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2013年12月 9日 (月)

たか号漂流二十七日間の闘い

佐野三治さんという方の体験本
「たった一人の生還(たか号漂流二十七日間の闘い)」
を読んだ。ヨットが沈没し、救命いかだで題名通り漂流を続け
貨物船に救助されるまでのドキュメントです。
92年に起きた事故で、その年に出版されてすぐ買い、何度も読んできて
ます。今回で5~6度目かと。

ヨットには全部で7名乗ってました。グアムへ向けてのレースだった
んですね。12月26日、三浦半島を出発します。
小笠原諸島の少し手前、出航から三日後の夜ですが、突然転覆して
しまいます。もとより台風並みの大荒れの天気で、大波に食われたもの
のようでした。
転覆時1名他界します。後、ヨットはゆっくりと回復しますが、
水が大量に入り込んで、急ぎ救命いかだを膨らませ、6名
で逃げるように乗り込みます。で、ヨット没。

私は何度も読み返していて、毎度固唾を飲んでしまうのが、ヨットが
転覆してしまうところ。そしてゆっくり起き上がって、そこから
全員でラフトへ乗り込むところまで。緊迫感がものすごい。
言ってはなんですが、文章はお世辞にも上手いとは言えず、
素人丸出しの書き方なんです。けど、それが逆に、いい。妙な飾り付け
が無いですからせっぱつまった感も素直に伝わり、没頭できる。料理
で言えばへんちくりんな香味料の一切が省かれ、素材のみの
良さを味わえる、そんな感じです。

救命いかだは小さく6名で乗るにはぎゅうぎゅうで、足や腕など
身体の一部は重なり合いますから、数日間はいざこざのようなものが
絶えなかったそうです。
食料もほとんど無いに等しく(ビスケット数枚)、水も500ミリ
リットル1本しかない。大切に、1日数滴ずつ、分け合って飲む
ものの、すぐに底をつき、そこからは自分の尿を飲んで渇きをしのぎます。

最終的には佐野さんだけ助かったことになります。他の5名はラフトで
順々に他界していくんです。
はじめは身体もいちばん丈夫な、ヨットでは著名な、リーダーの武市さん
が亡くなるんです。
漂流10日目くらいのことです。後5名も次々亡くなっていきます。

どうしてこの佐野さんだけが助かったのか、そこは医学的見地から
少々記載ありますが、臓器の全てが、均一に劣ってきたから
よかったのでは、と。つまり頑丈に見える人であっても、臓器の
一部が弱ければそれを補う為、他臓器が足を引っ張り合い、
死が早まるのだということです。

しかし何度読んでおかしく、また首を傾げてしまうのが、生還した佐野
さん、あれだけの、瀕死の状態で病院に運ばれたのにも
かかわらず、手術をしなければならないので、陰毛を剃らなくては
ならないところ。その修羅場にあっても、どうしても剃るのは嫌だと
言いはるんだそうだ。この後日談は医師談であって、本人談ではないので
間違いない。で、どう説得してもダメ、挙句、先生も剃ったら剃ります、
とダダをこねる。結局は、ここまでとマジックで線引きをし限定して
剃らせてもらったんだそうだ。
不思議な人です。

実は私、サラリーマン当時会社の先輩に、この佐野さんに似ている、
と言われたんですね、で、薦めれられて買いました。読んだのは
30ごろでしたが、なんとはなし似ているかとは思いました。が、
違うのは陰毛剃るところ。
私、その直前、入院で剃ったんです。ダダこねませんでした。
私には似てませんね。

大海原をたった一人漂流ということではスティーヴンキャラハンの
本も読んでます。この解説には、その状態だと三日で大半の方が
亡くなるんだそうです。絶望からですね。
後輩が前代未聞のトラブルから出れないで窮地のようです。出口は
必ずあります。希望を捨てずに、ね、頑張ってください。忘年会で
会いましょう。

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