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2007年6月29日 (金)

高架橋で

なんか愚痴っぽい話が多くなっちゃってるんでちょっといい話。
ここんとこ裏道で高速の高架橋をよく通るんだが
都度、思い出してしまう。

だいぶ前、10年以上かな、新聞で、人探しの為の記事があった。
なんだか目頭が熱くなった。いまだに覚えている。

あるご夫人から新聞社へ相談があった。記事にできないでしょうか。
探して欲しい人がいます、と。

小さなお子さん、2人ほどいらしたようだ。
毎晩、夜になると、高速道(確か第三京浜)の高架橋に行き、
下を通る車を眺め、ご主人の帰りを待つ。子供を手に連れ、一人は
おんぶして。
10分か30分かは分らないが、眺め続けていると、ご主人の車は
必ず通るんだそうだ。すぐに分るので、見届けてから子供と歩いて帰り
ご主人の帰宅を待つ、という毎日だったとのこと。

ところがある日。
待てども待てども、ご主人の車が通らない。
はて、今日は違う道で帰ってくるのかしら。。。
それとも見過ごした?
あわてて家に帰るが、ご主人はいない。
今日はどうしたのだろう。。。おかしい。
その日、ご主人は帰ってこなかった。
翌日もいつもの通り奥さんは子供を連れて高架橋へ行く。
しかしご主人の車は通らない。

結局、ご主人が帰ってくることは無かった。
しかしいつかは戻ってくるだろうと奥さんは毎日毎日、
高架橋から高速を通る車を見続けていたそうだ。
ご主人の安否、経済的なこと、子供達の行くすえ、いろんな
不安感と戦っていたことだろう、胸中察するに余りある。

諦めきれずいつものように子を連れ眺めていたある日、
高速を走る一台の車が路肩で止まった。
車から女性が降りてきた。こちらに向かって何か言い始める。
聞こえない。
大声を出してくれているようだが、何度やりとりを続けても
言わんとしていることが分らない。
と、下の女性、ものを投げてきたそうだ。
なんだろう。取ると、小銭入れだ。
女性は車に乗るとすぐに去っていってしまった。

いくばくかのお金(大金ではない)と簡単な手紙が入っていた。

  毎日、見ています
  気を落とさないで
  何かの足しになれば お金を入れます
  がんばってください

内容は記憶に薄い(記事にも詳しく書いてなかった)が、
そんな、メモに近いもののようだった。

こちらの風体からか、雰囲気からだろうか、察してそのような
手紙とお金を添えてくれたのだ。

うれしかった。
ご夫人、そこから救われたのだと。
絶望と不安につのられる毎日から脱することができた、
もう夫は戻っては来ないだろう、夫のことは忘れ、
この子たちと、今の現実に向き合って生きて行こう。。。

仕事も見つけることができ、今は倹しいながらも幸せに生きています。
でもあの時あの女性と会わなければ、私はどうなっていたか
分りません。
どうか、新聞を読んでお気づきになりましたら、連絡をお願い
したいのです。会ってお礼が言いたい、と締められていた。

どうして車の女性はこちらの境遇を分ったのか、
今にも身を投げ出しかねない情感をそこに察知したのだろうか。

その後、女性に会えたのかどうかは分らない。
ご主人が戻ってこられたかどうかも分らない。
しかし分ったこと、それは逆境の中に人はどこか助けを求めている
ところがある、ということだ。
絶望の現実を目の当たりにした時、まず途方に暮れそして
その絶望を受け入れた時、人は藁にも縋る。
「藁」が「暖かい手」だった時、それはその人の今後一生をまた
左右させる大きな糧になるのである。

ここんとこ石川實さんのラジオにも感化されてますからでしょうか、
こんなこと、書きたくなっちゃいました。ちゃんちゃん。

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