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2017年7月26日 (水)

豪邸

近所の80過ぎの旦那さんが今年亡くなった。残った奥さんが一人。
お子さんがいないのだ。
お家は超がつくほどの豪邸。ただし木造の平屋だが
なんと戦前からの建物、で、東京大空襲でもこの家だけポツンと
焼け残ったという運を持つお宅。
私、物心ついたころからずっと知ってて、通っていた小学校の通学路
でもあったから、このお家は素晴らしいといつもアタマにあった。
東南角の整形地は200坪近くはあろうか。
広い庭の木々の手入れも行き届いているし、隅にはお蔵もある。
奥さんはトシ80くらいで、でも凛として元気でいらして、10は若く
見える。うちとの付き合いはもう50年近い。

旦那さんに先立たれたこともあって、最近は雑談の度
「住み替えたいわ」
とおっしゃるようになった。
マンションがいい、もうこの家は面倒見きれなくて、などなど。
戸も引き戸である。サッシなど無い、未だに「雨戸」で、
雨風の強い日はガタピシ相当うるさいだろう。網戸も無いから
この季節は宅内で蚊取り線香を炊くはめになる。
庭師も年に2度入れてる、都度、20万くらいはかかってると。
配達でうかがった折、私でよければお手伝いしますよ、と先般勇気をもって
伝えた。
「そんな、、、大変なのよ」
「いえ、私、好きで、今の住まいの庭は義母とライフワークになってます」

私は靴は脱いだこと無く玄関周りしか知らないが、そこだけでもがっしり
した木骨の一部とか調度品とかが超一級品の物たちであることが分かる。
レトロなんてもんじゃない、重要文化財級だ。
「ゲリラ豪雨とかすごいですよねえ、雨漏りは大丈夫ですか?」
「瓦がしっかりしてるからかしら、大丈夫なのよ。東京大空襲でも
 焼けなかったから、運がいい家なのね」
なんとかしてこの奥さん、この家の手助けがしたい、と思うようになった。

そうだ、私がこの家を買えばいい、そして私が手直しをしていけば
いいのだ。
するってえと、なんだ、どうしたらいいんだろう、いろいろ考えなくては
ならない。
だが無理だ。
世田谷の一等地、安く見て坪200万でも200坪で4億じゃねえか。
これはポルシェを買うより無理がある。
そうだお子さんがいねえか、うちの次男(小6)を養子に出そう
ここに入ってもらおう、そうすれば金の動きは無くて済む。
こないだは俺が風呂に入ってる時、アタマからバスクリンをかけやがった。
義母のスリッパもよく隠して叱られてる、いなくなるとせいせいするぞ。
が、先方でもいたずらが過ぎないよう祈るばかりだ。

私は帰宅すると夕食の支度中の妻に時間をかけて説明した。
「(次男が)いいって言うかどうかね」
了ということだな。
そのまま次男に頼み込む。
「嫌だね」
無碍に断られた。ただでさえオバケ嫌いで、今の自宅でも
昼間であっても一人でトイレに行けない。あの古い豪邸では怖くて
たまらないだろう。私でも怖いかもしれない。
横にいた長男(高1)にも問うた。スマホにイヤホンで音楽を聴いて
いたので、もう一度説明し直した。
「嫌だ」
しょうがない、作戦変更だ。算段をたてる。

底地は高くてあきらめ、借地権を買おう、であれば安く済む。
しかし借地権といえど、高いは高い、金を集めねば。
抵当権に入っていない物件を集め、銀行から借りるぞ。
だめだ、あと1憶足りない。
でも1憶か、今の住まいを売って、総出でこちらへ越すというのは
どうだ。よし、青写真はできた。なんとかしようではないか!

意気揚々としていたところ、その奥さんが来た。
「引っ越すの」
いきなり切り出された。
「はい?」
「マンションに引っ越すのよ」
クチがあいてしまった。
「おたくが初めてよ、言うの。まだ誰にも言ってないの」
「・・・そ、それで、どこへ・・・」
「だからマンションね、買ったの。そこのスーパーの跡地に建った
 マンション」
「・・・あの、あのお宅は・・・」
「売ったの」
はい。計画は消えました。

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