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2018年9月12日 (水)

流れる星は生きている

藤原ていさんのドキュメント、ノンフィクションです。
ていさんは作家、新田次郎さんの奥さんです。

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終戦を満州で迎え、ご主人はシベリアへ連行されて
しまったので、ていさんは一人で3人のお子さん、長男6才、
次男3才、生後一カ月の女の赤ちゃんを連れ、釜山まで
避難する、その1年間の記録です。
凄すぎ。これはもう、壮絶過ぎて、、
物語、小説、として書いたなら「こんなバカなハナシあるか!」
ってなるんでしょうが、事実は小説より奇なり、
なんですね。
全編で何度涙したか分かりません。盛り、無しです。

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道中、まず食べ物がありません。
あまりの空腹に「食べ残しでいいんでください」と
中国(朝鮮?)の家に物乞いをする。と、「日本人にあげると
村中からいじめられる、だから、私はあとでここに捨てて
あげるから、それを拾いなさい」と。ていさんは食べないと乳が
出ないし、子供らに食べさせないといけない。もちろん拾います。
スゲーのは、山を幾つも幾つも必死で歩いて
越えていく(道なき道を)訳ですが、途中で靴も壊れてしまい、
裸足!次男のはその前に壊れていたそうです。
「もう歩けないよ」
そう泣くも、「歩け!お前は死ぬぞ、歩かないと死ぬんだぞ!」
非常時は男声になるそうです。
川も渡らないといけない。胸に浸かる位のを
何本渡ったか分からないと。子供がいるわけですから、一人ずつ
わきに抱え、何度も往復するんです。
当時のことを全く覚えていない当時3才の次男は
35才の大人になっても
「どんな小さな川でも、立ち止まって考えてから
 でないと怖くて渡れないんだ」と語っています。
人々の心の奥底の醜さ浅ましさ、が分かる事件も
頻発します。
一行には単身の人もいっぱいいて、山越えは特に辛かったから、
仲の良かった人に子供二人を託します。ていさんは
遅れますが、ほうほうのていで追い付いた時、
遠くの丘に二人の自分の子が佇んでいるのを見つける。
捨てられたんです。
もう自分のことで精いっぱい。ひとの子なんてみてられないんです。
あまりに辛かった時、
子供らと一緒に死のうと考える。「長男はきっと
分かってくれる、次男は嫌だ嫌だと駄々をこねる。赤子は
何も分からず一緒に死んでくれるだろう」。
最後はアメリカ軍に助けられます。三人のお子さんも本人も
骨と皮だけ。赤ちゃんは「あと一カ月生きられるかどうか」
と医者に言われますが、無事生き延びます。
大人になってもこの時の話になると、皆、席を立って
しまうんだそうですね。思い出したくないんでしょうね。

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