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2007年8月31日 (金)

西伊豆の道

写真を整理してたら思い出した。
今年お盆の西伊豆のこと。
帰路は夜晩くなってしまって、タケ氏も同乗して帰ったんだけど
いろいろ面白い話になった。
タケ氏、オカルトオタクだったらしい、学生時代。
心霊写真とかねUFOとか。ムー誌の熱愛読者だったんだと、で、
帰路の伊豆の道は暗いし他にも車あんまいないしで、
どんどんどんどん怖い話になっていってしまった。

実はたかぴーはオバケは絶対にいないもんだと信じちゃってるから
怖い話にはヒジョーに興味がある。
だけど人と違うのは、異常なまでの怖がりだ、ということ。
だってそうでしょう、いないと思ってるんだから、見たらそりゃ
大変な騒ぎになっちゃいますよ。
いるんだと思ってますでしょ、皆さんは。だったらいいじゃあないですか
見たって。
あ!いた!見ちゃったよ!
で済むんでしょう。
私は気絶しますから、瞬時に。
だってくどいけどいないと思ってるんだから。絶対。

で、、、タケ氏とのオバケ話は置いといて。。。
私の恐怖の体験。オバケとは違います。
今回の西伊豆で思い出した。
だいぶ前、87年の夏と思うが、お盆に堂ヶ島の知り合いの
民宿に行った時の思い出。
怖かった。これ、今思い出しても怖い。
よく生きて帰れたなと自分で感心する。
  
 
その日お盆で金曜は早めに仕事を終え、自宅にいったん戻り
車で東名を西に向かい沼津で降りまずは修善寺をめざした。
しかし当時はナビなど無く、私は初めての修善寺で道に迷ってしまった。
気付くと田舎道に入ってしまっている。地図見るも現在地はどこか
とんと見当がつかない。
折りしも台風の余波で土砂降りだ。
まいった。

恐る恐る走っていると、二又の突き当りに木の建て看板が見えた。
忘れもしない、ボロボロの看板。

 ⇒ 西伊豆

と記してあった。

「あ~、だいじょうぶだ、良かった。
 間違っていなかったんだ。
 右だな右右」

と楽観視したのも後の祭り、そこから地獄を味わうことになった。

標識どおり進んだにもかかわらず、すぐ道は未舗装路に
変わった。
細かった道は進むに従って細さを増していく。
1台通るのがやっとの太さ。しかもクネクネクネクネと
右へ左へ急カーブの連続だ。
あたりは漆喰の闇。外灯なんかありゃしない。
これはやばい、こんなとこで死ぬのは真っ平ごめん
UターンだUターン、戻ろう戻ろうと思ったが、
引き返すためのスペースが、無い。
道が正しいことを信じ、そのまま進むしかなかった。

東京を出た時から降り続いていた雨は止む気配を見せない。
相変わらず土砂降り。
道が川と化していたところ数知れず。
場所によっては鉄砲水のようなのが左崖から怒濤のごとく
噴き出してきている。
恐怖のあまり直視することができなかった。
死を予感し喉チンコまで心臓がせり出してきていた。
決して大げさな話ではない。

時刻はもう23時を過ぎていた。
真っ暗で頼りになるのは自分の車だけ。マークⅡツインカム24(87)。
携帯なんか無い。
がけ崩れがあったら一巻の終わりだったろうし、
ハンドル操作も少し誤ればタイヤががけにとられて
万事休すだったろう。
ゴツゴツした石だらけの道。いつパンクするか分からない。
パンクしたとして灯り一つ無い闇、さらに土砂降りの中、
交換などできるはずがない。

誰か車が来ることも期待したが、前から来られたらすれ違い
できない。道はそれだけ細かった。
しかし誰か他にいて欲しい。もうどうしようもないくらいの
恐怖のどん底にいた。

結局何時間彷徨ったか、2~3時間だろうか。
峠が下りになって、カーブが緩く続くようになってきた
と思った時、遥か先にポツンと家の灯りが見えた。

やった!民家だ!
大丈夫だ。救われた。助かった!

あの時のうれしさ、忘れないなあ。

なんでこんなこと書いちゃうんでしょう、ねえ、
読んでもつまんないでしょう。え、怖くないじゃんって?
そうかもしれませんね。でも思い出して書いちゃいましたね。

写真は今年の西伊豆。

F0bb

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