« ナンバーを掃除 | トップページ | KONI高速走行楽しみ »

2006年10月11日 (水)

いじめられた記憶

しゃくりあげるほど泣く、ということ、ここんとこない。
直近だといつだろうか、母が他界した時だろうか
だとすると97年のことだ。
いやいや、悲しいは悲しかったが、しゃくりあげるほどでは
なかったろう。
とするともっと前のことだ、記憶をずっとたどらないと。
小さい頃、小学校低学年の時だ、よくいじめられたじぶん。
ほぼ毎日、学校でしゃくり上げて泣いていた。

私は茶髪で眼球も少し茶が入っているためか、
小学1、2年のその頃は外人のようだった。
今なら「かわいい」の一言で済むのだろうが
昭和40年はじめの当時でそんなこと言ってくれる人は
いなかった。みんな「ガイジン!ガイジン!」
と言ってばかにし、いじめるのだった。

通ったのは公立だが、違う学区域からの越境だったせいもあり、
入学したばかりの時は頼れる友達もいず、
いじめられ通しで泣かない日は無かったと言っても過言ではない。
それくらい私はナイーブでデリケートで小心で純真だった。のだが、
反し、負けず嫌いで向う見ずな性格が、
罵詈罵倒され甘んじているだけのことをゆるさず、
ばかにされるとすぐに向かって行って
結果、皆にボコボコとケトばされてしまうという悲しい日々が
続いていたのであった。

その頃の反動だろうかトラウマなのだろうか、だから
おかしい、理に適わないことを言う人がいると、
私の正義心がそれらを許すことができない。

「ぜったい、みかえしてやる、
 いつか、いじめ返してやる!」

小さい頃そう誓ってでもいたのだろうかしかし
臥薪嘗胆のその思いも日々追うごとに
互いに気を許し仲が良くなり遊び合う友になると、
いつしか無効のものになってしまっていた。

従兄弟に弁護士がいる。
2つ上だが幼少の頃から仲が良く、とにかくよく一緒に遊んでいた。
夏休みや冬休みだとお互いの家に泊まりに行き、
飽きもせず1~2週間の間昼夜を問わずずっと一緒にいた。

彼の住んでいたところは同じ都内ではあるが私の家とはだいぶ離れていた。
学校はグレている面々がだいぶ多かったようだ。
校内では彼もいじめにあっていたのだろうか。
ある夏休みのこと、不良たちに襲われた時があった。
私が小学高学年、彼が中学の頃だと思う、
彼の家に私は泊まりに行っていて、ゲーセンに
一緒に繰出した時だった。
なんだかワルそうなのがいっぱいいて、少し不安だった。
案の定、そのうちの一人に従兄弟が胸ぐらを掴まれた。

「おい、この!
 たかぴー!
 なんでオメーがここに来てんだ!」

かなりの大声でそう叫ばれた。
いかにも、ここはお前の来る場所じゃあない、
目障りだ来るな帰れ!
と言っているものだった。
しかし従兄弟は全く怯むことがなかった。静かに応えた。

「ここに、なんで来ちゃあいけねえんだよ」

相手等に囲まれたが何度かの問答の後、従兄弟は解放された。

「だいじょうぶ? 
 帰ろうよ」

私は怖くてそう言ったが従兄弟は

「なんで帰らなくちゃいけない?
 ここで遊ぼう」

と、その場に留まろうと主張した。
彼からは表情や挙動、しぐさの一つ一つをとっても、
動揺しているそぶりが微塵も感じられなかった。

「いじめ慣れしているのだろうか。
 それとも、
 よほど、でかい人なのだろうか」

それとも両方だろうか。。。
よくよく遊んでいたとはいえ、互いの学校内でのことや
成績のことまでは分らない。だから私も小さいながら

「この人は大きくなったらきっと偉くなるんだろうな」

と、その従兄弟の横顔をじっと見ながら思っていたのだった。

大学を卒業し何度かの受験の後、見事に従兄弟は
難関の司法試験にパスすることができた。
苦労も多かったろう、その時の思いに幼少期
いじめられ続けた臥薪嘗胆の思いというものも
見え隠れしていたのだろうか。そんなことはないかな。
あの時あのゲーセンでの思い出のこと
こんど会った時に聞いてみることにしよう。

とはいえこの従兄弟、メッチャ面白く、一緒に遊んでいても楽しかったし
懐がでかいというか、奇想天外なことをしたりする。

彼の友人から聞いた話だ。
学生時代、友人らと温泉旅行に行った時のことだったらしい。
湯につかった後、悪友たちは

「おい、たかぴーの服、もって帰っちゃおうぜ!」

と脱衣場から従兄弟の浴衣、下着類の一切を
先に部屋に持って帰ってしまった。
湯から部屋までは遠い。

「あいつ、どーしてるだろうな!」

「パンツすらないんだから、
 さぞかし困ってるだろうな!」

友人らはウッシッシと部屋でそう盛り上がっていたところ、従兄弟が
バーン!と扉を開け、威勢よく帰ってきたそうだ。
フルチンで前も隠さず!
そして一言

「いい湯だった!」。

皆が驚いたのはフルチンで帰って来たことはもとより、
服の一切を持ち去られたことについて
何も問わなかったことだそうだ。

「服? 
 そうそう、無かった。だから裸で帰ってきたのさ」。

おもしろい話はいろいろ聞いた。が、残念なことに
シモネタが多い。

司法試験に受かった後の長い泊り込み研修の時のある夜、
打ち上げの宴会があったそうだ。
もちろん酒も振舞われる。缶詰だったし久々の酒だ
美味くないはずがない、が真面目な面々しかいない
しかも皆浮世離れしている。どこか冷めた宴会になってしまうのは
否めない。とはいえ酔いも回りに回った頃、
舞台にさっそうと現れる人物が一人。
全裸だ。
従兄弟だった。
しかし全裸とはいえ、下半身の息子のその場所にだけ、
なぜかアヒルのぬいぐるみがささっていたとのことだった。
宴会は爆笑の渦と化したそうだ。
本人はあまり覚えていないというが、その実、どうなのだろうか。。。
人一倍責任感の強い従兄弟。盛り上げようという気の責任感も
人一倍だったのだな。

でもこんなこと書いちゃって、よかったのでしょうか。
私のこと訴えないでくださいね(笑)。

« ナンバーを掃除 | トップページ | KONI高速走行楽しみ »