聞こえで
びっくりしましたね。私は笑いましたけど、妻と義母は真っ青に
なってました。
この日は普段にも増して長男次男のききわけが悪かったそうで
かなり怒鳴り散らして叱ってたんだそうです。それが全て筒抜け。
これも後の祭りですね。

C050

2007年5月 2日 (水)

威嚇か

メルセデスだがCクラスからEクラスに乗り換えた方から

「Sにあおられるようになった」

と聞いたことがあった。
CだとEやSからあおられるようなことはないが、
どうなのだろう、S乗りからするとEはウザイのだろうか(笑)。

ちょっとハナシは違うが、この連休の一泊旅行でだが、
原チャリに睨まれ、刃物を見せ付けられドン引きした出来事があった。

場所は旅行先の大型ショッピングセンター近くで、
そのセンター駐車場から出た直後のこと。
公道に出てすぐ太い道にぶつかるので、その合流に少々渋滞した。
といっても4~5台待ちってとこなのだが、なかなか合流できなかった。
前には原チャがいた。彼、なにやらゴソゴソと動いている。
何してんのかよく分らなかった。うちの車は
後部席で妻が子供2人と格闘していたので気にする余裕もなかったのだが
しばらくするとそいつがしているのは、刃物をちらつかせて
私を睨み挑発しているのだということに気付いた。

なな、なに!?

刃物を持つヤツとケンカする度胸は私にはない。
私が彼に何か悪いことでもしたのだろうか。
いいや、してない、っつーか、私はたった今ショッピングセンターから
出てきたばっか。何かできるわけがない。

オレ?オレに!?

突然のそんな脅威に驚いて首が10センチくらい伸びてしまった。
そお~っと周りを見回してみるが、私の他に車はいない、
どう見ても私に対する威嚇だ。

後の妻に言おうと思ったが反応した神経質長男に

「なになに!なに!なんだよなんだよ!なんだあいつなんだあいつ!」

と騒がれたらまずい。
きっと次男(もうすぐ2才)も指を指し呻るだろうし。

私は事なきに事なきにと祈って彼が去ることを切望した。
結果、車が流れるとそいつは刃物をホルダー
(腰のベルトに付いてる!)に収めブイ~ンと去っていったが
騒いで家族も巻き込まれたらとんでもないことになってたかもしんない。
少しだが、リヤにゴルフバックを積んでれば良かったと考えもした。

原チャはきっと黒のメルセデスに嫌な思いでもあるのだろうな、
あおられてガードレールにぶつかったことがあるとか、
嫌いな先輩が乗っているとか、
ひょっとしたら買おうとしたがカネが無くて買えないことから
被害妄想が生まれ、全ての黒ベンを脅そうという計画が始まった、
ということもありうる。

しょうがないやつだ、相手にはしない方がいい。
誰も相手にしなければしばらくしてどこかのドブで死ぬことになる
だろう。
でも今思えばデジカメで記念に撮っておけばよかったかなとも思いますね。
長い人生、これもまた一つの(つまらない)思い出ということでね
このブログに載せてたしょうね。

2007年4月16日 (月)

不登社か

今日は天気が悪いからだろうか月曜だからだろうか取引先得意先含め
休んでいる人が多い。
大丈夫かなあ、みんなぶったるんでるんじゃあないのかなあ。
     

次男(来月で二歳)だが断乳に成功したのはいいんだが、
夜泣きが酷くなってきた。
3時くらいで、ここんとこ1~2日おきに泣かれる。
泣くのは1~2時間。
ずっとだっこをしてあやしていないと絶叫されるので
たまったものではない。
おかげで今日もちょっと寝不足だ。

昨日は子供服を買いに行きがてら気晴らしにレクサスへ寄ってみた。

入ってすぐにIS(いちばん安いやつね)があって、
奥に行くとLS(いちばん高いやつです)がドンと飾ってあった。
価格を見る勇気はなかったがおそらく7~8百万はするのだろう、
威厳高く、全くもってして非の打ち所のない風格はちょっと
ドアを開けて乗り込むのにも

「いいっすか?」

と店員に聞いてしまうほどだった。
しかし驚いたのはスピーカーにマークレビンソンが使われていたこと。

やるなあ~

でもこの車をチョイスする人の何人に一人がマークレビンソンを知っている
のだろう、それを思うと

「なんとかに真珠にならないといいですけどねえ」

と店員に思わず言ってしまった。

なにしろ、後部席なんて、頭上にもマークレビンソンがあるんですから。
天井ですよ天井。しかも2つ。
チューナーを81.3に合わせJ-WAVEから流れたビリージョエルの
セイグッバイトゥハリウッドを私はこんないい音で聴いたことは無かった。

「音、いいね、こりゃあ!!」

とは長男。
スイッチ類をはじめとしてそこら中いろいろいじくりまわしていたから
さぞかし営業さんは気を揉んだことだったでしょう。すいませんでした。

 

 

話は変わって。

前職の同期と先般会った。2名。
一人はまだ会社にいるままで、この4月に無事部長に昇進したとのことだった。
名目的にはそいつの昇進祝い(軽)ということで会ったのだ。
もう一人はT氏。こいつは89年に転職していて私の前職の会社には
今はいない。
で、後、私らと同じ部にいたD氏もこのT氏の会社へ転職したので、
その2人はその転職先の会社で同席していることになる。
今回会ったのはそのD氏を除いてのメンツだったのだが、
ちょっと驚いた。D氏、会社に来なくなっちゃったんだそうである。

「もうねえ、一年、来てないよ」

それを聞いてまた驚いた。
ちょうど一年前にそのD氏も含めたこの3人の計4人で飲んだからである。

「そうそう。
 だからあの飲み会の直後、来なくなっちゃったのよ」。
  
 
 
D氏はトシは私と同じくらいだが、前職の会社では一年先輩だった。
黙々と仕事をするタイプで、陰でコソコソ悪いことも
していたようだった。詳しくは書けないが。
趣味にはパチンコも入っていて仕事中に打っていることも
しょっちゅうだった。
女癖が悪く、これまた水面下でちょこまかといろんな女に手を出して
いた。
うち一人。
会社に派遣で来ている女性と結婚することになった。
私はその女性とも交流があったのでD氏はまずいんじゃないかと何度か助言した。
が、間もなく驚くことを依頼された。

「たかぴー、さ、
 結婚式のさ
 司会。
 やってくれよ。頼む」

D氏からである。

あっけにとられた。
私からすればとくだん仲がいいわけでもなんでも無い。
義理ももちろん無い、そんな大役頼まれる筋合いは到底無い。
深く書くことは避けるが、最終的にはその大役をうけることになって
しまった。後にも先にも100名をこす披露宴の司会はこの他に請けたことは無い。

しかし破局はすぐにやってきた。2年と持たず、彼らは別れることになった。
私からすれば想定内だった。D氏が家のお金をじゃんじゃか使うようになって
いたので問い詰めたら、他に女ができて子を身篭らせてしまったのだそうだ。
おろすのやら手切れ金やらで結構な金が出て行ったようだ。
夫婦はもめにもめ、彼女は出て行くことになったが
口座にお金はビタ一文、無い。
幸か不幸か夫婦に子はいなかった。
D氏母に相談しようと彼女が事情を話すと

「じゃああなたはねえ、子供作ったの?
 作りもしないで、よく言うわよ」

と信じられない反応。今で言う逆ギレか。
私から言わせればこの親にこの子、あり、だ。
披露宴の司会を務めさせておきながらろくな礼もしなかったからだ。

だから今回、出社しなくなったことを聞いて
驚きもあり、頷きも、あった。
D氏、今は別な女性と結婚してなんと二児の子持ちなんだそうである。
どうすんの?いったい。
  
 
と、こんどは部長に昇進したS氏からもまた驚くことを聞かされた。

「そういや、たかぴーの部にいたN課長、
 ヤツも今、会社、来てないぜ」

マジ!?なんで?

「しらんがもう数ヶ月来てないみたいよ」。

なんだよ~
しっかりしようよ~。
まあ転職したD氏はいいとしてね。
N課長、その昔伊豆スカで私の後ろに付いてきて地獄を見たBMW君です。
彼はその後、メルセデスE240T~E500(W211)と
乗り継ぐほどの車好き。
どうしたんでしょうねえ。みなさん。がんばりましょうよ。

2007年4月14日 (土)

渋谷から歩いて

一昨日は渋谷で仕事を済ませ、帰路は思い切って歩いて帰ろうと思った。
しっかり歩き、1時間で帰って来れた。

会社員だった新入社員の時、勤務地が六本木だったことがあって、
私はその勤務地から二日連続で家まで歩いて帰ったことがある。
当時仕事が山積みで残業残業の嵐だったしバブル全盛期の
1985年、しかも午前0時を過ぎた六本木、やすやすとタクシーなど捕まらない。

一本道だし疲れたらタクシー拾えばいいか、いえい!歩いちゃえ!
とばかり、仕事疲れの頼りない足取りでとぼとぼと歩き出した。
確か3時間かからないくらいで帰って来れたと思う。
しかし二日目は違った。
疲れが溜まってたし途中で雨が降り出した。
仕事で嫌なことも重なっていたし先輩からもいじめられていた(笑)
から、途中で涙が出てきてしまったことを覚えている。
雨宿りしながら濡れ鼠で帰宅できたのは午前4時だった。

あの当時は本当にタクシーが捕まらなかった。
それと二日目は金曜だったせいもあるな、疲れた途中からは空車を見つけたい
からほとんど後を見ながら歩いていたようなものだった。
途中の池尻大橋のあたりでタカネ君の弟が私の横を車で通り過ぎたようだった。
彼女を乗せていたらしく、私はずぶ濡れだったからか彼は無慈悲にもそのまま
走り去ってしまった。後日知ったことだが。

あんまりきつかったので翌週の金曜は、やはり0時過ぎまで残業の後、
渋谷まで歩いて弟に車で迎えに来てもらった。
待ち合わせた渋谷東急プラザの前で待っていると、
横にきれいなねえちゃん二人を連れた男がいた。
彼らはタクシーを拾おうとしているのだろうが
残念なことに空車は全く来ない。
しばらく待つと私の前には弟運転のスターレット1300が
すべるように来てくれた。
よかった。サンキューサンキュー、いやあ助かったよ!と
乗り込もうとしたら私の上着をグイと引っ張るねえちゃんがいる。

「ちょっと、あんた!
 ずるいわよ!」

「な、な、なんですか」

「なにって、あんた。
 一人で乗るんじゃあ、ないわよ!
 私たちも乗せなさいよ!」

弟や私に有無を言わさず車に乗り込んできたのは隣りで
タクシー待ちをしていた三人組だ。
男は車のディーラー(トヨタ系)マネージャー。

「ちょっとお~
 このクルマ、古いんじゃない!?
 あんた、ほら、名刺渡しなさいよ!名刺名刺!」

と、ねえちゃんから促されしぶしぶ出した男の名刺で分った。

「あんたたち、兄弟?
 似てるじゃん!
 かわいいわねえ、弟さん。
 こんど電話頂戴!
 遊んであげる。
 絶対よ!」

と女性も名刺をくれた。

「アニキ、知り合い?」

「いいや」

三人組は騒ぐだけ騒いで車中にアルコール臭をブチ撒け
目黒のあたりで降りていった。

なんか、渋谷から歩く道すがら思い出しちゃいましたね、そんなこと。
辛かったけど楽しいバブル時代でしたね。

2007年4月13日 (金)

温暖化

新聞で笑えた投書。

娘 
「休肝日があると寿命が延びるってテレビで言ってるわよ」


「酒我慢してまで長生きしたいと思わないね。
 温暖化ひとつとってみろ。そもそも人間の存在自体が
 地球の害なのだ。
 その為にも、俺は酒をやめないぞ」


「そうよね。他に楽しみも夢も無い人生だしね」


「変な夫婦」

よく覚えてないがそんなことが書かれていたな。
 
 
温暖化って叫ばれてるけど、その温暖化は本当に人類の
悪行によって成しえたものなのでしょうかね。
そもそも気温がマイナス30度とかの北極や南極の氷が、
なんで溶けるの?おかしいと思いませんか。

南極の氷床を数千メートルに渡って掘り下げたものを調べてみる。
するといろんなことが分る。
地球には40数億年の歴史がある。
地球は十万年毎に大きな気候変動があり、生物が滅び、
そしてまた生まれる、を繰り返してきている。
だから地球は、自らのペースで自然に生命が作られ、滅ぼさせて
きているのではないか。人類にとって都合のよいようにあるものでは全く無いのだ。
人類が悪行によって温暖化を作った原因などかけらもない。
全て地球のいわゆる自然発生的なものなのではないか、ということ。

国連IPCC(国際的な専門家でつくる気候変動に関する政府間機構)は

「二酸化炭素など温室効果ガスの濃度が安定化したとしても
 温暖化を止めることはできない」

と言明していたがしかし最近の発表では

「温暖化は人為的な温暖化ガス放出の影響が原因であることは、
 90%以上の確率で正しい」

としている。
温暖化は間違いなく進んでいる。阻止するに人間のできることって、
果たしてあるのか。。。

先の投稿でそんなことも考えてしまいましたね。

2007年4月11日 (水)

昨夜は知人との会食があったので勤務先に車(メルセデス)を
置いたまま帰った。
今日出社してみてびっくり。
車の鍵が開きっ放しだったのだ。
しかしよかった。何も盗られていない。愛用のサングラスも
ダッシュボードの上に置いてあるままだ。
あぶないあぶない。
以後気をつけるとしよう。

鍵といえばこれはなぜあるのか。悪いことをする人が
いるから、必要なのだ。トイレの鍵とは違う。
私は常時5~6個の鍵をじゃらじゃらじゃらじゃらと持っている。
全てとても大事なもの。面倒だがそれら全ては悪いことをする人が
いるために、持たなくてはならないことになっている。
だから悪いことをする人は、私にその手間の賠償を請求されても
おかしくはないだろう。
皆さんもそうは思いませんか。

2007年3月 8日 (木)

クラクション

日曜だが、二子玉の高島屋近くでポルシェ(カレラ4S)に
ぶつかりそうになった。
クラクションを鳴らして止めさせた(急な割り込みだったから)が
そのまま入ってこられたら私の横腹にドンだったな。

止まって相手に叫んだ。

「ポルシェ乗る資格なし!!」

後部席の妻は笑った。
普通は、危ないじゃないか!とか、どこ見てんだ!とか言うわよ、と。
だけどそれじゃ甘いよね。
相手は謝りもしない。ったく。機嫌が悪い時だったら
降りてって説教するところだ。

速い車に乗りたい、見栄を張りたいっつーのは分る。
しかしあんなのにポルシェ乗られるっていうのは
きちがいに刃物みたいなもんで、危険極まりないな。
国産の1000ccクラス(もしくは以下)に即刻乗り換えろ。

私はクラクションをほとんど使わない。
危ないんだったら自分が速度を落とせばいいことだし
ブレーキやハンドリングで回避できないのであれば
それは腕が悪いとしか思えない。
今回の例のように、相手が100%悪く、
鳴らしても回りに迷惑をかけるわけでもない(246の旧道)
というのであれば存分に鳴らす。
メルセデスに限らず運転では、過去思いつくだけでも数えるくらいしか
クラクションは使ったことがない。

今の勤務地前の商店街、多くの車が歩行者や自転車を
避けさせるためにクラクションをピーピーブーブーと
鳴らしてうるさい。自分が速度を落とせばいいのに。
私にはクラクションは弱い犬もしくは負け犬の遠吠えのように思えてなりません。

今日は三茶にチャリで出かけた。
仕事を済ませ、ツタヤでスガシカオのCDを借りた。
聴きたかったデビューアルバムとライブ盤の2枚だ。
なんたって最近はまっているスガだ、原点であるデビュー作を
聴かない手はないだろう、それに私はライブ盤というのが妙に好きだ。
うそ偽りない生の音、本領が聴けるってもんだ。
ツェッペリンにしてもジェフベックにしてもレインボーにしても
ライブアルバムは大好きだ。

帰路は天気もよく暖かくチャリだし私のアタマの中ではドリカムの
「RING!RING!RING!」
がかかっていた。
歩道でだった。ねえちゃんの横を通る際、急に横に方向転換されたので
ねえちゃんの手が私の膝にぶつかった。ねえちゃんが手に持っていた携帯が
下におっこちた。
ねえちゃんは私の背中に罵声を浴びせた。

「ごめんくらい言え!
 このやろー!
 バカ!」

ガマ蛙のような形相をしたその女はそう叫ぶと逆の方向へ去っていった。
怖かった。
私が速度を落とすかチャリチャリと鳴らすべきだったかな。
でも謝らなかったんだ。
いいんだいいんだ。ケッ

2007年2月24日 (土)

ワイパーとサングラス

メルセデスのワイパーだが全然拭き取らなくて驚いた。
先般土砂降りの中走ってキケンだった。

帰り(運転席側に戻ってくるとき)はいいのだが、「行き」
が全然拭き取らない。
こりゃだめだめひでーなと思って履歴を見たんだが、一昨年6月の車検の時に
とっかえられてる。ヤナセだ。2年はもたないんだな。

とっかえられてるっていうのは、私の意思意向、先方への
依頼に反して、ということ。
書面で出したんだよな。ワイパーはその直前にとっかえたばっかだから
替えないでいいですよって。

車検の時は、率先して替えて欲しいもの、替えたばかりだから
替えないでいいもの等々を表にして出している。わざわざそこまで
してんのになあ、替えるなっちゅうの。請求明細見て分った。
ボッシュのに替えてるから、ブレードごと純正に替えられちゃうと
こんどボッシュゴムだけっていう交換ができなくなっちゃう。ちきしょーめ。

まあいいか、ちっちゃいことだしと思ってながした。
それにその車検でヤナセからサングラスをもらったからだった。

その少し前、ヤナセのフェアに行ったんだがその時、
そろそろ車検じゃあないですか、今予約してもらえればサングラスを
差し上げてるんですよ、
と言われて速攻予約し、もらったのだった。

もらったサングラスはスガシカオっぽく、軽いし割と気に入った。
だけどグラデーションの関係で遠近感がつかみ難かった、だからカバンに入れ
たままで、運転の時はすることがなかった。
  
 
去年だった。中学時代の友人らと飲む機会があった。
男女合わせて12~3人が集まり、痛飲した。
私はなぜか一気飲みまでさせられ、ぐでんぐでんに酔っ払った。
いつの間にかその席に若い娘が2人いるのに気付いた。
聞くと小学校時代からの同窓、Nさんの娘さんだということだった。
その娘さんが友達も連れてきたようだ。

Nさんはとてもきれいな人で(もちろん私の同級生だからもういいトシだが)
学生時代はモデルもやっていた。何誌かで拝見したことがあった。
しかしこのNさん、実は小学時代、私のことを好きでいてくれた。
うる覚えではあったけれど一昨年、小学校時代の同窓会を開いた折、
昔に皆に書いてもらった
「思い出ノート」
を読み返してみて思い出したのだった。

娘さんもお母さん譲りでとてもきれいだ。トシもハタチ前、
若さが溢れてるって感じだ。

「おじさん、名前は?」

娘さんにそう聞かれた。

「たかぴー、っていうのさ」

「ホントに?!」

私は本名を言ったが、娘さんとお友達は顔を見合わせ驚いている。
学校の担任の先生もたかぴーというらしい。

そうか、そんなある名前かな、たかぴー。

「ちょっと待って、
 おじさんのこと、ママから聞いたこと、
 あるかもしんない。
 センセの名前知った時、ビビっときたんだよね」

酔った勢いもあったろう、私は小学校時代の思い出話を
だらだらと娘さん達に話し始めた。
Nさんは別な席で盛り上がっていてこちらの話題には気付かない。

少し離れた席に俳優の鶴見真吾がいるのに気付いた。

「あそこにいるの、鶴見真吾だぜ」

「ふうん、、、
 あんまかっこよくないわね。
 私はたかぴーさんの方が、タイプだわ」
 
 
翌日のことがあるので私は皆より先に退席することにした。
もう0時を回っている。
店を出ると、いつの間にか外にNさんの娘さんと友達がいた。

「ねえ、たかぴーさん、また会えるかしら」

そうだなあ、だけど20そこそこの娘とそう会えるもんではない。

「いつ会えるか、わかんないな、、
 そうだね、じゃあ、、、
 おじさんのこのサングラス、あげるよ。
 これ。
 かけてみ」

スガシカオっぽいヤナセからもらったそのサングラス、
かけると彼女にはとてもよく似合った。

「スガシカコ、だね」

「(笑)、また会おうね」

サングラスは失ったが、なんだか少し気分のいい飲み会だった。

2007年2月 9日 (金)

アンテナ業者

社所有の賃貸住宅のテレビアンテナを替えようと思っている。
8世帯が住んでいるアパートの共同アンテナだ。
そろそろ地デジ対応してあげたほうがいいだろう、
どーせ2011年にはアナログ見れなくなるんだしこういうことは
早いほうがいい、入居者のためでもある。

業者をどうしようかと思ったが昨年自宅アンテナを
替えてくれた業者(個人)にお願いすることとした。
ブログには詳しく書かなかったが、実はその業者に私、ひどいことを
言ってしまって、ずっと後悔の念が消えなかったのだ。

昨夏のことだ。自分でも替えれるかと思った自宅アンテナだが、屋根が
高くて怖くて登れなかった。んで業者を頼んだのだが、
替えてもらっても映りがあまり良くならない。顕著に悪い4と6は、替えてもゴーストが消えないままだった。

「これは地域性の問題だと思います」

業者はあっさりそう言うが、替えてくれたアンテナ、
高さが少し低くなってるようだ。以前はもっと高かった。
どうして低くしたのかということと、ゴースト対応のアンテナと
いうのは無いのかと問い詰めると

「撤去したのはゴースト対応のものでした」

という。

「今のは?」

「ゴースト対応のものではありません」

ばあか言うんじゃあない。どうしてレベルダウンさせるんだ、
しかもアンテナ、低くしたんじゃあ、ゴースト消えないの
当たり前じゃあないか、と、きつい苦言を呈した。

「アンテナはゴースト対応のものに替えてください、
 それと、高さも元の高さ以上のものにすること」

有無を言わさずそうお願いし、それが済まないと支払いもしない、と伝えた。
業者は毅然とした声で

「了解いたしました」。
 
 
後日アンテナはゴースト対応のものに替えられ、高さもかなり高い位置に
変更してもらった。

でも、ゴーストは直らない。

業者は再度電波測定等いろいろやってみたが、やはりこれは地域性の問題以外
考えられません、ということで我が家を辞した。

替えてもしょうがなかったんだな。。。悪いことをした。

で、今回アパートのアンテナ交換。
どうしよう。
そうだな。
以前の、あの業者(個人)に、もう一回頼んでみよう。
正直に話そう、あの時は悪いことをした、ひどいことを言ってすまなかった、
だから借りを返すわけじゃあないけど、別のところで仕事、
頼まれてもらえませんか、と。

電話をするとやはりよく覚えていてくれ、じゃあ早速拝見いたしましょう
ということになった。
とはいえ、実はどんな人か私は分らない。
会っていないのだ。家にいる妻や義母しか会っていず、私は
話したのは電話でだけだったからだ。
妻に聞いた。

「なんか、武道でもやっていそうな人だったわね。
 背筋もピシッとしてるし。
 話しっぷりとか、歩き方とか。
 アニキ(W大少林寺拳法部元主将)入ってた。
 後から真剣振っても、白刃取りされるわよ」

ふうん。そうか。。。
でもちょっとしか会ってないのに、
かみさんもよく言うわ、そんなこと。
とはいえ私もすんごい人に文句言ったもんだ。

で、今日、その業者さんとはじめて会った。
妻が言う通りの人だった。

トシは45くらい。
スキンヘッド。
少し低い、が通る声。
眼光に鋭さがある。
眉間には常に皺。
しぐさ行動ひとつひとつに節度のようなものがある。
言葉に無駄がない。多くを語らない。
無表情。
周囲1.5mにオーラを漂わす。
歩いた後に威光が残る。
太ってはいないが全身ががっしりしていて、
確かに後から真剣を振り下ろしても
白刃取りされそうだ。
 

すんごい高い梯子をハイエースの屋根から降ろしてきて
アパート階段に組み、ウチより遥かに高い屋根に
いとも簡単にスタスタ登って行き、電波測定やらなんやら
いろいろやってまたスタスタと無表情で降りてきた。
私が登ったら怖くて発狂していただろう。しかし下から見ていても
なんら危なげを感じさせないオーラを彼は発していた。

ちょっと彼のことをもう少し調査してみようと思う。

2007年2月 8日 (木)

六本木の渋滞

仁義無き戦い勃発かな、六本木は危ないね。
へたに行かない方がいい。道も混んでるし。
 
 
六本木で夜、タクシーを拾った。
大通りから少し入ったところで乗ってしまった。
失敗した。案の定道は混んでいた。大通りまで出れない。

片側一車線あるがいっぱいっぱいの幅員でしかも
私の側の車線は大通りまでの間の全域で路駐車がとまっていた。
更に大通りも詰まっているのかな、全然前に進まない。

その時間、大通りではタクシーは拾えなかったろう、
しょうがなかったか、と思っていると、前からヤンキー風の
スーツノーネクタイ男が一人、歩いてきた。
前の車(やはりタクシー)の窓を叩いて何か文句を言っている。
怒っている。大声だ。
私のタクシーにも来た。
窓を開けるよう叫ぶ。

「あのね、この道は、両面なの!
 んで!詰まってるから、
 この車、下がれ!」

そう叫ぶ。
つまり両面通行でこちら側の車線に路駐がいるのだから、この道は
対向車の側の車を優先させるべきだ、だから、アンタの車は
バックしなさい、という意に推察できる。
後のやはりタクシーにも同じように大声で文句を言っていた。

そういわれても後もずっと詰まっている。全員がバックするなど
できないこと。

「無理言いますねえ」

運転手さんはそう言ったが、私はなぜあのヤンキーがあんなことを
言ってきたのかが分らなかった。
その後ヤンキーは私のタクシー横を、来た方へ戻っていった。
しばらくするとヤンキーがなぜそう叫んでいるかが分った。

やっと大通りに出れそうだというところで、車の警笛が鳴り響いるのに
気付いた。
ビーーーーーーーーーーーッと鳴らしっぱなしだ。ひどいうるささ。
鳴らしているのはモデナ(フェラーリ)だった。運転手はさっきのヤンキー。
助手席にはきれいなねえちゃんを乗せていた。
そのモデナ、私らの出てくるその道に入りたかったのだ。
しかし出てくるタクシーたちでずっとつまっているし、しかも反対車線の路駐の影響で
入れない、というのだからヤンキー、納得いかないのだな。

モデナはその大通りから左折で入ろうとして止まっていたが、
問題なのはその格好。
大通り自体も多くの路駐がいたので、ふくらみにふくらんで
大通りの片側の通行を全て塞いでいた。
ガンとして譲らないヤンキー。
どうしてもそこからその道に入りたいのだな。
よくわかんないがきっとそうなのだろう。
いつまでも警笛は鳴り続いていた。

六本木深夜の渋滞はそうしてつくられているのである。

2007年1月26日 (金)

サービス業

今日はしばらくぶりに車で通勤。昨夜メルセデスのバンパー修理が
直ったから。
きれいに直してくれてありがとう>臼井自動車さん。

とはいえ今朝の渋滞は参った。いつも1時間弱のところ
1.5時間もかかってしまった。
たぶんだが首都高3号線が事故だというのでみんな下に降りてきて
しまった影響なのだろう、困ったものだ。
 
 
仕事で行くところの近くのデニーズによく入る。
店員は何人かいるが、いつもいるババアで一人うるさいのがいる。
声がでかいのだ。そんな大きな声で言わなくてもいいだろうっていつも思う。

「はい~!!いらっしゃいませぇ~!!!」

「ご注文はぁ~!!トマトとぉ~ナスのお~ラザニアで
 よろしかったですねえー!!!」

「飲み物はぁ~!!よろしいでしょうかあー!!!」

俺様のオーダーを店内とどろかせてどーするっつーんだ。
元気なのはいいことだがサービス業だろう
客の気持ちをまず考えろってんだ。

「ありがとうございますうーー!!!」

なんてつんざくような大声張り上げられて
うれしい人、いるんかいな。

接客の姿勢って難しい。相手を威圧するようなこと
サービス業にはあってはならないこと、とたかぴーは思う。

やるなあ、と思ったのはラーメンの大勝軒(永福町)。
ここなんか美味いしいつも行列ができてなかなか食べれないのだが
入ってふむふむと感心したことがある。
従業員募集、と張り紙がしてあるのだが、身長制限がある。
確か170センチ以下、って書いてあった。
つまりサービス業たる者、上から客を見下ろすようなこと
ではだめだって考えなんだな。たいしたもんだ。

しかし最近マックの注文、おしつけがましいことあんまり言わなくなった。
笑顔もなくなっているし。
私が学生の時は、マックの店員ったら必ず笑顔で受け応えしてたし
注文もこれはどうですかあれは追加いらないですかこっちだとこういう
セットでお得ですとかずらずら説明してたけど
そういうの今無くなってきてるなあ。藤田田さん引いたからかね。

私もバイトはいろいろやったけど、客に襟首をつかまれたことがある。
お客を怒らせちゃったんですね。殴られるかと思った。
これは私(っていうよりバイト全員)が悪かったんだけど
駐車場のバイト。渋谷道玄坂の新大宗ビルってとこだった。

出庫の際、出口を案内したのだが全然聞かないでその車は走り出し、
案の定ビルの奥のどん突きに入り込んでってしまった。車はベンツ。

「そっちじゃあないですよー!!」

大声張り上げたが機密性が高いS、聞こえなかったんだな。
追っかけてってバックを促そうとしたら降りてきて
いきなり胸ぐらを掴まれた。

「なんだその案内はぁーっ!」

びっくりした。

「すいません!」

謝ったのも一瞬で、ベンツ氏はすぐ踵を返して
車に乗り込み去っていった。

そのバイト、時給がよかったからやってたようなもの、
働いてるやつら、ひでーのばっかだった。
みんなバイト。社員は常時一人いるようにはなっていたが、
普段はパチンコかどこかにしけこんでていつもいなかった。
だからバイト向けの接客教育なんてもちろん無くて
およそ客を客と思っていない。

「止めさせてやってる」

くらいの態度でいつもいた。

バイトの連中は皆私と同じトシくらいのヤツばかりで
私が勤務する日曜は常時4~5人がいた。

リーダー格はマミ氏。トシは1つ下だったが最古参で
性格にカリスマ性(自分が何につけても一番偉いと思っている)
があって、機嫌を損ねると何騒ぎ出すか分らない。
性格悪いったらありゃしない。おまけにそのマミの
接客態度ってったらもう、常時ケンカ売ってるようなものだった。
見ていてヒヤヒヤした。

そんなヤツがリーダーなのでバイト連中には必然的に封建社会が
確立されてしまう。上下関係がめちゃ厳しい。
先輩特にマミには誰も盾つこうとしない。
これはこうしたほうがいいんじゃないですか?と改案を薦めても

「おまえ、何言ってるの?」

と一蹴。
バイトでは先輩だがトシは1つ下だ。カツンとくるが

「そうですか、じゃあ、今のままでいいんですね」

と応えるしかない。
彼は学校も行かずまた正規の就職先もみつけず
今で言うフリーターだな。リーダー格であるように見えて
実は芯が無い、このバイト以外での彼の存在って、無いんじゃあないかな、、、
そんな彼の本性を私は見抜いていた。

私がベンツ氏に胸ぐらを捕まれたのもマミの案内が悪かったからだった。
ベンツ氏が怒るのももっともだったのだ。
私が叱られているのを横目に彼はそそくさと事務所に逃げ込んでいた。

しょうがないヤツだ。

そのバイトをしばらく続けて辞めた後、翌年の夏のある日
二子玉川の花火大会に友人達と出かけた。
電車だったが、人でごった返している帰りの二子玉川駅のホームで
そのマミ氏にばったりと会った。もちろん偶然。
向うは気付かなかったが、すれ違いざま瞬時に私の手は
彼の服に伸びてしまった。
掴んだTシャツがグイーンと伸び、振り返って彼は立ち止まった。
おどろいてこちらを見る。

「おお、久しぶり、たかぴーだよ。
 こんなとこで会うなんて」

「う、うん」

なんだかしんないが彼は気まずそうだ。私にうしろめたいことでも
あるのだろう。無いとは言えないよな。あのバイト時、酷かったもんな。

私も私、彼のTシャツをぐっと掴んだままだった。
なんでだろう、あの時ベンツ氏に襟首をつかまれたお返しを
したのかな。

手を離すと彼は人混みの中に逃げるように消えていった。

2007年1月25日 (木)

納豆

あるあるの納豆効果が問題になってる。
だいたいあるある自体、私はほとんと見ない番組の1つだった。
これがいいあれがいい、なんていうもの見るとそればっか
食べちゃうようになるでしょう。食べ物なんて、多くのものを
満遍なく食べること、それが一番いいのだ。ある時は豚肉がいい、
ある時はキムチがいい、と放映されてたが視聴者もおかしいと
見抜かないとだめだよな。

納豆だけどだいぶ前、混ぜれば混ぜるほどうま味が出るってのも
なんかのテレビで放映されてた。
普通は数回混ぜるだけでしょう、パックから空けて。10回くらいかな。
だけどそれを何百回も混ぜる。
すると甘さが出てきて美味しいんだそうだ。

その昔、美食家の魯山人が厨房の人に

「納豆は400回混ぜてください」

と言っていたそうだ。

「400回より少なくてはダメです。
 400回でお願いします」

ちょっと400回ってそう簡単にできるもんじゃあないですよねえ。

そのテレビでは400回混ぜたものとそれ以下のものとで
アミノ酸の増加量について調べた。
すると不思議なことに400回を境に、アミノ酸の量が抜群に
増えるということであった。
300回じゃあだめ。350回でもだめで、400回に達すると
いきなり増えるんだって。

おいしいんだそうですよ。試してみてはいかがですか?
これはあるあるじゃあないですけど、このデータの信憑性もまた
疑問符はありますけどね。

2007年1月23日 (火)

将棋

いつの間にか会社の私のPCにAI将棋が入れられていた。
先だって長男が遊びに来た時に見せてあげたら面白がって
やりたいやりたいという。
そうだなじゃあ本物でやらせてあげよう、と、トイザラスに行った時
簡単な携帯用のを買ってあげた。

まず並べ方からはじまり、動かし方、成ること
取ったものもまた使えること等など、ルール一式を教えた。
不思議なもので、5才の長男、すぐに覚える。
たいしたものだ、大人だったら何日もかかるだろう。
並べ方などバシャッと脳裏に写したかのように覚えたし
動かし方も2日目にはもう間違うことすらなかった。

すごいなあ。若いっていいことだなあ。
とはいえ腕の方はまだまだ。
私がヘボ将棋の最たるものなのにその私にすらまだまだ及ばない。
そりゃあ無理でしょうねえ、5才に2手3手先まで読ませる
っていうのは。

ちなみにAI将棋相手だと私は最下段「接待」の設定にしないと
勝てない。次の「初級」にしちゃうと歯が立たないほどのヘボだ。
ええい笑いたきゃ笑え。
6段階に調整がきくんだけど、最上位だと社長(自称アマ二段)も
勝てない。次に強いやつでやっと勝てるかどうか、だ。

ということで最近少し将棋をやりつつある。
先を読むのは読めるが、どう動いたか忘れてしまうので
そこが難点だ。
だが強い人ほど、その点に強いみたい。一時天才と言われたなんとか
っていう棋士は、一度に(瞬時に)何枚もの棋譜を覚えることが
できたんだそうだ。
その人は例えば電線にとまっている鳥たち。そんなのも見た瞬間に何羽いるかが
分ったんだと。
普通の人は瞬時に分る数というのは7が限界らしい。
だから10羽いると、それは8羽なのか12羽なのか
瞬時には分んないっていうこと。だけどその人は30羽くらいまで
分ったんだそうだ。
最近でなら羽生さんとかも分りそうだな。そういうの。

羽生さんが数十人相手に一度に将棋を指すのを見たことがある。
円形にそれら対戦相手を座らせておいて、中に立った羽生さんがぐるぐると
歩いて指して回る。
一手にかける時間は相手は数分ある。けど羽生さんはまたたく間だ。
次の卓に移った瞬間には指す。で瞬時に次の卓に移動しまた指す。
これはそれら駒の状態を全て覚えておかなくてはできない。
まったく、すんごいことだ。

誰かにもらったのだろうか、「地獄は将棋指しに聞け」っていう
将棋に関する本があったけれど、パラパラめくってつまんなくて
読む気がしなかった。
将棋指すのが強いからって、それが社会一般ビジネスにも
通用するかっていうとそれはてんであてはまらないことだと私は思う。

仕事で悩みに悩んで将棋指しに

「これこれこういう状況ではどうすればよろしいでしょうか」

なんて相談したって、将棋に強いだけのヨボヨボ爺さんが
的確な解答を出してくれるわけはないでしょう。
 
 
 
10数年前だな、かみさんと知り合う前。
ある女の子と知り合ったのだが、車で送っていってびっくりした。
一人暮らしと聞いていたのに豪華絢爛なマンションに住んでいたからだ。
しかし後日聞いて頷けた。
借りているのは広めの3LDKらしいのだが、女友達2人と計3人で
住んでいるのだ、と。
不動産屋から、どうせならあと2人集めて立派なところに住むほうが
いいじゃあないですか、と先輩が勧められ、誘われて一緒に住んでるって
いうことだった。
家賃20万だとしても7万ずつで済むわけですもんね。
その方が得っちゃ得かもしれない。
しかし問題もある。
その子との何度目かの食事の時

「先輩の一人、もうすぐ出て行くのよねぇ」

とポツリ言われた。
寿退室するということだ。

ふうむ。ってーと1人出るから2人で住むことになるわけだな。
するってえと家賃負担がきつくなる。いやいやそういう問題
ではないようだ。

私は先を読んでしまいその子との付き合いを敬遠するように
なった。「私のこと早くもらってくれないの」と言われてるようで。

そんな先手読みっていうのはありかな。
っていうかそんな読みをしたから今のかみさんと知り合えたんだ。
いい読みができたってことにしておこう。

2007年1月 7日 (日)

聖徳太子はいたの?いなかったの?

明日から一泊で熱海へ行ってくる。
家族旅行だ。
年末スキー早帰りで長男かわいそうだったし
私もここんとこ働きづめ。9(火)がたまたま休めそうなんで
宿をとってしまった。

熱海は久しぶりだ。
バイク乗り回していた10数年前はほぼ毎週足を運んでいたが
今はどうなっているか。
膝擦りまくって攻めていた頼朝ラインなんて、どうなっているかなあ。
昔どおりだろうか。

頼朝で思い出したけど、聖徳太子って知ってますよね、お札にも
なったあの聖徳太子。
でも伝えられてる聖徳太子って、本当は実在しないの、知ってます?
架空、でっち上げの人なんですよね。ほんとはいない。
年始、テレビでやっててちょっとびっくりしました。

伝説では10人の話を同時に聞き分けていた、とか
十七条憲法を制定したとかが有名だけど、それらは全部嘘っぱちってこと。
みんな作り上げたもの。人物すら存在しないんじゃあないかっていう
文献もある。

具体的な例だと、歴史の授業例えば小学校の教科書なんかでは今、
「厩戸王」としてしか記されていず、「聖徳太子」っては
どこにも書いてないんだそうだ。これはテレビでも言ってたし、
小学6年の甥っ子も言っていた。
史実からすると伝説は伝説で、ありえないもの。そろそろ改めないとあかんじゃあないか
ってことから最近はもう「聖徳太子」とは教えないんだな。

いない(伝説が嘘)のが明らかなのは賢者有識者間では
当たり前のハナシ。だけどそのことを公にするのは

「まあ、いいか」

「まだ、いいよね」

程度に話し流されていて、やっと最近

「そろそろやべえだろう!」

「そうだな、いいかげんまずいよな!」

と教科書などから改めはじめたってこと。

聖徳太子で有名な顔は、1万円札(前の)に出てたやつだけど、
なんかへんな札をもってるでしょう、細長いの。
あれはいわゆる「カンペ」なんだって。
スピーチの時なんかでしゃべることをそこに書いといて
読み上げるっていうもの。
だけど史実では、あれが日本で使われるようになったのは、
聖徳太子つまり「厩戸王」が没後、ずっと後になってから、
何十年も経ってからのことなんだそうだ。
つまり聖徳太子の時代にはあれはなかったものなんですね。
要は後々になってでっち上げして作られた絵なわけ。

とまあここまで読むと真実味あるでしょう。
で、もう1つ説得力あるネタ。それは日本書紀なんだけど、
聖徳太子ってのは、この日本書紀で作り上げられた人だっていう
ことなんですね。
日本書紀ってのは、奈良時代あたりに作った、簡単に言うと日本の歴史書。
全30巻もの書で、偉い人が集まって作ったんだそうだ。

で、なんでそこで聖徳太子が作り上げられたんだっていうことに
なるんだけど、近隣他国では偉い人、
例えば三国志で伝えられる人とかいっぱいいるでしょう、
彼らに負けない人も、日本で伝説として残さなくちゃなんない、
じゃないと、ハクがないじゃん、負けちゃうじゃん、
だれもいないんじゃ情けないじゃん、対外的に示しがつかないじゃん、
じゃあ日本書紀で作り上げちゃおうよ、みんな!
ってなノリからどおんどおんエスカレートしてイメージアップしてっちゃった。
だから十七条憲法は聖徳太子が作ったなんて、まるっきりの嘘だというのが
実際のとこ。
つまり、「聖徳太子」は存在しない、ってこと。

どう?
びっくりした?

ちなみにテレビのプレゼンテーターは劇団一人が担当してました。
とっても説得力あって、前述のように甥っ子からも前に

「聖徳太子ってほんとはいないんだよね」

っていわれてたからその正月番組にはとっても驚かされたのであります。

その番組で
「宮本武蔵は卑怯者だった」
とか
「武田信玄は臆病だった」
なんてのも発表されてたけど、あれらはどうかねえ。

宮本武蔵と佐々木小次郎は年齢差が40くらいあって、
巌流島の時、小次郎は老いぼれ爺さん、実は70代後半だった
なんて説もあるらしい。
また巌流島では小次郎を実際に殺したのは武蔵の手下だったので(しかも大勢で)
怒った小次郎の弟子達が後に武蔵を追い回した。
辛くも逃げ沼田城代のところにかくまってもらった武蔵を

「卑怯者」

と放映していたわけ。
この件は、その沼田城代が「沼田家記」ってのを残したんだけど、
そこにずらずらとその時のことが書いてあるんだそうだ。
最近見つかった書だと。

ほんとかねえ。でもいたのは、ほんとでしょ?じゃ、聖徳太子よりはよさそうだね。

2006年12月25日 (月)

全消去

ショック!
デジカメをいじっていて、「全消去」をしてしまった!
お気に入りのCONTAX、SDカードがいっぱいになったので、
何枚か消してから撮ろうと思ったら、誤って全部消してしまったのだ。
ああ~

昨日はメルセデスも久々に掃除して、きれいなところを何枚か撮った。
ボンネットに映えた澄んだ青空が美しかった。

家族でトニーローマに行って腹いっぱいリブを食べて口の回り
ソースだらけにしてる子供達のかわいい写真。
あとから斜め前に来てバカスカ食べ始めた貴理子。
ツリーを前にやっとカメラを向いてくれた次男との家族写真。
み~んな消えちゃったのだ。
ああ~

でもいいや、また撮れば。

2006年12月23日 (土)

ファイヤー

昨日、たけちゃんから久しぶりに電話があった。
名古屋へ転勤になっている。

「東京に出るから今晩飲みませんか」

留守電にそう入っていたのだが、こちらは都合が悪い。
タカネ君に電話をした。しかし彼も都合が悪いそうだ。
じゃあまたにってことにするか。。。私はタカネ君に別件を伝えた。

「そうそう、やまちゃんが言ってたんだけど、吾郷ちゃんが
 東京で忘年会、『ファイヤー』でやりたいって」

ファイヤーとは、学生時代よく飲みに言った居酒屋
『火の国』のことだ。しかしタカネ君にうまく伝わらない。

「パン屋!?
 パン屋は無理っしょ!
 パン屋はねえ」

確かにファイヤー、パン屋に聞こえなくも、ない。
お互い携帯での会話。よく聞き取れないからか。

「だから、、、ファイヤーだって。ファイヤー。
 あそこでやりたいんだって」

まだ伝わらない。タカネ君

「うんうん!
 だからさあ、パン屋で飲むのは無理っしょ!
 パン屋は!
 ナニ言ってるんだかなあ。吾郷ちゃんも。
 困るよねえ」

「ファイヤーだってば」

分ってるのかなあ、タカネ君。
パン屋じゃあ飲めませんから。

2006年12月15日 (金)

Paris忘年会

今日は忘年会だ。
大学時代バイトしていた喫茶店「Paris」
のバイト仲間での集まりだ。
三茶ではじめて出席させてもらい、
渋谷(井の頭線横)、渋谷(初つぼみ)、渋谷(センター街奥)
とやってる。もう5年目なのだな。
ということは2002年末のから出させてもらってるということだ。
私が出るまではずっと渋谷でやっていたようで、
仕事が忙しかったから

「今年も行けないなあ」

と断り続けていた。

「三茶でやるからさ、
 今年は来てくれよ」

と頼まれ、02年から顔を出すようになった。
しかし行くなら行ったで盛り上がってしまうのが私の性分で、
以降毎年この集まりが楽しみになってる。
集まりといっても大したもんではなく、人数的には10名前後なんだけどね。

今年は白倉さんという行方不明者を私が捕まえ
出馬表明を得たのでみんなも楽しみにしていたのだが
一昨日電話が鳴った。

「だめだ。
 出張がどうしてもずらせない。
 行けなくなっちゃったよ」

「なんとか、来てくださいよ」

「ずらせねえんだよ。
 新年会企画してくれ。
 オレがカネ出す」

なんでもマカオにいかなくちゃあならないんだという。
怪しいな。。。
しかし白倉さん、とても楽しみにしていたようで、
いまだに同じ喫茶店で働くタケ坊のところに最近行って、
(なんとそれが20数年ぶり!)

「オレ、行くから、
 オメーも遅れないで来いよ!」

と釘をさして来ちゃったというからすごい。
その直後にマカオ行きが決まっちゃったっていうから
笑えるけど。
ま、白倉さん、残念ですわ。新年を楽しみにしましょう。

2006年12月11日 (月)

清都先生と年賀状

そろそろ年賀状の時期だなあ。
ああ面倒だ。
手間かかるのに見てもらうのは一瞬なんだよね、
しかも年始の数日しか見ないでしょう、次ぎ見る時は翌年の
年賀状作る時だけだよね。

今年はデジカメで撮ったのを活用してプリンターで作ってみるかなあ。
いままではプリント屋に出して作ってもらってたんだけど
筆ぐるめ使ったらなんか簡単にできちゃいそうだ、今年はトライして
みるかな。
 
 
 
清都先生、今頃どうしてるかなあ。
小学校3年の時の担任だ。
若くとてもきれいな女の先生。男子生徒のアイドルだった。
私ももちろん好きだった。

友達が女の子のスカートめくりをして遊んでいたのだが、
そこをたまたま通りかかった私、スカートめくりの共犯者として
一緒に誤認逮捕されてしまった。

清都先生は主犯格を含む我々4人を誰もいない教室に連れて入り座らせ
説教を始めた。

 「私は恥ずかしい!
  いい子になって欲しいと願っているのに
  こんな、スカートめくりをするなんて!」

叱りながらなんだか涙声になっているのに途中で気付いた。
おや?と思ったら。

「みなさん、目をつむりなさい!」

と言う。
私は薄目を開けてみると、先生は涙を拭いていた。
泣いているのだ。
一生懸命だったのだな、本当に心から親身になって我々のこと
考えてくれている先生なのだと子供心に感じた。

ある意味熱血漢。真剣になって子供と向き合う
清都先生のその姿勢はいまだに忘れることができない。

小学3年当時、そんな清都先生にももちろん、年賀状を出した。
好きな先生だ、飛びきりの一枚にしようと思った。

  でも、どういうのにしよう。。。

悩んだ末、そうだ、絵の具で絵を描こう。きれいな絵を。
夜の暗い中に、ポツンと雪だるまがいるのはどうだろうか。
黒いハットをかぶって、右手を上げている。
道の横にはレンガの塀と、木の電柱を2~3本。
夜空には白く光る星を描いて。。。

そんなことを考えながらか、実際、そういう印象の絵を描いた
覚えがある。

冬休みが終わり学校に行くと、清都先生は私の両肩を持って
正面から喜びの声を伝えてくれた。

  きれいな年賀状、ありがとう!
  とてもうれしかったわよ!

褒めてくれた私もとてもうれしかった。
描いたこと、褒めてもらったこと、たぶん一生忘れない。

今はプリンターの発達やメールでのやりとり、で終始するのだろう
ワンオフの年賀状なんて、ないでしょうね。
しかし一生忘れない、飛びきりのものってのも、一枚くらい
誰かに描いてみてもいいんではないかい。。。

清都先生は小4に上がるとき、寿退職してしまいました。ちゃんちゃん。

2006年11月25日 (土)

菱田

偶然会うということ、昨日書いたが
一番驚いたのは高速道路で友人に会ったことだ。
これは本当にびっくりした。
高校~大学時代の友人たっちゃんだ。

渋滞していたのでノロノロ走っていた。東北道だった。
私はお客のコンペに参加した帰路、一人で走っていた。
まだ車がマークⅡだったから1990年頃のことと思う。

友人たっちゃんは右斜め前を走るプリメーラの
左後部席に乗っていた。
彼は爪を噛むクセがあるのだが、その後部席の人も
やたらめったら爪を噛んでいた。
彼とはしばらく会ってなかったし、まさかなあと思って
横に並んだ時に見てみると、なんとたっちゃん
本人ではないか!
速度も出ていないしあんまり驚いたので窓を開け
手をぶるんぶるん振った。
彼も気付き窓を開け

「いやあ!ヘンなところで会うなあ!」

と交わした。
道も流れたのでその時は二言三言で分かれたが、
後日、飲み会で会った時言われた。

  あの時のだあきの言い方がよかったんだよ
  「いやあ探した探した!」ってさ。

まあ、そんな風にいったかもしれませんね。覚えてないけど。
でもどこで誰と会うかってほんと分りませんね。

スキー場で従兄弟とばったりってこともあると書いたが、
学生時代の友人と会ったこともある。
上越国際だったが、これもリフト待ちの時背中からいきなり

「だあき!」

と叫ばれた。
まだ社会人になって2~3年目のことだ。その時声をかけてきたのは
学生時代一緒のサークルで部長を務めていた者だ。
彼は彼で友人数名と来ていた。

名を菱田、という。学年は一緒だが浪人しているので歳は一つ上だ。
彼はすごい。
部長を務めていたのはまさに「選ばれし者」だった。
とにかく個性が強いのだが、リーダーシップを
とったら右に出るものが無い。
っていうか、自然と人がついてきちゃう、という感じ。
頭もよい。老獪だったな。狡猾というほどではないにしろ。

ハナシが面白いし、一緒にいて何か落ち着く。まるで相撲取りとでも
歩いているようだ。反し行動はいつも奇想天外、何しでかすか
分らない。といいつつ根がマジメ。だがモラルを尊ばない。
行動派。積極性に事欠かない。声は大きくウソがつけない。
じっさい私は今だかつて彼を超えるバイタリティーの持ち主に
出会ってない。

ま、いいところが多いが、会社のような組織では別。
上に使われるということを嫌うんだな。というか、誰も彼なんか
使い切れないんだろう、
社会人になってもすぐ職を2~3転々とし、しばらくして
代理店を興したようだ。来た年賀状に

「走ってるか?
 俺は止まらん」

と書いてあった。

一昨年、サークル時代の飲み会があった。
私は行けなかったが、菱田からは仕事がヤマに来ている、
遅れてでないと参加できない

「うまくいくか否かで1億稼げるかどうか、
 今日が瀬戸際なのだ!」

と連絡があったそうだ。

またぁ~菱田のことだ、何倍にも膨らませて言ってんだよ。
と飲み会、宴たけなわのころ、菱田登場。
扉が威勢よくバーン!
と開いた。紅潮した顔でにやけ、立っている菱田、
Vサインで声太に

「2億!!」

と叫んだそうだ。

おもしれえ。
2億のハナシはホントかどうかは分らない。
っていうかウソでしょう。
いいのだ。盛り上がれば。そういう男だ、菱田は。
でも自分の話題になっていることによく気がついたものだな。
マジ、面白い男であります。 
偶然のハナシとだいぶそれたね(笑)。

2006年11月16日 (木)

ラジオで笑えた

シャーペンを押しても芯が出てこない。
666回押してやっと出てきた「怖いもの」
を考えよー。
って企画。

こたえ

5ミリのスケキヨ。

   
  

  
明日はサーキット ^^
朝5時出発だ。
寝れるかな。
事故ってスケキヨにならないよう気をつけよう。

2006年11月 7日 (火)

少子化と少車化

車で通勤の時、近所で通れなくなる道がある。
最近知った。その道(一通)の入口に標識が立っていたのだ。
平日の7~9時は歩行者専用道路のよう。小さいからわかんなかった。

なんで通行禁止なんだろう。
理由がわかんないなあ。

そこは私の勤務先の目鼻のところなんだけど、その道を通らないと
私は勤務先に行けない。
誰が決めたのか知らんが、困ったことをするものだ。
その道を通らないで行く方法もあるのだが、その道は私道なんだな。
入口に大きな看板が貼られてる。

「私道です。車両の通行は遠慮してください」と。

はて、私はどの道を使えばいいのだろうか。
冒頭の道、通行止めになった理由は、学童が通学路に使うことを
懸念してのことだろうが、そんなこといったら、どの道も
皆通行止めにして然るべきだろう。ましてやその道、私の出社時に
学童なんて見たためしがない。

昨日は勤務地近くの中学校のセンセと話したが、
一年は今、一クラスしか無いのだという。しかも
たったの14人!しかいないんだと。

「二年生は二クラスあるんですけどねえ」

と苦い顔。
少子化が進んでいるというのもなんとも寂しいものでありますな。
 
今日は長男が遠足ということで付き合って早起きしたので
いつもより1時間も早く出社。
車で来たが渋滞は変わらず。。。
いつも50~60分のところ、同じ時間がかかった。
交通渋滞は慢性的なものなのだな。
少子化ならぬ車の「少車化」をもっと推進してもらいたいものだ。
って車で通勤の私が言っても効力無いね(笑)。

2006年11月 2日 (木)

狂人のDNA

昨日は狂人に後に付かれた。車でだ。冷や汗をかいた。
場所は明治通り原宿付近。
渋滞してたのだが、前がちょっとでも進むと
後のその車の狂人、ビーーーーッとホーンを鳴らすのだ。
早く前に進め、ということらしい。

はじめは意図が分らなかった。
渋滞してた、小さい交差点で、前に進むと歩道にかかってしまうので
私は進まなかった。
すると後のその車、
ビーーーーーーーーーーッ
とホーンを鳴らしたのだ。
私の車は家族で乗っていたが、後部席の妻が、

「うち?」

と聞いてきた。
しかし鳴らされる筋合いはない。
先は混んでるから、進んで信号が赤になってしまった時
歩行者に迷惑がかかるし、交差する道路の通行車にも支障が出る。
ところがその後も渋滞が続いていたのだが、
ちょっとでも前の車が進む度、後のその車は
ビーーーーッとホーンを鳴らす、ということが続いた。

早く行け、と言う意味なのだな。

そんな鳴らされなくても、進みますよ。

また前がちょっと進む。
狂人、ビーーーーッと鳴らす。

あのねえ・・・。

ルームミラー越しに後を見た。
ワゴン車だ。私の車にぴったり、くっつきそうなくらいに付いている。
エンジンをブオンブオンふかしている。
運転手、30がらみ、ひでえツラ。だが、目が異様に
ギラついている。
ガムを噛んでいるらしい、一秒に2度の頻度で噛む、すんごく速い。
しかも口は大きく開き、卓球のボールでも入りそうなくらい
の開度から一気に閉じる、を繰り返している。
なんだろう。気が急いているだけではこんなことしないだろう、
精神異常者だな。
怖くなってきた(笑)。

「どうやらうちに鳴らしているようだね」

妻にそういい、楯突くことなく平常でいるようにした。
表参道との交差点に来る直前にその狂人は私の車を
左から抜いていった。少しほっとした。
野田ナンバーのNOAだった。
しばらく同じ通りを前の方で走っていたが、
その運転たるや、ひっどいものだった。前の車をあおるあおる、
ちょっとでも車間距離を開けられると、左や右から大きく揺さぶっていた。

なんじゃ?ありゃあ。
免許を取り上げるどころじゃあない、人として生きる権利すら
剥奪してやりたくなる。動物以下だオメーは。昆虫並みの生活をしろ。
 
 
 
 
 
先だっても、子供への虐待から餓死させてしまったという
ニュースが出ていた。
かわいそうな、なんて酷いことだ。こういう狂人のような者が
親になるとそういう事件をおこすのだろうな、痛感した。

報道では、食事は3~4日に一度くらいしか
与えていなかったというように書かれていた。冗談じゃあない
それは貧困からくるものなのだろうかそれとも
単なる虐待?そうすることが楽しいのだろうか。

ウチなど逆に食え食えと無理矢理口に押し込んでしまうようなことも
ままある(笑)くらいだ。子供は食う寝る遊ぶが仕事の三本柱と決まっているのだ。
食事も与えられない他界したその子は飢餓の中でいったい何を思って
いただろうか。
唯一の頼れるはずの人、それが親、その親に無慈悲に扱われてる。
(今回の事件は男親の連れ子だったか)
 
本当の原因はどこにあるか。
上記のように貧困からなのか。
であれば、なぜ貧困なのだろう。働く気が起きないのかな?
なぜ働く気が起きないのか。
安い賃金でも地道に働く、ということがどうしてできないのだろう。

少し前、K1のオランダ大会がTV放映されていたが、
その観客席に少々驚いた。
1階がテーブル席なのだ。丸テーブルで、4人がけくらいになっていて
ゆうゆうと座ってワインか何かを飲みながら観戦している。
トップオブアリーナである。
2階以上は全てギュウギュウでいわゆる普通の観客席だった。

ここまで差別化を図っている。オランダはすごいな。
日本も貧富の差が顕著化してきたかもしれないが
まだここまではいかないだろう。

OLが働けど働けどお金がぜんぜん貯まらない、
貯まらないどころか、パツンパツンだ。毎日晩くまで
まじめに仕事をしているのに、という特番もやってたことがある。
都内で勤務されていて、家賃4万円少々のボロアパートに住んでいた。
20代後半だが一生懸命働いていたのに態のいいリストラにあい、
これはまずいといくつかの資格試験にトライして、
相応の会社に再就職するも、お給料は上がらず、自分の行く末を
悲観しているということだった。

「私、何か悪いことをしたんでしょうか・・・」

とカメラに投げかけた言葉が印象に残っている。
もちろん彼女は悪いことなどしていない。

貧富の差はどんどん進んでいくと思う。
それが資本主義というものだ。
しかしそれがゆくゆくはDNAを変え、進化論に進んで行くことなのだ。
狂人の車や虐待の親がいい例だ。あんたら、末裔はミジンコだ。
きっとそうだよ。そうさ、たぶんそうだよ
そうなってゆくんだ何万年って経ってね。

2006年10月27日 (金)

自由だ

エン神でやってた。

ばったり会った学生時代の同級生に
「この間の同窓会、なんで来なかったの?」
と聞かれて
「忙しくて行けなかった」
というか
「案内、俺のところに来ていなかった」
というかは
“自由だ~!”
と、ね。(写真はエン神から)

12  

  

どうでもいいってこと、どっちを応えようがさしてだれにも
影響しないということだよな。
「自由だ」の中にはそういった許容の意味が含まれている。 

 

報道の中には私達にとってどうでもいいことなのに誇大視されていること
とても多い。
ちょっと前だと冥王星が惑星の仲間から外されたということ。
これは別にニュースにならなくてもいいのに、一時期はどのチャンネルあわせても
そのネタを報じていた。
それこそ「自由だ」。どっちでもいいんだ、んなこたあ。
 
 
君が代を公立校が強制的に歌わすようにしていること。
これも自由。自由というのは歌うか歌わないかということじゃあなくて、
別に学校に強制なんてしなくてもいいんじゃあないの?
っていうより、センセの意固地な主張がまかり通っちゃったって方が
嫌だよね。原告は「画期的な判決となった」なんて
喜んでたけど、アホか。君が代くらい歌いなさい、
生徒は「誰を何を信じればいいの」って不安になっちゃうでしょう。
そんなこと分ってないセンコーが先生やってるってのが
まずおかしいなあ。

  
高速道路。第三レーンは何キロで走ろうが
「自由だ~!」
ってならないかなあ。な~んてね、冗談冗談、これはやめた方がいい。
事故が急増しますよ。
でも第二東名は最高速120~140くらいに設定してるらしいね。
是非140でいってほしいなあ。国交省はイケイケみたいなんだけど
(140の設計で血税はたいて作ったから)、警察から
ストップがかかってるみたいですね。ウィキ情報だけど。

 
ここんとこのニュースだと、世界史受けてないからって
卒業できない、なんて、可哀想すぎるよね。
それこそ「自由だぁ~っ!」って叫びたいだろうね。
昨夜ラジオでは「(実数は)600校を越すだろう」って報じてた。
ちなみに今表明しているのは300に満たないけど。
そうすると全国で5千校くらいしかないから1割以上ってこと。。。?
いいじゃん。カセット(CD?MD?)渡して、
聴くこと!ってすれば。杓子定規みたいに授業70時間も受けなおす
なんて酷すぎますね。じゃあ去年卒した人は卒業剥奪するのかねえ。

 

2006年10月23日 (月)

チュニジアのビール

勤務地の近くに小さなバーが開店したようだ。
勤務先に挨拶に来た。

「すぐそこにバーを開きました。
 ヨロシク、です」

異国の人らしい。

「チュニジアのビールを出します ^^」

ほほお。チュニジアの、ね。

「これ、よかったら
 飲んでください」

Img10191719087

   

     

缶ビールを2本置いていってくれた。が、
なんだかアヤシイ。
美味いかどうかっつーよりも、
あやしい、ってカンジが先行している缶ビール。
外装も、パッとしないよね地味だし。
ビールってんじゃなくてなんだろ、
ミルクコーヒーとかかな、が入ってそう。

店の方は何度か前を通ったが客の入ってるのを見たことがない。
だいじょぶだろうか。

昨夜、そのビールを飲んでみた。
冷蔵庫で適温に冷やしておいた。

美味かった!
チュニジアのビール、ね。

Tunisia_map_1

 

2006年10月11日 (水)

いじめられた記憶

しゃくりあげるほど泣く、ということ、ここんとこない。
直近だといつだろうか、母が他界した時だろうか
だとすると97年のことだ。
いやいや、悲しいは悲しかったが、しゃくりあげるほどでは
なかったろう。
とするともっと前のことだ、記憶をずっとたどらないと。
小さい頃、小学校低学年の時だ、よくいじめられたじぶん。
ほぼ毎日、学校でしゃくり上げて泣いていた。

私は茶髪で眼球も少し茶が入っているためか、
小学1、2年のその頃は外人のようだった。
今なら「かわいい」の一言で済むのだろうが
昭和40年はじめの当時でそんなこと言ってくれる人は
いなかった。みんな「ガイジン!ガイジン!」
と言ってばかにし、いじめるのだった。

通ったのは公立だが、違う学区域からの越境だったせいもあり、
入学したばかりの時は頼れる友達もいず、
いじめられ通しで泣かない日は無かったと言っても過言ではない。
それくらい私はナイーブでデリケートで小心で純真だった。のだが、
反し、負けず嫌いで向う見ずな性格が、
罵詈罵倒され甘んじているだけのことをゆるさず、
ばかにされるとすぐに向かって行って
結果、皆にボコボコとケトばされてしまうという悲しい日々が
続いていたのであった。

その頃の反動だろうかトラウマなのだろうか、だから
おかしい、理に適わないことを言う人がいると、
私の正義心がそれらを許すことができない。

「ぜったい、みかえしてやる、
 いつか、いじめ返してやる!」

小さい頃そう誓ってでもいたのだろうかしかし
臥薪嘗胆のその思いも日々追うごとに
互いに気を許し仲が良くなり遊び合う友になると、
いつしか無効のものになってしまっていた。

従兄弟に弁護士がいる。
2つ上だが幼少の頃から仲が良く、とにかくよく一緒に遊んでいた。
夏休みや冬休みだとお互いの家に泊まりに行き、
飽きもせず1~2週間の間昼夜を問わずずっと一緒にいた。

彼の住んでいたところは同じ都内ではあるが私の家とはだいぶ離れていた。
学校はグレている面々がだいぶ多かったようだ。
校内では彼もいじめにあっていたのだろうか。
ある夏休みのこと、不良たちに襲われた時があった。
私が小学高学年、彼が中学の頃だと思う、
彼の家に私は泊まりに行っていて、ゲーセンに
一緒に繰出した時だった。
なんだかワルそうなのがいっぱいいて、少し不安だった。
案の定、そのうちの一人に従兄弟が胸ぐらを掴まれた。

「おい、この!
 たかぴー!
 なんでオメーがここに来てんだ!」

かなりの大声でそう叫ばれた。
いかにも、ここはお前の来る場所じゃあない、
目障りだ来るな帰れ!
と言っているものだった。
しかし従兄弟は全く怯むことがなかった。静かに応えた。

「ここに、なんで来ちゃあいけねえんだよ」

相手等に囲まれたが何度かの問答の後、従兄弟は解放された。

「だいじょうぶ? 
 帰ろうよ」

私は怖くてそう言ったが従兄弟は

「なんで帰らなくちゃいけない?
 ここで遊ぼう」

と、その場に留まろうと主張した。
彼からは表情や挙動、しぐさの一つ一つをとっても、
動揺しているそぶりが微塵も感じられなかった。

「いじめ慣れしているのだろうか。
 それとも、
 よほど、でかい人なのだろうか」

それとも両方だろうか。。。
よくよく遊んでいたとはいえ、互いの学校内でのことや
成績のことまでは分らない。だから私も小さいながら

「この人は大きくなったらきっと偉くなるんだろうな」

と、その従兄弟の横顔をじっと見ながら思っていたのだった。

大学を卒業し何度かの受験の後、見事に従兄弟は
難関の司法試験にパスすることができた。
苦労も多かったろう、その時の思いに幼少期
いじめられ続けた臥薪嘗胆の思いというものも
見え隠れしていたのだろうか。そんなことはないかな。
あの時あのゲーセンでの思い出のこと
こんど会った時に聞いてみることにしよう。

とはいえこの従兄弟、メッチャ面白く、一緒に遊んでいても楽しかったし
懐がでかいというか、奇想天外なことをしたりする。

彼の友人から聞いた話だ。
学生時代、友人らと温泉旅行に行った時のことだったらしい。
湯につかった後、悪友たちは

「おい、たかぴーの服、もって帰っちゃおうぜ!」

と脱衣場から従兄弟の浴衣、下着類の一切を
先に部屋に持って帰ってしまった。
湯から部屋までは遠い。

「あいつ、どーしてるだろうな!」

「パンツすらないんだから、
 さぞかし困ってるだろうな!」

友人らはウッシッシと部屋でそう盛り上がっていたところ、従兄弟が
バーン!と扉を開け、威勢よく帰ってきたそうだ。
フルチンで前も隠さず!
そして一言

「いい湯だった!」。

皆が驚いたのはフルチンで帰って来たことはもとより、
服の一切を持ち去られたことについて
何も問わなかったことだそうだ。

「服? 
 そうそう、無かった。だから裸で帰ってきたのさ」。

おもしろい話はいろいろ聞いた。が、残念なことに
シモネタが多い。

司法試験に受かった後の長い泊り込み研修の時のある夜、
打ち上げの宴会があったそうだ。
もちろん酒も振舞われる。缶詰だったし久々の酒だ
美味くないはずがない、が真面目な面々しかいない
しかも皆浮世離れしている。どこか冷めた宴会になってしまうのは
否めない。とはいえ酔いも回りに回った頃、
舞台にさっそうと現れる人物が一人。
全裸だ。
従兄弟だった。
しかし全裸とはいえ、下半身の息子のその場所にだけ、
なぜかアヒルのぬいぐるみがささっていたとのことだった。
宴会は爆笑の渦と化したそうだ。
本人はあまり覚えていないというが、その実、どうなのだろうか。。。
人一倍責任感の強い従兄弟。盛り上げようという気の責任感も
人一倍だったのだな。

でもこんなこと書いちゃって、よかったのでしょうか。
私のこと訴えないでくださいね(笑)。

2006年10月 3日 (火)

アンテナとTBSとカメダ

ウチのテレビだが10チャン以外ほとんど映らなかったのでアンテナを
修理したら、よくなった、と以前書いた。
だいぶ改善はされたが、今でも酷い。
顕著に悪いのは4、6、8チャンで、特に6が酷い。
ゴーストだらけ。マジシャンなんかがトランプ2~3枚並べると
ズラズラズラ~っと7~8枚並べられたように映ってしまう。
直してもらったのかホントにってカンジだ。
だからクレームをつけた。
すると

「ですがあ、直したときぃ、
 6のゴーストはしょうがないって、言いましたよねぇ」

と言い返された。
だけどこの映り、あまりに酷いではないか。
どっかでケーブルが抜けたのではないか。
これは修理直後より明らかに悪くなってるだろう。
それと、アンテナの高さが、昔ついてたものよりだいぶ低くなっているのだ。
それももちろん聞いた。

「でもぉ~
 高さはぁ~、
 あんましぃ~
 (映りは)変わんないですよ」

そんなことはない、ちょっとでも高いほうがいいだろう。
だからみんな苦労して高いところに立ててるのだ。
違う切り口で聞いてみた。

「以前のアンテナより、機能的にだいぶ劣ってるのを
 付けたなんてこと、ないですか?」

「う~ん・・・。
 あ。
 そーそー。そーいえば、
 前のはゴースト対策機能が付いてたです。
 そうそう、付いてた付いてた」

「え?
 で、今付けてもらってるのは、
 ゴースト対策機能、無いんですか?
 どうして外しちゃったんですか。
 そりゃあおかしいじゃあないですか」

アンテナ屋さん、無言になってしまった。
こっちはシロートだ。
機能が分らないもの、勝手に外してもらっちゃあ困る。
んで映りが悪いのをその地域特有のせいにされちゃあ
またさらに困りまさあな。

で、ゴースト付きに付け替えてさらに高さをもっともっと高く
してもらうようにお願いいたしました。
これでTBSの映りもよくなるだろう。

TBSといえば亀田興キだが10月の防衛戦が延期になったようだ
今朝のスポーツ紙に出ていた。
前戦もだがなんだかすごい騒ぎだったが後々TBSのワナだと知って
なんだか見る気も失せていた。

ただの試合だったらいいが、チャンピオン戦ともなると
勝者は「国の顔」になってしまう。
行動言動だけでなく、物理的な「顔」も実質的に
日本国を象徴するものになるのだな。
私は亀田が日本の顔になってしまうのは少々恥ずかしい。
というよりやめて欲しい。
ただでさえバカにされている日本、これ以上バカにされるような
形振りはしないで欲しいと思うのだ。
さらになんだあの前戦は、思いっきり負けていた試合じゃあないか
ランダエタのホームディシジョンであったら間違いなく負けていた。
せっかく延期になったんだから次回は第三国でやってみて欲しい
と思うのは私だけではないんじゃないかな。

話は違うが先日のK1は面白かった。ラスト(メインイベントだな)の
ホンマン、ジェロムレバンナ戦だ。
強さではホンマンだったが、テクニックでレバンナが上をいっていた。
勝者もレバンナだった。
戦前のインタビューではホンマンを
「あの水槽野郎!」
と称し
K1のレベルの高さを思い知らせてやると言っていたが
実際は3Rドローで延長の4R目で判定で辛くも勝てたと
いったところ。
思うにレバンナは強すぎる。退かないのだ。
だからディフェンスも甘め。したとしてもそのディフェンスが強すぎるから
結果、身体のどこかが故障してしまうという事象が出る。
アーネストホースト戦の時(3~4年前)、
ホーストのハイキックをガードした左腕がへし折れるという
こともあった。また、レバンナの鼻が曲がっているのも
折れた骨のせいだろう、退くことを知らないからだ。

しかしこのホンマン戦ではだいぶ大人になっていた。
角が取れまるくなっていることが表情の一つとっても分ったし、
ラウンド直後、抱き合う二人には相手を讃え合う熱いものが
見て取れた。レバンナの首を絞めておちゃらけるホンマン
にも、スポーツマンシップの清涼性を感じさせた。

戦うことは、相手が憎いからではない。「勝つため」なのだから。
対しなんだあのカメダは。冗談じゃあない。
ボクシングは、ショー的要素の強いK1と比べてもらっちゃあ
困るだろうが、重複するがあんな判定出してるようでは
行く末が見えてくる。相手をののしってばかりのカメダもハナシにならない。

2006年9月15日 (金)

隣地との塀

豊島区の方で土地(更地)を購入し、建物を建てている時のこと。
今年の初頭だったか、隣の方が、
境界に塀があったのだがいつの間にか無くなっている、
建物を新築するのなら、塀もお作りになられるんでしょう
と建設現場に聞いてきた。
設計上、予定はしていませんがと現場監督が応えるとそれはおかしい
とおっしゃった。

「前のお宅があった時は、うちとの境界に塀があったんです。
 で、更地になって、この建物の工事が始まりました。が、
 更地になったかどうかくらいの時に、塀が
 無くなっていることに気付きました。
 塀はどうかもどして頂きたい。
 あの塀は、前のお宅と折半で建てたものだったのです」

立て板に水でそう説明されると現場監督だけではハナシが
まとまらない。設計会社からどうしましょうかと
施主である当方へ相談があった。

隣地の方はいきなり所有物である塀を撤去されてしまったわけだ。
何一つ悪いことしていないのに。

しょうがない、塀くらい、では当方負担で作りましょうかと
父(社長)に相談するとそうはいかない

「前所有者と相談するよう、不動産会社へ
 折衝しなさい」

とのこと。
それもそうだ、当方も善意無過失である。更地で買った土地、
下見の時点で既に塀は無かった。いきなり塀再設置の義務は無いだろう。

しかしここからが難儀だった。不動産会社へ相談しても
埒が明かないのだ。
まずは前所有者と相談してみます、と返してきたが、
3~4日経っても返事が無く、こちらから連絡すると

「前所有者は、塀は取っ払ってません、と言ってます」。

取っ払ってないと言っても、今無いものは無い。

「では更地にした業者が誤って撤去したんでしょう、
 その業者を追うことはできますか」

「調べてみましょう」。

また待つこと3~4日、連絡が無いのでこちらから連絡すると

「業者が壊したようですが、業者は壊していいものだと
 思っていたようです」

書くとこうだが、不動産屋もきっちり言わない、
曖昧に話すので私はそう理解した。

「そうですか、ですと、前所有者がきちんと指示をしていなかった
 わけですね。いずれにせよ塀は建てなくてはなりませんので、
 費用の幾ばくかはご負担をお願いすることになると、
 お伝えください」

こちらからそうズパッと話した。

しかしはて、どうしようかと思った。
善意無過失である点では、隣地の方、当方ともに一緒だ。
過失は前所有者にある。
ヤクザな言い方をすれば、建て直しの費用は前所有者にて
全額を負担してもらうべきなのだろう。
だがそれで本当にいいのだろうか。過失はあったとして、
全額を負担せねばならないのはあまりに無慈悲ではないか。

建築屋から連絡があり、4~5日の間に判断(塀再設置するか否か)
してくれないと、工事費が倍くらい変わるという。
そりゃそうだ、エントランスの部分の工事スケジュールに関わってくる。
いそがにゃあいかんと、とりあえず隣地の方、当方、工事会社、
設計会社及び土地の前所有者の5者で現地に集まって方針をまとめることにした。

しかし当日、現地に土地の前所有者は来られなかった。
代わりに不動産屋が来た。
建てなくてはならないことは決まっているので、
どういう塀をいついつまでに作るかということを
隣地の方へ説明するのが主旨の打ち合わせとなった。
結果、設計会社の案の塀を作ることで良いことになった。

塀新設の見積もりは約20万円だった。
問題は費用の負担をどうするかということだ。
私は隣地の方に費用を負担頂くことは避けなければならないと
思った。

「さて、塀の費用ですが、撤去した過失は
 土地の前所有者にありますよね。
 新設の費用は基本的には現在の建築主の当方が負担しますが、
 一部、つまり二分の一から三分の一の費用は
 前所有者にご負担頂きたい旨、ご説明をお願いいたします」

と、その打ち合せの時、皆の前で不動産屋に私はそう依頼した。
不動産屋は了解した。

話しはそれでケリがついた。

しかし実際は前所有者にうまく説明できなかった不動産屋が
当方からの要請額(7万円)を補填し、納まることになった。
当方は残額約13万円を負担した。
私はこの解決で良いと思ったが、相談した有識者によると、
そんなことやってちゃあだめだ、と言う。

そもそもたかぴー側は土地購入前、更地の時に既に塀が無かった
わけだから、隣人が「塀が無い」と、何も知らないたかぴー側へ
問題を提起してくることがまずおかしい。

「そうですか、無いのですか、でしたら前所有者と
 連絡をとりあってください。そして相談されるといいでしょう」

と隣人へ返すのが正解だという。それ以上、何もすることは無い、
逆に何もしてはいけないのだ、と。

「でもそれじゃあ隣りの人、かわいそうでしょう、
 建物が建つから、
 『ああ、建つのだな、これで塀もできるのだな』
 と思っていたら、いいや、塀はつくりませんよ
 と言われたわけですから」

と反論すると

「じゃあいい。
 百歩譲って塀はたかぴー負担で作ったとして、
 持分はどうする。
 新しい塀はたかぴーのですよ、持分は100%たかぴーのですよ、と
 きっちり覚書を交わすことができるか?
 できないだろう、じゃあ、
 やっぱり前所有者と直接話させないとだめだ」

第三者つまり有識者の回答は聞き方によっては無責任ともとれる。
お隣さんはたかぴーにとってこれからずっとお隣さんだ。
揉め事も起こしたくないもちろん前提に仲良くやっていきたい
というのがある。

私は有識者にこう話した。

「しかし新しい塀を作ったとしたら、得をするのは誰でしょうか。
 たかぴーなんですよ。
 たかぴーが得をする。
 新しくきれいな塀ができるわけですからね。
 だから、得をしたたかぴーと、
 過失のあった前所有者が負担をする、というのが
 私は一番の解決方法なのだと思います」

本当はどうしたらいいのかは、分らない。だけど
「隣人となる方との仲は壊したくない」
まずそこが大前提にあった。
 
 
 
新総理は安倍シンゾーさんになるんでしょうが、また靖国には行きそうですね。 
隣国とのいざこざの報道を耳にする度
国交ってのは難しいんだなあとつくづく思うが、
とにかく隣国にはまず誠意をもってお付き合いすることだ。
そんなことも分らない人には首相になって欲しくないな。

今日はこれからコニーの足に入れ替えたメルセデスを引き取りに
行くんです。
楽しみです ^^

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2006年9月 8日 (金)

月の土地?

以前書いたが谷中修悟って人、月と火星に1エーカーずつ土地を所有
と紹介文にあって、

http://www.tfm.co.jp/personality/personality.php?id=37

疑心暗鬼だったけど、ネットでガンガン売られてるんですね。

http://tokyo.cool.ne.jp/brand1/luna.htm

ナニ?これ。

「ネタ」狙いかね。

私?1円だって買いませんよ。んなの。
こんなのの権利証って発行して、詐欺罪にあたらんのだろうか。

商売するほうもするほうだが、買うほうも買うほうだな。

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2006年9月 7日 (木)

携帯とマナー

知人家がプジョーの1007を購入したようだ。
おめでとうございます。
とてもかわいい車だ。私もとても好きです。
コルトを売っぱらって乗り換えたいくらいだ。
 
 
 
今日もコルトで都内を走り回ったが、最近は
車の運転マナーの悪い人、とかくよくみる。特に携帯で話しながらの
運転、顕著に多く見る。なんかヘンな走りしてるなと
思うと、大体は携帯で話してる。

まあ、事故につながらなければいいのだろうけれど、
危険回避力とか、たぶんびっくりするくらい落ちるだろうに
あの運転じゃあ。

ついこの間は、246の下り車線、山手通り交差点のアンダーパス、
ひっでーセルシオがいた。
ガラガラの追い越し車線ブレーキ踏みながら40キロで走ってる。アホかと思ったら
やっぱ携帯で話してた。
ダンプに追突されろバカと思った。

携帯は、こちらがどういう状況下にあるかということが
往々にして相手は分っていない。
賢者はすかさず「運転中です」
と言うだろうが(と言っても携帯で受ける時点で違反だが)
なかなかそう言わない人が多いのだろう。
いわゆる「ノーと言えない」日本人なのだな。

私は違反だとは分っていても、とりあえず電話はとる。んで
「運転中だから折り返す」
と伝えて、要点だけふんふんと聞いておく。
この時、受話器は耳に当てない。
スピーカー機能があるから足の上(腿の部分ね)のところに携帯をおき
聞くだけ聞くのだ。それで充分相手の声はこちらに届くからだ。

どうしてそれくらいの簡単なことができないのだろうか。

電車は電車で、一度乗れば一度は携帯の通話者を見る。
先般も世田谷線(乗る時払いのチンチン電車)で見たのは、
携帯で話しながら乗ろうとした人がいたことだ。
車掌に手で制されていたが。乗るな、と。当たり前だアホ。

私にはできないなあ、電車で携帯。マナーに反するとかいうことにも増して、
恥ずかしくって、できない。まだお下劣週刊誌のH袋綴じをビリビリと
破いて見るほうがマシだな(笑)。

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2006年8月30日 (水)

傀儡

「かいらい」と読む。
朝はラジオを聴いたりするが、TOKYO FMの七尾藍佳さんの
パーソナリティーにいつも感心してしまう。
まず声がいいし、内容もウイットに富んでいる。英語の発音もネイティブ。
また博学な言葉達のなかから、普段私など決して使わないような
フレーズが飛び出してきたりする。
んで今日は七尾さんから、ある人の話でいきなり「かいらい」という言葉が出た。
まず使わないし、知らない人の方が多いでしょう。

 傀儡:いわゆる操り人形のことですね。

と思ってTOKYO FMのHP見たら彼女、
東大卒だったんですね。はー、優秀優秀。

よく聴くその番組で七尾さんとペアで進行を務めているのが
谷中修悟って人。だがこいつはてんでハナシにならない。
あんまりしゃべんないしピンと来ることも
ぜんぜん言わない。ラジオなのに、だ。まあ七尾さんが
テキパキしすぎるから補助的な役割なのだな、誰でもよかった
んでしょうもう一人は。
と思って同じくHP見たらこの人、「月と火星に1エーカーずつ
土地を所有」と紹介文にある。

http://www.tfm.co.jp/personality/personality.php?id=37

所有、だと?誰の許可あって所有してるんだろう。
宇宙のものだろー、んじゃあ、誰から権利移譲したんだろうか。

ラジオの「声」ってナニゲに大事で、
特に声色、トーンもすんごく大切、当たり前だけど。
中山秀正も「愛してJAPAN」なんていう題で同じFMで
番組もってるがこれまたサイコーにハナシになってない。
まず声がリスナーに伝わらない、何言ってるかわからないのだ。
トーンが低いまま、地声のまましゃべってるから、ぜーんぜんわかんない。
まともに聴こうと思うとボリュームを4~5段階上げないとなんないし
トーンも同時に上げないとだめですな。
ま、詳しく聴いても内容が全く無いんでカモフラージュしてるって
気がしないでもない。
自分、収録聴いたことあるんですかね。んじゃなきゃ早く降りた方がいいです。

先般驚いたのが俳優中村雅俊さんの声で、NHKのドキュメンタリー系の
ナレーションをされていたのだけれど、すんごくよかった。
昔のイメージ(俺達の旅など)からすると全然想像できない
ものだった。
話し方がうまいし、トーンもだいぶ上げて話されてた。
聴き易かったし、「ナレーターとしてもやって行くんだ俺は!」
という頑張りが見えた。うんうん、よかったよかった。

と、書きたいこといっぱいあったのに今日はこんな声の話で、、、
終わりかよ。

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2006年8月25日 (金)

最近映画観てないなあ

観たいと思ってるのがいくつかあるがどれもビデオになっちゃってる。

一つはエイリアンvsプレデター(笑)。
つまんない、これパロディ?、イマニだ等など、
世間評は悪いものばかりだ、が、私は観たいんだなあ~

つい先日だがランチをとっていたら隣に座った3人組の一人が
昨日DVDでエイリアンvsプレデターを観た、と話し出した。
ナニナニー!と聞き耳を立てたが、周りがうるさくて
先が聞けなかった。

なんといっても私の中でこの二人は世界最強の存在だ。
どっちかといえばエイリアンの方が強いだろう、
体液がすごい(鉄も溶かす)し、ばか力はプレデターは
足元に及ばないんじゃあないかと思う。
だがプレデターには知性がある。
作戦を練ることができそうだ。
そう考えるとアントニオ猪木vsアンドレザジャイアントの
戦いみたいに思えてくるな。
いいや、楽しみはとっておこう、こんど一人でこっそり観るんだ。

もう一つは有頂天ホテルだ。
もうDVD出てるんでしょ?これは早く観たいなあ。三谷幸喜さん
イケてますもんね。市川崑監督のファンらしいんだけど、
今また犬神家の一族を、撮り直しているでしょう、
あそこの撮影現場におじゃまさせてもらったらしいんですよ三谷さん。
そしたら出演を依頼されちゃったらしい。
それがなんと、金田一氏が泊まる宿の主人役。
前作は横溝正史本人が演じていたから、結構いい役ですよね(笑)。

市川崑監督も、私結構好きで、特にあの犬神家は
映像、描写がとてもきれいでしたよね。
シーン一つ一つにもこだわりが感じられて、何度も見ました。
「す、す、すけきよぉ~っ!」ってね。

今回の犬神家のも、かなりこだわっているようですよ。
三谷さんが見学に行った時も

「あの襖、よくないなあ」

ということで、スタッフに取り替えるよう命じた。
違うのを持って行くと

「う~ん、
 これも、だめだなあ」

と。
んでまた違うのを持って行くがokがでない。
挙句、襖を持った人が監督の前に行列になってしまったというから面白い。

ということで犬神家の一族も、公開年末ですかね、これも楽しみですね。

そうそう、そういえば長男がカーズを観たいって言ってたけど
どうしただろう。
もう観に行ったのかな?
まだだろうなあ。じゃあ、まずカーズから行きましょうか。
そういえば私、直近に観たのファインディングニモでしたね(笑)。

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2006年7月14日 (金)

今日は暑かったですね ^^;

小さい頃、家の横に小道があって、そこでよく父とキャッチボールを
したものだ。
暑いときになると思い出す。
父は上半身裸、パンツ一丁になって足はサンダル履きで
ふたり汗だくになってやっていた。
夏は夏なりに暑さを楽しむというのはいいことだ。
今は暑い暑いとすぐエアコンに頼ってしまうが
そうして楽しんでいた時分がとても懐かしい。

大学2年になるまで、私の家にはエアコンというものが無かった。
若い人はびっくりするかもしれないが、当時はフツーだった。
そしてなんと、風呂も、無かった。
これはちょっと、情けなかったかな。
ビンボー学生でもないのに、家族そろってもっぱら銭湯通いだった。

20坪に満たない土地に店を構え、一階は奥に居間と小さい台所、トイレが
あるのみだった。あと二階に二部屋。
一階の居間はたったの四畳半だ。そこに普段は家族5人が集まっていた。
全員が座るとギュウギュウだった。そんな狭いのにさらにタンスが
2棹置かれていたからだ。
小さい方のには上にちょこんと14インチくらいのテレビが置いてあった。
エアコンは無かったが扇風機くらいはあったかもしれない。
が、狭い部屋だ、扇風機もよく倒されたり隅に押しやられていたりとかで
うまく機能していなかったと思う。

だから夏はプールに行くのがとても楽しみだった。
夏休み中は、雨でも降らないかぎり、毎日行っていた。
近所の子たちとだ。バスで10分くらいのところに厚生年金センターの
50円くらいで入れるプールがあったのだ。

2時間の総入れ替え制だから、もったいないので半端な時間からは
入らない。1時間待ってでも、次の開始を待つ。
で入ると、2時間後の終了時はろくに着替えもしないままいったん出て
(っていうか出される)、また入りなおす。
だから一度行くと4時間は泳ぎっぱなしだった。

いったい何がそんなに楽しかったのだろう、足が届きもしない
プールに浸かって、バシャバシャと遊んで。
滑り台もない、浮き輪やビーチボールなどの類も使用一切禁止、
飛び込みも禁止。
単に50×20メートルのプールがあるだけだ。
毎日楽しみで通った当時の気がしれない。

しかし、それで、よかったのだ。

つまり、他には楽しみというものが無かった。
ニンテンドーはもちろん無い、ビデオだって無い。
おもちゃなんか、買い与えられているもの、数えるくらいしか
持っていなかった。メンコとか、それこそ野球のボール、グローブくらいのものか。

でもよかったんだな、それが。
よかったんですよ、それで。

子供の夏は、屋外のプール。
んで暑い中帰って来たら、カキ氷。
蚊に挿されたらキンカン。
メシいっぱい食べて8時には就寝だ。

いいなあ。
よかったなあ。
あの頃がほんとうに懐かしい。

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2006年7月 1日 (土)

運転のマナーとモラル

勤務先は商店街にあるが、比較的車の通行量もある。
幹線道路の裏道に利用する人もいるようだ。
別にいいのだが、警笛をビービーと鳴らしながら
通る輩が多い。これはやめて欲しい。うるさくてかなわない。

自転車や歩行者に注意を促しているのだろうが
であれば自分が速度を落として走ればいい。
なんであんたの思い通りの速度で走りたいがために
ビービービービーと弱者に向けホーンを鳴らすのだろう。気が知れない。
自己中心派だな、自分がよければいい、周りの空気をというのを
読めない人なのだ。

私からいわすとこのようなドライバーは免許没収とまでは
いかないが、運転モラルのイチから教えなおしてやらにゃあかん。
JR西に行って日勤受けてこいと言いたいが
もう終わってるな。っていうかあれ受けるとよけい事故起こすのか。

ま、いい、でも運転免許って一度取ると、書き換えの時にビデオを見させられる
くらいで、教育って受けることがなくなるでしょう。
自動車事故、こんなに増え続けているのに、国は抜本的なこと、なにも
やろうとしない。っていうか逆のことやってる。有効期限を
無用に伸ばしたりペーパードライバーにゴールド免許を与えて
喜んでいるだけだ。
マナーを知らない、モラルの無い、まともに標識すら理解できないドライバー、
ごまんといる。
だから自動車免許の更新は、きちんと一日(延べ)、職業によって
2~3日は講習、教育を受けなおすくらいのこと、絶対必要だ。
こんなこと、10年以上前から言い続けているのだ私は。

なんだかよくわかんないが、てえことで、とりあえず罰則をつくってみた。
法の範疇ではない、モラル、マナーの問題だな。
きちんと学んどいてくださいませ。

1.ホーン多用者

  → 弱者に多用する場合、免停一ヶ月以上もしくは罰金100万円以上。
    ホーンを鳴らすと同時に同じ音量が車内にも
    響くようにしてやる。うるさいことを知れ。

2.左折時左に寄らない車もしくは右折時右に寄らない車

  → 再教育。最低二日間の合宿特訓。
    これって履行するかどうかで後ろの車の詰まり方が
    全然違う。渋滞発生率もね。
    左折時はビタッと左に寄ること!
    右折時も対向車が通れる分を残し、極力右に寄る!

3.空いた高速の追い越し車線を制限速度で走るやつ

  → ドイツアウトバーンで同じこと(100キロで走ること)を
    一ヶ月間やって、どんな目にあうか報告しなさい。
    っていうかたぶん生きて帰ってこれない。
    日本だから制限速度でいいって問題ではない。
    生きて帰ってこなくてよし。

4.窓からタバコ投げ捨てるやつ
  
  → まず禁煙しろ。値上がりしたし。
    窓全開にしてぶらんと下げた手にタバコ持ってるやつ、
    私の調査によると、95%はそのまま外に捨てる。
    どうして車内の灰皿使わないのか理解不能。
    一ヶ月間の無人島生活を命ずる。
    ビンカン投げ捨ては論外、一年間無人島で反省しろ。

5.センターラインが黄色だからって原チャリ追い越さないバカ
  
  → あのね、原チャリは30キロなの、制限速度。
    だから付き合ってたらみんな30キロで走らなくちゃならないの。
    分るよね?ボク。
    そう、分ったら、免許、もう一回取り直しなさい。

6.異常なまでに車間距離をとらない車

  → たまにビタッと貼り付いてくる車、いますね。
    トイレに駆け込もうと急いでんのかね。
    んじゃ漏らしちゃいなさい。
    M氏のこと考えると車没収はかわいそうだな。
    でも全員がそうとは限らないだろう、じゃあ免停一ヶ月。

7.ハザード点けたまま停まってる車
 
  → ハザードはですね、止まりますよっていう合図のために
    あるのです。
    点けたまま停まっててその後ろに車停まっちゃうと、
    発車のためにウインカー出してるように見えちゃうでしょう。
    だから停まったら、すぐ消さないとだめですよ。
    空気を読め。

8.バス停に車とめるアホ

  → 昨日もいた。しかもバス停標識真ん前。BMW-Z4。アホ。
    バス停で一年間テント生活しろ免停も一年。車はもちろん没収だ。

9.交差点渡ってる途中に信号変わったからって歩道手前で
  青になるまで待つバカ
  
  → 三茶の大きな交差点でこれやってるアホ、よく見る。
    交番からマイクで「進んでいーんですよ!」と言われてる。
    行かないとねえ、青で左折してくる車も
    あんたに付き合わなくちゃならないじゃない。
    ハザードと一緒だ、空気読め。もう一回取り直し。

10.右折待ちしてるのに赤信号で突っ込んでくる直進車
  
  → 野球で、大勝してるのに0-3からバット大振りするのと一緒ですな。
    新庄これ知らないで大リーグでやって洗礼(悪意のデッドボール)
    受けたし。
    基本中の基本。
    ちなみに新庄選手はフェラーリを2台廃車にしてます3千万。

自動車教習所開所しようかなあ。たかぴー校長、どうかなあ。
場所がないな。あと資金もね。新庄に借りようか。

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2006年6月22日 (木)

525とシーマにシャウト

Sakuraduka_jak_1

                                                               

                                                    

                                                                                                                                                                                                   エンタの神様で出る桜塚やっくん、うちのかみさんに似てると思うんですけど、
ご存知の方、どうすか、ね。
(写真はTOP COATから)

ホームセンターに行った。
ネジを買いにだ。
土日は混んでるが平日はガラガラだ。
なのに車を止めると、わざわざ私の隣に止めてくる阿呆がいた。
なんでこんなガラガラ空きだらけの駐車場なのに
ご丁寧に私の隣にビタッと止めるのだ。車はBMW新型525だった。

あまい。2.5リッターの525を選んでること自体まずせこいし、
センスというものを持ち合わせていないな。
と、ドライバーは女性だった。
だんながこづかいをこせこせと10数年にわたり貯め続けてきた
へそくり全額を清水の舞台から飛び降りてこの525購入資金にあて
自動車税も少しでも安いほうがいいしと530、545を選ばず
安価な525を選んだセコさがこの車種だけをとってみてもわかる。

着いたホームセンターは西友系列なのだが、この日はレジでセゾンカードを提示すると
10%オフ、とのことだった。
そうか、でもネジだけでいいんだ今日はと70円のネジを持ってレジに並ぶと
前にいるおばさん、先のBMW525のおばさんだった。
ここぞとばかり大量に買い込んで、案の定セゾンカードを提示している。

「お支払いもカードになさいますか?」

「カードで」

ツンと偉そうに言うが、店員、何度端末に通してもエラーが出てしまう。

「あの~お客様ぁ~。
 このカード、有効期限が切れていますぅ~」

「そんなはずは、ないわ」

「いえ、あの、この通り、ここを見ていただくと分りますが
 おわってます」

525ババア、慌て始めた。
バタバタバタバタなんかいろんなことをしている。
財布を探しているらしい。やっとの思いで見つける、が、
どうやら現金の持ち合わせがないらしい。
たかだか数千円を持っていない、一万円札一枚すらないのだ。

「しょうがないわ。
 じゃ、このカードで」

あきらめて出した別のカード、アメックスのゴールドだった!

こんなカード持つ人、
西友系列のこんなホームセンターにしかも
10%オフの日を狙って
これまたせこい525なんかで
来るんじゃねー、
ほんでもって、現金も、一万円くらい持っとけ
あほんだらぁ~!!
(と、桜塚やっくん風)

525ババアのおかげでレジで数分待たされた私は70円の
ネジを63円に値引いてもらってじゃり銭がうざいから
そのまま提示したセゾンカードで決済。そして少しイラついた
精神状態のままコルトで帰路に。

深沢に来ると信号待ちのとき、反対車線に新聞配達のにいちゃんが
バイクをとめた。片側一車線しかない。
歩道に乗り上げねーのかトラック来たら通れねーじゃんかと思っていると
案の定、対向車が来た。
オバタリアン運転のシーマV8だ。
トシ約65、なんで白い手袋をしているんだろう。化粧は相当厚そうだ、唇にも
真っ赤なルージュをひいている。
余裕で通れるのにテクが無いのだな、カブを避けながら
ヌメヌメヌメヌメとカタツムリ並みの速度で進んで来る。
私のコルトにぶつけるなよ~
と思って注視していると、シーマババア、
ろくろ首のように首を伸ばし始め、何かシャウトしだした。

「ざけんじゃ~ないわよ!なんでこんなところに
 止めんのよ、カブ!
 ったく、あほんだらっ~!!
 ほどおにとめろっつーのほどおにぃ~!!」

たぶんそう言っている。
っつーか、でもその前にー、
お前がシーマに乗るなっつーの!!
免許取り直すかー! 
でなかったらまさしくお前がこのコルトに乗れ~っ!!
んでもって、
いちいち動脈浮かせてシャウトするなっつーの!
あーここらはあほんだらが多くて困る。ったく。
と、また桜塚やっくん登場。

疲れました。

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2006年6月10日 (土)

店員の態度

コルトの方だが、ガソリンを入れたついでに
久しぶりにタイヤの空気圧を見てもらった。
2.2でいいと思ったのだが

「後ろが1.9でしたよ。
 たまにチェックしますから、言ってください^^」

と気持ちよく言ってくれた。
いいお兄さんだ。
空気圧は割と気にしてる方だ。月に1回はチェックするように
しているがコルトはおろそかになっていたかもしれない。

このスタンドはいつ行っても気持ちがいい。
店員の対応がいいし、まあ、勤務地から一番近いこともあって
ほとんどここでガソリンを入れる。もう10年以上の付き合いだ。
だがここ一年くらい、別なところで入れていた。
バイトで新しい兄ちゃんが入ったのだが、これがなんとも
対応が悪かったのだ。
「対応が悪い」といっても大まかで分りづらい、
無愛想、というか、愛想の無さを通り越して、具体的には、
まるで客にケンカをうっているような粗悪な態度だったのだ。

はじめて対応された時、あ、新しい兄ちゃんだなと思った。
出光なのでいつも「mydo」カードで入れるが
サインを要求された時
「はい!」
と低い声でドアのところにボンと置くようにして渡された。
はい、じゃあねえだろう、「お願いします」だろう
と思ったが、まあ相手はバイトだ、気にするなと
自戒しエンジンをかけると
「どっち!?」
と睨んだ顔で聞く。
どちらへ出られるんですか?ということだろう、
正解は「どちらへ?」
だ。バカモノ。

知った馴染みの店員からだったらいいが、初めての見ず知らずの
店員からぶっきらぼうにそう応対されると返事もしたくなくなる。

以後数度、同じように、どっちが客かも分らないような
ケンカ対応をされ続けたので別なスタンドに替えたのだった。
スタンドとはいってもサービス業だ、長続きしないのだろうな
1年もしないで彼は辞めていった。
だから今はいない。

しかし店員や店の対応が悪い場合、いちいち気にしてはいけない、
というのが定石のようだ。
気に入らなかったらそこに行かなければ、よいのだ。
対応に不満を持つ店、店員の対応が解せない店、星の数ほど、ある。
いちいち気にしてもはじまらない、であれば、自分から使わなければよい
ということだ。

会社員だった頃の話だが、たまに行くクラブ(ねえちゃん付き)の
店員(これもねえちゃん)に、私と同じ部の部長が暴力を
ふるったことがあった。頬に平手打ちを食らわせちゃったのだ。
私はその場にいなかったのだが、どうやらねえちゃんの言葉遣いが
その部長の勘に触ったらしい。

後日、この事件を耳にした統括部長、怒った怒った

「気に入らないのなら、
 なんで店を替えないんだ。
 いやなら、店を出ろ。
 その店に、行かなければ、いいだろう。
 そんなことがお前には分らないのか!」

全く、その通りだ。
その統括部長(当時)、確かによく店を替えた。
気に入らないと、出るぞ!たかぴー課長!と怒鳴って、
よく出たものだ。

しかし私はどちらかというと、店員の態度を正したくなるほうだ。
統括部長と比べればまだ若いからだろうが、だから
あんまりひどい時は、店長や主任者を呼んだりして
きちんと話をつけてしまう場合がある。
しかしその「店長」さえもハナシにならない場合が、ままある。
やはり店を替えればいい、ということなのかもしれない。

もう少し前のことだ、母が入院してすぐだから97年の春だ。
電気屋に洗濯機を買いに行った。
当時まだ二層式のものだったので、母が退院したらすぐ
全自動を使わせてあげたかったから購入しようとしたのだ。
価格は4.7万だったが、店員にこれ、くださいと言うと

「これ、ですか、これは、そう、
 4万ちょうどになります。
 4万でいいです」

と言う。
価格交渉もなにもせずにいきなり7千円下げてくれたのだ。
ふうむ、自動的に下げてくれるとは、さすが全自だなフフと
届け先を書きながら

「ああ、この、届け先なんですが、前面道路が
 通行止めになる時間帯があります。
 商店街なので夕方4時から6時まで
 車が入れなくなるんです」

と言うと
いきなり手のひらを返したように

「それは、だめです。
 そうすると、だめです」

とつっけんどんな応対に変わった。
なにがだめなのか、なぜいきなりつっけんどんになったのか
こちらにはよく分らない。

「え?なにが、だめなんですか」

「ですから、そういう、時間指定ということは、 
 できません。
 時間指定できないから、4万なんです」

と言う。

「いや、じゃあ4万じゃなくて、いいですよ、
 っていうか、なにが、だめなのか、教えて下さい、
 私は親切で4時6時は車が入れない、
 と教えてあげたまでのことです。
 時間指定をしたのとは、わけが違いますでしょう」

「で、す、か、らぁ~
 4時から6時に車、入れないっていうのは、
 時間指定と一緒なんですよ、
 だめなんです、だめ」

言い忘れてたが店員は女性、トシ35(当時)、身長160体重72キロ。
ここまで聞いただけでも、口が開いちゃいますでしょう。

「・・・・・・」

「だ、か、ら、だめ、です」

「だめな理由を、もう一回教えて下さい。。。
 じゃあ、届けに来てくれるのがもし4時から6時の間になったら、
 近くまで来て、電話くれれば、そこから台車で運ぶの手伝いますよ。
 50メートルくらいですよ」

「できないんですねえ。それは、できないぃ~ -_-」

店員、首振ってる。
皆さん、分りますね、まさにハナシにならない、というやつです。

「そうですか、では、あなたでは、ハナシになりません。
 店長さんを呼んでください」

すんごい無愛想な顔が更に無愛想な顔に変わり、
少し待つと私が店長ですというやつとやってきた。
この店長もまた無愛想だ。

「え~っと、お客さん、
 時間の指定は、できないんですよ、ウチは」

「あの~よくハナシを聞いてもらいたいんですが、
 前面の道、4時から2時間だけ車が入れない、
 ということなんですよ。
 だから、それを教えてあげただけなのに、
 いきなりそれだとだめだ、それはできない、の
 一点張りなんです。
 そんなのが、あるんですか?
 そういうことなんですか?本当に」

「ええ、だめです。
 そうしますと、
 お届け、できません」

女店員に輪をかけて理解不能。店長。
まさか洗濯機担いで帰るわけにもいかない、積める車も持ってないし。

「本当ですか。本当にだめなら、
 いいです。
 しょうがないですね、ここでは、買いません」

実は店長との言い合い、その後少し続いた。
そんなことでいいと思ってるのか、とか
だいたいにして店員の態度がおかしいじゃあないか、
あなたもそうだ、店長としておかしいだろう、とか言ったと思う、
母が入院したてだったので私も気が立っていたのだろう、
しかし、、、
その時たまたま他の売り場に行っていた妻が戻ってきて
私の袖をひっぱりながらこう言い放った!

「そういうことができない人が、こういう所で
 働いてんの!
 だから! いきましょ! 」

笑える。

ちなみに洗濯機は違う店で買いました。

そうだな、確かに。行かなければいいんだ。
そのお店、最近また行って、あの電池事件をおこした店だ。
店長は変わってよくはなったんでしょうけどね。店員は×が多いすね。

Satorogo
 

実はこの洗濯機事件、後日談がある。あれから5~6年後のこと、
港北のとあるデパートに行ったらあの洗濯機店員が
紳士服売り場で働いていた(!)のだ。
私は気付いたが向こうは気付かなかった。
ネクタイとワイシャツを合わせるふりをしたら
いろいろいい応対をしてくれた。あの洗濯機の時とは雲泥の差だ。
とてもいい営業に変わっていた。こうも変わるのかと驚いた。
おかげて買いたくもないネクタイ2本とワイシャツ2枚を買って帰ることに
なってしまった。

まあ、改善されたので、気持ちご褒美、ですかね。

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2006年6月 1日 (木)

渋滞で思うこと

今日から駐車に関する道交法が変わった。
早速昼、レッカー車で車が牽引されるのを見た。

私は通勤に車を使ったり、電車だったりとまちまちだが、
今日は車、コルトで来た。道は幾分か空いていた。
50分少々かかっていたが、今日は40分とちょっとで来てしまった。
なぜ空いていたか。
夜、帰宅時に社用車を使ってそのまま帰宅し路駐、
翌日はその社用車で出社、ということを避ける人が出てきたのでは
と思うのだ。
世田谷通りの農大~大蔵ランド間など、昨日までは路駐の嵐だったが、
今日はほとんど止まっていなかった。
いいことだ。
これからもずっとこう空いた道であってほしいと思う。

しかし通勤で使う道で一部解せないところがある。
成城のあたりなのだが、いつも渋滞するのだ。


なぜここが渋滞するのだろうか。
しばらくして理由が分った。
そこは支線(裏道)からの合流がある。
裏道を使った車が、本線に合流する、そこで本線側が詰まってしまい、
後ろが1キロ近くに渡って渋滞してしまうのだ。
その裏道から出てくる車が、近辺の居住者だった場合、
車のナンバーは品川のはずのところだ、が、
出てくる車のほとんどは多摩だったり川崎だったりする。
で、おやと思ってナビを拡大して見て分ったわけだ。
知らぬ本道の車たちはご丁寧にも一台おきに
裏道からの車を入れて差し上げている。
ひどい時は入れ入れと手を振り振り、一時に3台くらい
入れてしまうお人よしもいる。
こいつらの為に渋滞が発生しているということも知らずに。
ばかな話だ。
自分のエゴの為渋滞を作り、その作った本人はスイスイと
涼しい顔をして去って行ってしまう。

私もじゃあ通ってみようと、入って行ったことがある。
確かに速い。だが、危ないのだ。
その道は幅5メートルほどだが、多くの小学生が通学に
使っている道で、たくさんの児童が手をつなぎはたまた
親同伴で歩いている。
裏道が始まってすぐの地点から、合流となる終点近くまで、
ほぼ途絶えることなくなのだ。
危ない、と思った。
これは裏道で使って欲しくない、法の規制が必要だなと思った。
渋滞も緩和されるだろうし学童もびくびくして歩く
必要がなくなる。

路駐をしゃかりきになって追う事も必要でしょうが、
こういった細かいところへも是非配慮をお願いしたいところだ。

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