« バンパー修理と、カーステ | トップページ | ラジオで笑えた »

2006年11月15日 (水)

茂原サーキット

サーキットを走ることになった。メルセデスでだ。
明後日、17(金)。
茂原だということです。

誘ってくれたのはたかぴー号の足回りをいろいろ
手がけてくれているショップだけど、
kameさんも行くっていうんで、私も二つ返事で
出馬表明してしまった。

茂原のサーキット、走ったことあるところかなあ。
学生時代のことだけれど、ファミリーバイクのレースが
あって、それに出場したんですよね。
タカネくんなんかと。そこが茂原だったも。。。

ま、いいとして、17(金)は楽しみですわ。
たかぴー号も公道でブイブイ言わせて走るんじゃあなくて
きちんと、飛ばせるだけ飛ばせいっ!
っていってくれるところで正当にアタックしてみまひょ。
 
 
学生時代に走ったサーキットは、どこだったろうかなあ。
覚えてないんだなあ。
ファミリーバイク2時間(4時間?)耐久レースってんで、2人一組で走る。
だからバイク2台4名の計2チームで出場したんですよ。
私、ミヤタケ君チームと、
タカネ、ケンチャンチーム、でした。

出場した2台は共にヤマハパッソル。
パッソーラじゃないとこがミソ。
遅いんですわ。かなり。
直線でも50キロ出ないくらいじゃあなかったかなあ。
しかも街乗り仕様フルノーマルのまんまだったから
皆にゴボウ抜きされまくってましたね。
他の出場バイクはみなカリカリのチューン車ばっかだったから
当たり前ですね。
私らのはミヤタケ君のパッソルで、タカネ君チームのはタカネ君の当時彼女のを
借用しての、出馬。
ライトやウインカーなんかテーピングして、タイヤをTT100に替えて
だけのモノ。だからカリカリチューン、チャンバーバリバリ
トーゼンのようにつけてきている他のバイクに、抜かれないわけが、ない。
みんなすんごく速かったですよ。

けどコーナーではそれなりにがんばって、抜き返したりして、結果は
私ら18位、タカネチーム19位でいちおうワンツーフィニッシュを
飾られたんですよね。え?何台出たレースかって?
40台くらいじゃあなかったかなあ。転倒やマシントラブル車が
多かったから、たんたんとではあるが強かなたかぴーの質実剛健な走りは
高く評価されたのであった。。。
じっさい私以外の3人、みんな一度はコケてたし。
タカネ君、ケンチャンは2度ずつこけてたような覚えがある。

一周2分切れるかどうかが、我々の目安だったんだけど
練習走行の時、タカネ君が見事1分59秒のタイムを出した!

ベストタイムだ!皆ですごい!って褒めてあげて、私も悔しかったから
再度タイムアタック。
ヤマミ君がタイムキーパーだったその時、
一度、私が通り過ぎたのを分らないで、彼、ストップウオッチを
止めなかった時があったらしいんですよ。

「あれ?通り過ぎちゃったかな?」

って、で、
二周目に私が来たからウオッチを止めてみたら、
4分0秒丁度だったってのがあるようですね。

だから私は2分ちょうどを二周か、1周は2分を切っていて
二周目は2分2秒、とか、ね。そんなのが私の予選ベストタイム
でした。
ま、そんなんで決勝に突入しましたね。

最も堅実な(っていうか遅い)ミヤタケ君を第一ライダーに
して、私は第二ライダー。
タカネ組はタカネ君を第一ライダーにしたと思います。

このレース、覚えてるのが、青木兄弟が出てたってこと。
そう、後に世界GPライダーとなる青木兄弟です。
速かったですね~。直線もコーナーも。
トシはまだ10才そこそこ。身体も小さいし
マシンもカリカリのチューン車だったから速いのなんの、
抜かれる時風圧を感じるほどの速度差がありましたね。

私らのチームはホント、マシンが遅いったらありゃしないので
なんとかコーナーで抜き返しても直線でごぼう抜きされちゃうから
精神的苦痛が大きかったですね。辛い。。。
スズキジェンマのねえちゃんに直線で抜かれるんですもん。
フツーの格好したままの。
我々は全伏して左手はステアリングの根元握って少しでも
風圧減らそうとしてるのに、ね。

だからみんな焦って走ってコケまくって、
あんな堅実なミヤタケ君でさえもコケて、
一生懸命やったけど18位、というリザルトでした。
楽しかったなあ、今思うといい思い出でしたわ。
企画してくれたタカネ君、ありがとちゃん。
 
 
さ、17(金)、どう走って見せましょうかね!
出走メンバー見るとGT3(ポルシェね)、CSL(BMWね)、
M3、ランエボなどなどすんごい車、けっこう出る。
ま、私は、速く走る、というよりも、迷惑かけないように走るって方が
センケツなようですね。

« バンパー修理と、カーステ | トップページ | ラジオで笑えた »