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2006年9月28日 (木)

エアマスセンサー交換

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ネットで購入したエアマスセンサーを交換した。ヤナセだと7万くらいするそうだが

3.3万だった。

エンジンルームは一度も掃除したことがない。汚いな。

ということだがいったいエアマスセンサー、どこにあるのやら。。。

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これかな?

これだな。

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あったあった。これだ。

オレンジ色のがエアクリーナー。その右上のまあるいのがエアマス。

エアクリーナーで空気をフィルタリングしてエアマスを通って

シリンダーへガソリンの混合気を送っているってことだな。

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右が外した古いの。左が新品。箱に型名。

エアマスの中には小さく細い電極みたいなのがある。

それがセンサーになっているようだ。kameさんによると、その電極だけを替えればいいのでは。であれば数千円で済むかもと言っていたが

そうかもしれない。枠ごと替えなくちゃいけないのはなんとも

反エコロジーである。

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エアクリーナー(フィルター)を外した底。

葉っぱやら埃やらがかなり溜まっていた。

掃除機で吸い取りたいところだが大雨だったので持ってくるのが面倒。

雑巾で拭き取ることにした。

フィルター自体もフィンの一枚一枚の間がかなり汚かったので

ふー!ふー!と口で強い息を吹きかけて埃を飛ばした。数十枚あったので

おかげで貧血でぶっ倒れそうになった。

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組み上げ、完成^^

蚊が多いので蚊取り線香を焚いたがなにをそれっぱかりと

向う見ずなやつらが大量に襲ってくる。おかげで数箇所さされた

かゆくてかなわん。

考えたら引っ越してからこっち、外に出る度に食われる。

自然が多いのはいいことだが、勤務先も、裏の家が取り壊され

この夏は更地に雑草ぼうぼうで大量の蚊が発生し

平均すると一日2~3箇所は食われている勘定になっていた。

蚊に食われた時は、不思議とシャワーを浴びるとかゆさが治まる。

患部だけじゃあだめで、全身だ。

だから洗車したりで大量に食われても、いちいちキンカンぬったりせず

ちょっと冷ための湯でじゃーっと全身浴びちゃう。

シャワー浴びれない時は、キンカンで対処するしかないが、

かゆみを治めるのは、患部にぬるだけじゃあだめ。治まらない。

広い範囲で塗ることだ。

例えば手首をさされたら、ひじから下、ぜ~んぶ、全面に、塗る。手のひらだけ

除く、ってなくらいで、ね。

ってこの前眉間を刺されたんだけどキンカン塗ったら目が開けれなくなりました。

2006年9月25日 (月)

コニーの高速インプレ

コニーの足に換えたがやっと高速走行ができたので
インプレを記しておく。

100までは、市街地走行と同じく柔らかいまま。
ザックスPSの時はドンドンコツコツとひろっていた
路面の継ぎ目や荒れた不整地も、きれいにいなしてくれる感じ。
よい乗り心地で同乗者も楽だろう。

120から140にかけて、ちょっと不安感があった。
ハンドリングが落ち着かないのだ。
フロントトー角が12度だったのだが、今回フロントをシムで
上げている為か。
(右5→5+2、左4→4+1)
フワフワとゆるいったらありゃしない。クラウンだ。
メルセデスのハンドリングちゃいます。

150。
危ない。
怖い(笑)。
フロントが落ち着かないだけか?
分らないが、全体的にフワフワと緩い。
アライメントで改善はできると思うが。。。
フロントアップでトー角10度前後になったとふんだが、甘いかな、
8度くらいになってしまったか。
確かノーマルが9度のはずだが、それより緩くなったか。
なんだろう、こんなにしっかりしたアブソーバーなのに。
アライメントのせいであることを祈ろう。

それと、120前後からステアリングがブレだした。
ほんの少しだが、以前もこんなだったろうか。
3~4年前、SPSでブイブイいって高速走ってた時は
ビタァ~っと、それこそレールの上を走ってるようで
ステアリングに何の挙動もなかったが、どうしたんだろう。
ホイールバランスも狂ったかな。

近いうちアライメントと共にみてもらうことにしよう。

とはいえコニー、市街地で少々驚いたこと。
よく通る道で下りの不整地がある。
信号でひっかかるので、トラックなんかの重量車の影響で
洗濯板状態。そこでの乗り心地がズバ抜けていい。
下りなんでブレーキ踏みながら減速していくが
ザックスPSの時は
「ドドドドドドドドド!」
ってな感じだったが、何事もないように減速していってくれる。
これはすごい、と思った。

あと中低速コーナーでのロールも減っている感じがする。
ステアリング操作に機敏には反応しないが、
なぜかロールしない、という。
これはまた詳しくインプレしたい。

  

 

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写真は次男が生まれた日のたかぴー号。
撮り終わったらオギャーと出てきた(笑)。

この場所にこの間スカリエッティー(フェラーリですね)がとまってた。
ありゃあかっこええです。

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食べる次男、ナンパの長男

「愛情」の反意語は「憎悪」ではない
「無視」、「無関心」だとマザーテレサが言っていたと
麻生さんが何度もテレビで言っていた。

次男(1才)だが、車の後部席に乗せ、妻が運転すると
大泣きする。半端な泣き方ではない。大絶叫だ。
妻につまりママに背中を向けられ、無視されていると
思うからなのか。
私が横に座ってあげてもだめだ。妻が横にいってあげないと
だめ。
義母でもだめ。
大絶叫と書いたが想像に難いだろう、でも書いてもうまく伝わらないな
あの叫びのすごさは。
 
 
 
一昨日は楽しく公園で遊んだ。
相変わらずナンパ師の長男。

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次男はだいぶ年上の男の子のキャッチボールにまじろうとする。

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だめだとわかるといじけて何か食べ始める。
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妻が後で来たがまた食べ始めた。

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長男はまたナンパを始めた。

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2006年9月22日 (金)

出てきたレコード

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レコードプレーヤーをつなげたので、聴きたいレコードを
漁り始めている。今月初旬から実家から住居へ
レコードを少しずつ移転だ。

まず一枚目はWINGSのVENUS&MARS。
ジャケットがとてもきれい。(写真はピンボケ)

オープニングのタイトル曲もきれいだしメドレーっぽく
“ROCK SHOW”に入るところは特にかっこいいです。
この歌の中に出てくる詩
「おい、あの男の持ってるギター、あれ
 ジミーペイジの持ってるのに似てないか!?」
なんて部分もあって面白いですよね。でもカラオケで無いんだよね。
よーいしといてほしいなあ、歌いたいなあ。
B面のLISTEN TO THE WHAT MAN SAID
もとてもいい歌。

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BECK,BOGERT&APPICEのLIVE IN JAPAN
(2枚組み)。
これ今CDだと入手できないと思うが、、、あるのかなあ。
デキはかなりいいアルバム、BECKのギターのエキスが随所に入ってる
という面では。LIVE WIREより間違いなくいいです。
LIVE WIREは音が悪いでしょう、特にドラムの。
このBBAライブも、ベースやギターの低音が響く時、
ドラムのどこかが共振して、ヘンな音が入っちゃってますよね随所に。
そこんとこはよくないですね。

JEFF’S BOOGIE なんかカッコよすぎだし
LIVIN’ ALONE のソロは、未だにどうやって弾いてんだか
わかんないまま。
実は好きな曲だけ集めて「永久保存版」ってテープを作った
(1991年 ^^;)。今朝はそのテープを聴いて出勤。
モチこのLIVIN’ALONEも入ってるんだけど、
今聴いても新鮮なんですよね。テープもレコードから落としたのに
いまだによい音(ほどほどに)出してくれてて
うれしかった。

アルバムは、随所にすごさを感じるのが、2枚組のライブを通して、
BECKのミスピッキングがほとんど無いってとこですね。
これはまさに神技だ。

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同じくBECKのBLOW BY BLOW。
邦題は「ギター殺人者の凱旋」なんてついてたけど、その根拠はなんだった
ろうか。
このA面最後“SCATTER BRAIN”は痺れた。
中学の時入手しましたが、インストロメンタルアルバムで
これだけ興奮したものは他になかった。
SCATTER BRAINは、その曲に入る前の
前奏もとても美しくていい。
ギターはたぶんレスポールだと思うが、こんなにきれいで
味のある音、弾き方をするのはなかなか難しいでしょう。
このアルバムをコピーしてた時は私もゼッテーギタリストになるんだと
確信をもってたんだけど、いつ挫折したんだっけな。
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アルバムについていた“SCATTER BRAIN”の譜面です。
これ見て持ってたアコースティックギターで一生懸命コピーしましたね。
学校では私を除いて誰も弾けてなかったんじゃあないかなあ。
大学の時同じくギタリストを目指してた友人にも
びっくりされましたね、弾いたら。
でも、井の中の蛙、だったんですね。

同じ、と言ったら失礼だけど、福山雅治の「井の中の蛙」話でも
面白いのがある。
彼、九州の出身なんだけど、上京(デビュー)前、ギター弾かせたら
彼より上手い人いなかったんだって、彼の周りには。少なくとも
九州ではイチバン上手い位に思ってたらしい。事実彼は今でもとても上手い
(と私は思ってる)んだけど、で、歌手になるべく片道切符で東京へ。
ヤマハかクロサワかイシバシかわからんけど、どっかのギターショップに
入って大見得を切る。

「あの~、
 ギブソンかぁ~、
 フェンダーかぁ、
 ないんすかぁ~
 んでぇ~、
 ちょっとぉ~
 弾かしてもらいたいんですケドォ~」

「はいっ!
 お待ちください!」

と言って出てきた店員、
ギターをアンプにつなげ、試し弾きにチャララッと弾いたのが
メッチャ上手かった! そうな。
脳天に釘。
こんな、イッカイのたかが一楽器屋のたかが一店員が
この俺様より遥かに上手い、とね。
正に井の中の蛙、でしたね。_023

このアルバムは何といっても一曲目の
“KILL THE KING”が全てです。
後は大したことありません。
んだけどCOZY POWELLのドラムのなんとかっこいいこと!!
長男の幼稚園にプロのドラマーのお父さんがいらして
話す機会があったんだけど
私がこのKILL THE KINGの
COZY POWELLを言ったとたん

「あ!好きです!好きです!
 あれ!私も好きなんです!」

とシャウトされました。
それだけかっこいいんです。
この人のドラムの音って、きれいに張ってるんですよね。
締まっててメリハリが気持ちいいし、音質もいい。
ボンボンとタイコみたいな音のドラム出す人いるでしょう、
誰とは言わんが結構多いんですよ、あれはだめ。
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ぜんぜん大したことない
クラプトンのSLOW HANDですね。
まじめに作ってないでしょ、このアルバム。ギターもぜんぜん上手くないし。
一曲目はCOCAINE。薬漬けで作ったのミエミエ。
バカにしてるよね。音質もサイテーだし。
買った私も恥ずかしい。
お子さんが他界されたでしょう、
だからね、子供も薬漬けで作ったらだめですよ。_018                 

言わずとしれたHOLSTの組曲THE PLANETSを
シンセでアレンジした大作。
大音量で聴きたいなあ。

富田さんのすごいのはオープニングでもー始まってて、
無線で地球と交信するシーンがあるのだが、その音。
シンセで合成音を作って、それをなんと富士山5合目まで行って
無線で飛ばし、伊豆スカイラインで受信(!)したものを採用している。
なんて拘りよう。すごさを通り越して呆れます。
富田勲は日本ではそんな知られてないかなあ。
むか~し、キャプテンウルトラって番組あったでしょう、
(ウルトラマンやウルトラセブンの前身)
あのテーマ曲もこの人が作ったんですよ。
シュピーゲル!シュピーゲル!シュピーゲル!ってやつ。
かっこよかったよね。

平原綾香とかいうのが「ジュピター」とかいってこのHOLSTの
「木星」のサビだけ歌にしやがった。あんな右も左も
分ってないバカ女に歌われたくないですねこの名曲。
だってHOLSTは編曲はおろか抜粋も一切認めなかったんですよ
このTHE PLANETS。楽器の編成までをもぜ~んぶ
指定してたっていうし。

兎にも角にもこのアルバムは1970年代ですからね、レコーディング。
すんごいですわ富田勲。

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2006年9月19日 (火)

木戸と乾燥機

浴室の小庭の木戸を直したのだが、上部枠の木の隙間が
広すぎとの批判を受け、再度木を打った。
足は長男。

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鋸や金槌での作業、楽しんで参加するかと思いきや、
見てるだけ、で、すぐにテレビを見に部屋に戻ってしまった。

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古さがよく出ている杉の木を選んだが、これももちそうもないな。7~8年
かなあ。

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小庭の外から。

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浴室内から。

 

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乾燥機も壊れた。
今どき珍しいボッシュのだ。
妻からガスと聞いていたが、ボッシュでガスはないでしょう、電気です!

乾きがえっらく速い、優秀なマシン。なのだが、さすがに20数年も使っていると
ボロは出てくる。
使用の度、下部から水が滴ってくるようになってしまった。
挙句、止まってしまう。壊れたな。
分解してみるが、分らん。
その都度、風呂桶4杯もの水を雑巾で排出しなければ
ならなかった。しょうがない、サービスマンを呼んだ。

で、どうしてこんなに水がでるのだろうと
思ったら、このマシンなんと、水冷だったのだ!

待つこと4日、やっと来てくれたサービスマン(約55)。

「この機械に会えて、うれしいです!」

「はあ?」

「これはサイコーの機械です。
 20数年前は、これ以上のものは、無かった、
 これがこの世でイチバンの乾燥機、でした!」

「ははあ~、そうなんですか」

「水冷ですよ!このマシンは、水冷、なんですよ!」

ややコーフン気味。
 
「水冷ですか、そりゃすごい。
 どうりでよく乾くと思った。。。」

とハナシながら作業してもらったら、簡単に直ってしまった。一瞬だった。
機械最下部奥のファンが埃か何かで止まってしまっていたのだ。
それを電源オンで機械が動いている状態の時に指で回してやったら
元気よく回りだした。
ドレンからの排水が効かなかったのも、このファンと連動している
からだと言う。
ファンやドレンが詰まっているから、機械も止まってしまって
いたのだな。

「どうか、大事に使ってください!」

「そうですね。そうします」

「あ、でも、壊れても、もう部品ありませんから!」

大事に使わないとだめだな。
左は次男。私のいくところには必ず付きまとってくる。

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2006年9月16日 (土)

KONIの足に換えました

無事コニーのショックアブソーバーに換えた。

乗り味がだいぶ変わった。違う車のようだ。
一番の違いは、当たりがやわらかくなったということ。
マンホールや路面の継ぎ目などで
「ドン、ドン」
ときていたものが、まろやかに変わった。
「ウニュ、ウニュ」
という感じか。
もちろん収まりは1回で済む。振られが続くことはない。
さすがコニーだ。

前も書いたが、コニーのアブソーバーは縮み側の
減衰はあまり制御しない。
だから上記のような突き上げにおいての衝撃は
スプリングだけで一時吸収させているということだ。
 
家族も乗るし特に後部席は妻や子を乗せる時が多いので、
その点は高く評価できる。
妻も気付くかな。

とはいえまだ高速走行をしていないので、その点はどう
変わっているのかは早く試したいところだ。
特に120~160の、ザックスセットの時で一番
おいしい速度帯がどうなっているか、だ。

また、ザックスセットでは硬いがゆえに、カチッとした
乗り味、ハンドリングも特徴の一つだったが、
その点も、薄まった印象となる。
ハンドリング自体も穏やかなものになったからだ。
どちらがいいと言うことはできないが、私の使用環境から鑑みると
このコニーは大ビンゴの足といえる。
いやいやまだ高速走行がまだだったな、あまり多くは語らないようにしよう。

タイヤは今、コンフォートにふってるミシュランのパイロットプライマシー
だから、このアブソーバーにはもう少し硬めのものの方が
いいかもしれない。
最低でもプレセダ、パイロットスポーツ等の方がいいとも思える。

一応今の内容を記しておく。


ザックススプリング+ザックスショックアブソーバー(ザックス
パフォーマンスセット)
シム
前右5番、前左4番
後左右(4+3)番
車高
右前指0本、左前指1本
後左右指1本


ザックススプリング+コニーショックアブソーバー
シム
前右(5+2)番、前左(4+1)番
後左右変わらず。
車高
右前指1本、左前指1.5本 
 → 追加添付したゴム板が落ち着いてない。
後左右変わらず

今回アライメント調整は見送ったので、トー角(前)は12度のまま。

ちなみに以前15度にしたことがあるが、やはり12くらいがよいかも。

(ノーマルは9度)

足を手がけてもらったのはいつもの用賀サンビーム
車は朝預けた。
夜、引き取りに行く前、コニーの前オーナー
kameさんにこれから取りにいくことをメールしたのだが、
それを見て、kameさんも夜サンビームに来てくれた。
久しぶりに会えてうれしかった。車談義に花が咲いた。

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2006年9月15日 (金)

隣地との塀

豊島区の方で土地(更地)を購入し、建物を建てている時のこと。
今年の初頭だったか、隣の方が、
境界に塀があったのだがいつの間にか無くなっている、
建物を新築するのなら、塀もお作りになられるんでしょう
と建設現場に聞いてきた。
設計上、予定はしていませんがと現場監督が応えるとそれはおかしい
とおっしゃった。

「前のお宅があった時は、うちとの境界に塀があったんです。
 で、更地になって、この建物の工事が始まりました。が、
 更地になったかどうかくらいの時に、塀が
 無くなっていることに気付きました。
 塀はどうかもどして頂きたい。
 あの塀は、前のお宅と折半で建てたものだったのです」

立て板に水でそう説明されると現場監督だけではハナシが
まとまらない。設計会社からどうしましょうかと
施主である当方へ相談があった。

隣地の方はいきなり所有物である塀を撤去されてしまったわけだ。
何一つ悪いことしていないのに。

しょうがない、塀くらい、では当方負担で作りましょうかと
父(社長)に相談するとそうはいかない

「前所有者と相談するよう、不動産会社へ
 折衝しなさい」

とのこと。
それもそうだ、当方も善意無過失である。更地で買った土地、
下見の時点で既に塀は無かった。いきなり塀再設置の義務は無いだろう。

しかしここからが難儀だった。不動産会社へ相談しても
埒が明かないのだ。
まずは前所有者と相談してみます、と返してきたが、
3~4日経っても返事が無く、こちらから連絡すると

「前所有者は、塀は取っ払ってません、と言ってます」。

取っ払ってないと言っても、今無いものは無い。

「では更地にした業者が誤って撤去したんでしょう、
 その業者を追うことはできますか」

「調べてみましょう」。

また待つこと3~4日、連絡が無いのでこちらから連絡すると

「業者が壊したようですが、業者は壊していいものだと
 思っていたようです」

書くとこうだが、不動産屋もきっちり言わない、
曖昧に話すので私はそう理解した。

「そうですか、ですと、前所有者がきちんと指示をしていなかった
 わけですね。いずれにせよ塀は建てなくてはなりませんので、
 費用の幾ばくかはご負担をお願いすることになると、
 お伝えください」

こちらからそうズパッと話した。

しかしはて、どうしようかと思った。
善意無過失である点では、隣地の方、当方ともに一緒だ。
過失は前所有者にある。
ヤクザな言い方をすれば、建て直しの費用は前所有者にて
全額を負担してもらうべきなのだろう。
だがそれで本当にいいのだろうか。過失はあったとして、
全額を負担せねばならないのはあまりに無慈悲ではないか。

建築屋から連絡があり、4~5日の間に判断(塀再設置するか否か)
してくれないと、工事費が倍くらい変わるという。
そりゃそうだ、エントランスの部分の工事スケジュールに関わってくる。
いそがにゃあいかんと、とりあえず隣地の方、当方、工事会社、
設計会社及び土地の前所有者の5者で現地に集まって方針をまとめることにした。

しかし当日、現地に土地の前所有者は来られなかった。
代わりに不動産屋が来た。
建てなくてはならないことは決まっているので、
どういう塀をいついつまでに作るかということを
隣地の方へ説明するのが主旨の打ち合わせとなった。
結果、設計会社の案の塀を作ることで良いことになった。

塀新設の見積もりは約20万円だった。
問題は費用の負担をどうするかということだ。
私は隣地の方に費用を負担頂くことは避けなければならないと
思った。

「さて、塀の費用ですが、撤去した過失は
 土地の前所有者にありますよね。
 新設の費用は基本的には現在の建築主の当方が負担しますが、
 一部、つまり二分の一から三分の一の費用は
 前所有者にご負担頂きたい旨、ご説明をお願いいたします」

と、その打ち合せの時、皆の前で不動産屋に私はそう依頼した。
不動産屋は了解した。

話しはそれでケリがついた。

しかし実際は前所有者にうまく説明できなかった不動産屋が
当方からの要請額(7万円)を補填し、納まることになった。
当方は残額約13万円を負担した。
私はこの解決で良いと思ったが、相談した有識者によると、
そんなことやってちゃあだめだ、と言う。

そもそもたかぴー側は土地購入前、更地の時に既に塀が無かった
わけだから、隣人が「塀が無い」と、何も知らないたかぴー側へ
問題を提起してくることがまずおかしい。

「そうですか、無いのですか、でしたら前所有者と
 連絡をとりあってください。そして相談されるといいでしょう」

と隣人へ返すのが正解だという。それ以上、何もすることは無い、
逆に何もしてはいけないのだ、と。

「でもそれじゃあ隣りの人、かわいそうでしょう、
 建物が建つから、
 『ああ、建つのだな、これで塀もできるのだな』
 と思っていたら、いいや、塀はつくりませんよ
 と言われたわけですから」

と反論すると

「じゃあいい。
 百歩譲って塀はたかぴー負担で作ったとして、
 持分はどうする。
 新しい塀はたかぴーのですよ、持分は100%たかぴーのですよ、と
 きっちり覚書を交わすことができるか?
 できないだろう、じゃあ、
 やっぱり前所有者と直接話させないとだめだ」

第三者つまり有識者の回答は聞き方によっては無責任ともとれる。
お隣さんはたかぴーにとってこれからずっとお隣さんだ。
揉め事も起こしたくないもちろん前提に仲良くやっていきたい
というのがある。

私は有識者にこう話した。

「しかし新しい塀を作ったとしたら、得をするのは誰でしょうか。
 たかぴーなんですよ。
 たかぴーが得をする。
 新しくきれいな塀ができるわけですからね。
 だから、得をしたたかぴーと、
 過失のあった前所有者が負担をする、というのが
 私は一番の解決方法なのだと思います」

本当はどうしたらいいのかは、分らない。だけど
「隣人となる方との仲は壊したくない」
まずそこが大前提にあった。
 
 
 
新総理は安倍シンゾーさんになるんでしょうが、また靖国には行きそうですね。 
隣国とのいざこざの報道を耳にする度
国交ってのは難しいんだなあとつくづく思うが、
とにかく隣国にはまず誠意をもってお付き合いすることだ。
そんなことも分らない人には首相になって欲しくないな。

今日はこれからコニーの足に入れ替えたメルセデスを引き取りに
行くんです。
楽しみです ^^

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2006年9月14日 (木)

シム作成、木戸修復他

コニーショックアブソーバーへ交換
いよいよ明日だ。
ショップでやってもらう。
で、ついでといってはナンだが、気になっている車高を同時に
いじってもらおうと思う。
フロントだけ気持ち上げたいのだ。
メルセデスは車高を「シム」というゴム板で微妙に調整できる。

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写真左端にあるドーナツ状の黒いゴムがそれだ。
私のフロントは現在最厚のものが入っているので、基本的には市販のシムで
これ以上車高を上げることはできない。
で苦肉の策が、ゴム板。
ホームセンターなんかで200円くらいで売ってる。これをシムに合うように
ドーナツ型に切って、既存のシムの背中に貼ろう、というもの。

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左は10ミリ厚のゴム。これから中をくり抜く。
右のは下がノーマルのシムで、上に乗ってるのが完成品(笑)の
5ミリ厚のもの。

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左5ミリのは助手席側に、右10ミリのは運転席側に貼る。
実は運転席側は助手席より一番手厚いシムが既に入っているのだが、
それでも運転席側の方が、若干車高が落ちている。
1~1.5センチくらいなのだが、これで解決されることを望む。
 
 
 
 
昨日の水曜は日曜大工に精が出た。
雨だがやろうと思ったらやらないと気がすまないので、やった。
実は先だって、風呂の小庭を清掃したのはいいが、
その小庭への出入り口の扉がかなり老朽化しているのが気になっていたのだ。

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上部の枠にあたる部分は竹の編んだのがきれいに入っていたのだが
朽ち果て落ちてしまった。
しょうがない、杉の木材を買ってきて、切って釘を打ち込んだわけ。

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こうしてみると風情あるように見えるが、
実物はボロボロといったところ。義母に聞くと10数年前に大工さんに
作ってもらったワンオフ品(笑)だとか。
そろそろたかぴーのワンオフ品を作るかな。

 
 
 
おまけ。
 
実家にあった私の小学校時代の「作品」。

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小学校のいつ頃だろう、描いたのだが、どこか、玉高だか区役所だか
忘れたが、に出展された絵だ。
だから裏を見てもボール紙が貼られて何年の時のか分らないのだ。
額は母と一緒に、出展から凱旋(笑)した時に買いに行ったのを
覚えている。サイズがピッタリだ。確か下北だったな。

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大学4年。
初めて「頼朝ライン」を知った時のスナップ。
当時はヤマハのRZ250R。
交通量の無い峠道なので気に入って、以降、毎週行くことになった。
会社員になっての初ボーナスは皮ツナギを買って
膝擦りまくって走るようになっちゃいました。
時効ということで許してくださいm(___)m

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2006年9月12日 (火)

鰻の一哉

友人がラーメン屋を始めたいと言っている。
今は三茶で鰻屋をやっている。
なかなか美味い鰻を出す。
店は狭く古く汚い(ごめん)が、配達を主にやっているためか、
美味いしリピーターも多いようだ。そこそこ流行っては
いるんじゃないかな。
会社を辞めてからこっちは、勤務地に近いこともあって
ちょくちょく食べにおじゃましている。実は昨日も食べてきた。

名を一哉という。攻撃的なやつで、一度しゃべりだすと止まらない。
高校時代に知り合ったが当時はワルで近寄り難かった。
喧嘩っ早かったし、売られても口撃でまず負けることはなかった。
今は結婚して子供もいるから落ち着いているけれども。

高校は中退。工業系の学校だったか。
私とは友達を介して知り合ったが、ろくに知りもしない頃の
ある夏、いきなり湘南に泳ぎに行こうと誘われた。バイクでだ。
全部で7~8人だったが、私はバイクをもっていなかったし
いつの間にかその一哉の後ろに乗ることになってしまっていた。

「嫌だな」

一哉は運転が荒いことでも知られていたし、バイクはカワサキのKH400。
2ストすっ飛びマシンだ。

「事故だけは勘弁してくれ」

そう願っていたが、予定してたその日、朝から土砂降りの
大雨となってしまった。
無理だとは思ったが集合場所に行くとそれでも皆そろってい、
意気消沈はしていたが一哉だけ
さあ行こうぜ!
と息巻いている。
しかしいざ出発しても、30分も走らないうちに
引き返すことになった。真昼間だというのに真っ暗だったし
バイクで雨風を受けて走るから寒くてかなわない。

帰路、他の友人たちはテンでバラバラにいなくなってしまった。
一哉は振り返り後ろの私に聞いた。

「ウチ、来ないか」

断る理由もない。嫌だったが、首を縦にふった。

「さみーな!まず風呂に入ろうぜ!」

家に着きバイクを止めるなりいきなりそう言われた。
ずぶ濡れの服を玄関先で脱ぎ家に上がらしてもらうと
急ぎ沸かしてもらった風呂に二人で浸かった。
こんな、三茶でワルで名の通ったやつの家に来、
更に二人で湯船に浸かるなど夢にも思ってなかった。

風呂から上がると手でチンチンだけを隠して
廊下を歩いて一哉の部屋に行った。と、廊下で
ばったり一哉の妹さんに会ってしまった。
しょうがない、こちらはずぶ濡れだったから着る服が無かったのだ。
妹さんは顔を赤くして目を手で覆っていた。
 
 
一哉の部屋におじゃますると、音楽聴こうぜ!という。
サザンのファンらしい。テープをかけ、
桑田の声にあわせて大声で歌う。歌詞は全部暗記していたようだ。
少し感心したが、リズムがイマイチだったし、高い声は出ているけれど
テープとおそろいじゃないと外しそうだなと思ってその意を伝えた。
私も当時はプロを目指していたギター少年だったのだ。
一哉はちょっと驚いた顔を見せたが、そうかなと言って
BGM無しで歌い始めた。
やはり難しいところでは多く外していたし、私がそれなりの耳を
持っていることを知った一哉は自分のおかしなところを
私からヒヤリングした。

そうこうしているとおばさんが
ご飯が焚けたからこっち来て食べなさい
と言いに来てくれた。
なんとも一哉は不良と言われてはいるが、家族はいたってアットホームなのだ。
そうかそうか、実は根っからのワルではないのだなと思い改めた。

ギョーザをたんと焼いてくれていた。大きな皿に2皿。
いただきます!と箸をとった時、

「こんにちは!
 一哉いますか!」

と友人が訪ねてきた。
水野という。

「マジか。。。」

一哉の上をゆく、ワルだ。三茶だけではない、あたりで広く名を馳せていた。
名と顔だけは知っていたが、私は話したことはむろん、無い。
一哉と工業高校が一緒だったが、一哉が中退すると聞き一緒になって辞めた仲だ。

「お前、辞めんだって?
 じゃあ、俺も辞めるよ」

とホントに辞めたのだ。そんな有名なヤツとこんなとこで会うとは。。。

水野は靴を脱いで上がると挨拶もそこそこに

「おお~っ!
 俺もハラ、減ってるんですよ!ギョーザ食っていいッスか!」

と、結局3人で食べることになった。
はじめは食が進まなかったが竹を割ったような二人の性格と
会話の楽しさから、いつの間にか私も美味しく食べるようになっていた。
気付くとおかわりしたくなっている。

「おかわり、ありますか」

と聞くと

「あ、俺もおかわり!」

と水野。

以降おかわりし続けたら、
なくなったんで焚き直すからちょっと待ってくれとおばさんに言われた。
その時点で私と水野と一哉はどんぶりで3杯ずつ食べている。
炊き上がったご飯をまた3杯ずつ食べ、私と水野は

「ごっつあんです!」

と箸を置いた。
一哉はとっくにダウンしていたし、いきなり人の家で
どんぶり6杯も食うんじゃねえと怒っていた。

お腹いっぱいになって、トイレを借りて脱糞し
しばらく音楽談義を続け
近いうちにバンドをやろうと約束して一哉家を辞した。
 
 
約束はしたものの、あまり乗り気ではなかった。
彼がやりたいのはサザン系、いわゆる和のポップスだ。
リーリトナーやラリーカルトン等など難易度の高い曲をコピーしまくり、
ジェフベック、ツェッペリンをこよなく愛していた当時の私には
サザンのコピーを奏るなど沽券の下がるようなことはやりたくなかった。

どう断ろうか。。。
まあ、もし、本当にやろうと連絡が来たらの話だが、と
頭の隅に追いやっていたが、意外な連絡が
別な人間を通して入った。
タカネ君だ。
もともとこの一哉を私に紹介したのはタカネ君だったのだ。
少し私の視線から外しながら話し始めた。

「あのね。。。
 一哉の、ね、妹さんが、ね、
 キミと付き合いたいんだって。
 んで、また会いたいって、言ってんだけど。
 どうする? 
 なんか、あったの?」
 
「いや。。。」

全裸を見られたとは言えなかった。
 
  

   
妹さん、元気ですか?お子さんも。
その昔、餃子は大変ご馳走になりありがとうございました。
今度は一哉の縁日、お手伝いしましょうか。 

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2006年9月 9日 (土)

KONIの足 ^^

kameさんからコニーのアブソーバーを
譲ってもらうことになった。

同じ車に乗ってるのだ。W202C240ワゴン。
写真は昨年オフの時の。

Photo_12

      

コニーのアブソーバーを入れていたのだが、アラゴスタ
(オランダの「足」のメーカー)に替えたので
譲ってくれるということだ。

たかぴー号の足は今、ザックスのパフォーマンスセット
というのが入っていて、スプリングとアブソーバーが
ノーマルから替えられている。

このザックスのセットもかなり調子がよかった。
メルセデスW202のシャーシと相性がいいのだ。

まず乗り心地が損なわれないし、高速でのスタビリティーが
異様に高くなる。

5速だと3千回転で120キロくらいなのだが、
ここから5千回転までの間のスタビリティーが実に、いい。
私はラグジュアリー志向、思いっきりコンフォートに振ってる
タイヤを履いているのにだが、200出しても
なんの問題も、おきない。
且つ市街地での乗り心地が損なわれていないというすんごい良い足なのだが、
ビミョーに欲を言うと、ほんの少し、
5%くらい、スプリングを弱めてもらいたい、で、
アブソーバー(減衰力)を5%、強めたい。
そうすると、好みとして、怖いものなしに、なる。
すんごいたかぴー仕様の「足」になってくれる。

と思っていた矢先、kameさんが使ってたコニー
「いらない?」
って聞いてきてくれたのだ。
まさに渡りに舟!

コニーのアブソーバーは少々高い。
買うと4本で6万くらいするし、たかぴー的にコニーは
ビルシュやザックス、モンローなんかよりステータスが高い。

コニーのは、私のザックスとは違い、減衰力を弱、中、強と
3段階に調整できる。
で、この減衰力調整なのだが、コニーのすごいのは、伸び側の
硬さを調整させる、ということだ。
つまり、縮み側は制御しないから、単に硬くしても乗り心地はあまり損なわれない。
縮み側はスプリングに任せるということだ。

たとえば左コーナーに突っ込んでいく。
ハンドルを左に切っていくと同時に、左のスプリング、ダンパーは伸び、
右のそれらは逆に縮まっていく。
それが普通のスプリング、アブソーバーだ。
コニーは違う。
ダンパーが伸び側の減衰力を調整するから、
左のダンパーが伸びないのだ。だから右は縮みにくい。
つまりロールしにくいということになる。
当然アンダーステアも出にくい、スタビリティーあるコーナリングが
得られるということになる。
まさに理想とも思えるショックアブソーバーだ。

しかし、だ。心配事もある。
交換を相談したショップ曰く、あるお客、同じW202で
アイバッハのスプリングにコニーのアブソーバーを組んだところ、

「高速で揺れが止まらなくなった」

そうなのだ。アイバッハはノーマル比1インチダウンだ。これは私のザックスもほぼ同じ。
5センチ、下がってしまっている。
ところがだ、5センチ下がってしまうとコニーは、
「減衰力の調整がうまく働いてくれなくなる」
のというのだ。

「んなバカな。。。」

とは思ったが、はたと、思い直した。
逆の経験があったからだ。

私は今のザックスパフォーマンスセット、実は車高が下がりすぎたのが嫌で、
スプリングだけ、ESPRIT/SPORTに替えたことがある。
車高は上がって好みのものになった。
シム(車高を微調整させるための、スプリングと車体の間に入れるゴムの板)を
最薄のものにしたので、ノーマル比3センチダウンという理想の車高に落ち着いた。
ところだ、が、乗り心地が好みのものではなくなってしまった。
アブソーバーが上手く働かなくなってしまったのだ。
高速で、フワフワ感の収まりの悪さが頻繁に出るようになってしまった。
180以上出すといいのだが、120~140の間が顕著に悪くなった。
一番使う速度帯だ。

「こりゃ、いかん」

アブソーバーというもの、特にザックスパフォーマンスセット
での場合は特に、そのスプリングでの有効挙動長内において、抜群の
ポテンシャルが発揮される。だからESPRIT/SPORT
スプリングのように、挙動長が2~3センチ伸びたものということになると、
これはいいポテンシャルが出ないのだな。

すぐにザックスパフォーマンスセットに戻した。
車高を上げたかったため、シムは標準のものではだめで、
リヤは最厚の4番のものに、3番のシムを加工したものを貼り付け、
自作7番(笑)のものを入れた。
フロントは左側は最厚の5番。右は一番手落として4番としている。

で、話しを戻す。
先のアイバッハ+コニーのW202の場合、どうして解決させたか。
今の私のESPRIT/SPORTの例と逆だ。
シムで車高を上げて解決させたんだそうだ。フロントを最厚に
そしてリヤは3+3で自作6番としたらしい。
で、フワつき解消、良い足になった! と。

長くなったが、コニーのアブソーバー、減衰力を5%強めたいという
たかぴー好みの理想論に理論的には合致しそう。
路面に吸い付く追従性と快適性を実現してくれるコニー。
いやあうれしい。
楽しみでしょうがない。

kameさんコニーは安く譲ってくれて本当にどうもありがとう!
で、いつビールオフするのよ?

この写真はちょっと前のですね、6月かな?

この車がどんどん好きになってってますね、私(笑)。

Be901

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2006年9月 8日 (金)

食欲の秋の次男

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月の土地?

以前書いたが谷中修悟って人、月と火星に1エーカーずつ土地を所有
と紹介文にあって、

http://www.tfm.co.jp/personality/personality.php?id=37

疑心暗鬼だったけど、ネットでガンガン売られてるんですね。

http://tokyo.cool.ne.jp/brand1/luna.htm

ナニ?これ。

「ネタ」狙いかね。

私?1円だって買いませんよ。んなの。
こんなのの権利証って発行して、詐欺罪にあたらんのだろうか。

商売するほうもするほうだが、買うほうも買うほうだな。

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2006年9月 7日 (木)

携帯とマナー

知人家がプジョーの1007を購入したようだ。
おめでとうございます。
とてもかわいい車だ。私もとても好きです。
コルトを売っぱらって乗り換えたいくらいだ。
 
 
 
今日もコルトで都内を走り回ったが、最近は
車の運転マナーの悪い人、とかくよくみる。特に携帯で話しながらの
運転、顕著に多く見る。なんかヘンな走りしてるなと
思うと、大体は携帯で話してる。

まあ、事故につながらなければいいのだろうけれど、
危険回避力とか、たぶんびっくりするくらい落ちるだろうに
あの運転じゃあ。

ついこの間は、246の下り車線、山手通り交差点のアンダーパス、
ひっでーセルシオがいた。
ガラガラの追い越し車線ブレーキ踏みながら40キロで走ってる。アホかと思ったら
やっぱ携帯で話してた。
ダンプに追突されろバカと思った。

携帯は、こちらがどういう状況下にあるかということが
往々にして相手は分っていない。
賢者はすかさず「運転中です」
と言うだろうが(と言っても携帯で受ける時点で違反だが)
なかなかそう言わない人が多いのだろう。
いわゆる「ノーと言えない」日本人なのだな。

私は違反だとは分っていても、とりあえず電話はとる。んで
「運転中だから折り返す」
と伝えて、要点だけふんふんと聞いておく。
この時、受話器は耳に当てない。
スピーカー機能があるから足の上(腿の部分ね)のところに携帯をおき
聞くだけ聞くのだ。それで充分相手の声はこちらに届くからだ。

どうしてそれくらいの簡単なことができないのだろうか。

電車は電車で、一度乗れば一度は携帯の通話者を見る。
先般も世田谷線(乗る時払いのチンチン電車)で見たのは、
携帯で話しながら乗ろうとした人がいたことだ。
車掌に手で制されていたが。乗るな、と。当たり前だアホ。

私にはできないなあ、電車で携帯。マナーに反するとかいうことにも増して、
恥ずかしくって、できない。まだお下劣週刊誌のH袋綴じをビリビリと
破いて見るほうがマシだな(笑)。

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2006年9月 4日 (月)

風呂の窓

一階風呂場と脱衣場の窓ガラスが汚れているのが嫌だった。
掃除するのは、中はまだいいが、外側は高いところだし脚立を立てて
拭かなければならない。
いつか時間を作ってと思っていて、昨日ガッツで拭き上げた。

ビフォー、アフター共に載せたほうがいいが、
あまり汚かったのでここにあるのはアフターの写真だけ(笑)。

はじめ濡れ雑巾で拭き、次に乾いたタオルでガラスクリーナーで
拭き、後もう一度乾いたタオルで拭き上げる。
大したことないようだが、内外共やっていくとそれだけで半日がかり、
汗だくになってやった。

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脱衣場

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隣りの浴室

窓から見える木々の多くは裏の公園のだが、手前に見える桜の木は
うちの敷地内のだ。
とても大きい、高さも4m以上はある。
満開の時期は花が風呂上部のガラス窓に咲き誇って見えるのがとても美しい。

義父(97年に他界)に初めて会った時

「桜の時は是非風呂に入ってください。
 つかって見る花がきれいですから」

と言ってくれた。

夜桜もいいし、朝風呂もいい。これはなんともうまく作ったものだ。

と思ったら、下の窓を拭くのを忘れていた。

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わざわざ石灯籠を置くなど、なんとも手のかかることをやっている。
この小庭もそろそろ掃除をはじめないといかんな。

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2006年9月 1日 (金)

読売ランドのプールに行った

昨日は妻子とプールに行った。
読売ランドだ。
知人から無料券2枚を頂いていたので格安で入れた。よかった。
(あんがと!>みゆきちさん)
 
 
昨日の木曜はとても天気がよく、湿気もほどほどだったので、まさに
プール日和。
12時くらいに入って、結局5時過ぎまでいた。
平日だと思ってなめてかかったが混んでる混んでる。

暑い中行ったのもあるしまず腰を落ち着けたい。
持ってったシートを広げたいがいい場所はもちろん埋まってる。
とりあえずしょーもない、プールとプールの間、
比較的人が通るために使ってるようなすき間にずーずーしく
シートひいて、まずはプールにジャポン!

長男も次男(1才4ヶ月)も楽しそう!
って、写真が無いのが寂しいですね。

妻からバルコニー席(有料)をゲットしよう、と提案アリ。

ん~、いいんじゃない。

と軽く応えたが、4千円とか8千円とかする。
(終日価格)

ったく、商売上手ですねえ。
と、申込みに行ったら、1時からなら半額になります ^^ だって。

ラッチー!待ちます待ちます。
その時12時半だったから、30分くらい、トーゼン待ちます!!

で、8千円のを4千円でゲット!

これがまた、よかったですよぉ~。

テーブルにイス4個、ベッドも2個あるし、屋根もあるから
トーゼン日陰。
清潔なゴミ箱も、吸わないが、灰皿(大型)もある。
プールは喫煙コーナー以外全面禁煙なのだが、ここはセレブ、別世界。
ちょっといい気分。

ファミリー向けだ、5~6人で来ても充分使える、
いいないいなホントにいいなと思っていら、隣にオカケンが来た。
俳優だ、本名は知らない。
妻はファンのようだ、ヤツは一人で来てたので、
次男を泳がし(言葉が悪いな。「歩かせ」)、まんまと会話に
成功したようだ。喜んでいた。
でも虫みたいなへんてこりんなサングラスしてたし
痩せでほそっちょいからネットバブラーかなんかだろう
くらいに見ていたが、俳優と分っても
少しオーラが足りなかったなあ。間違って踏んづけちゃいそうだった。
 

しかしここはなんだろうか、係員、というか、監視員なのか、が、
異常にいっぱいいる。うようよしている。
遊具は持って入らないでくれ、とか、飛び込まないでくれ、とか
私、2度も注意を受けた。
彼らは異常に小さいパンツをはいている。競泳用のだな、
ちんちんの先っぽが出そうなくらいだ。
ママさんたちへのファンサービスなのかよくわからんが、
もう少しユトリと計画性というのを持ったほうがいいのではと少し思った。
 
 
私は泳ぐのが好きで、長男を連れ、次は次男を連れの
入れ替わり立ち代りでほとんど水に浸かっていた。

プールは流れるのやら波ありのやらいろいろあったが、
バルコニーの目の前には飛び込み台があるプールがあった。
一番高いので2mくらいだがでも水深は5mあるし飛び込み以外では
入れないから、いちおうきっちりした飛び込み専用のプールだ。

試したくなった。
以前アンテナ修理で屋根に登れなかった汚名を晴らしたい、
もちろん妻からだ。

「飛び込み台、あるんだね」

「やんなさいよ、やんなさい。

 (ぷっ、、、)」

「なんか、おかしいのか

 なにが、おかしいんだ」

「おかしくないわよ、

 おかしくなんか、ないわ。

 やんなさいよ、みんなで応援するから

 (ぷっ、、、)」

しょうがあない。
これでも中学校時代は1年間ではあったが水泳部に席を置いていたことも
ある。
見事な飛び込みをお見せしよう。

少々並んだ。
前に並んでいる3~4人はどう見ても小学校、しかも女の子だ。
私はとうに40を越えている。ええいばかにするな。

自分の番が来て台の上に梯子で登る。

高い。

まともに立てない。
かがんでしまう。

妻は私がハナをつまんで足からドッポンと落ちる姿を
想定している。
しかしんな情けない姿は見せられない。

立とうと思ったが予想外に高いし風もあるから
恥ずかしげも無くかがんで、低い位置にある手摺りにがっしりと
つかまって待った。
これから100mを走る短距離ランナーのスタートのようだ。
妻はニヤケて見ている。

「パパァ~、がんばってぇ~」

と、長男。

「う~、う~、うううう~!」

と次男。

救命具を持つ係員から声をかけられた。

「泳げますか?」

「泳げます」

「じゃ、どうぞ!」

「はいっ」

しょうがない、手を放して、起立。
むう~。
やはり高いな。
台が2m、身長が1.8mあるから4メートルの高さから
水面を見下ろすようなもんだ。
ちょっとぐるりと一回り見回した。
たかが2m高いとこんなにも景観が違うものか、遠くのジェットコースターや
観覧車がくっきり鮮明に見えるような気がした。

ええい、つべこべうるせー、飛び込んじゃえ!

と、気分を切り替え、頭からかっこよく飛び込んだ。
のだが、ヤバ!
ズボン、つまり海パンが脱げそうになった!
まずい!
これじゃあ非難した警備員のそれじゃあないか、
危うくちんちん手前で止まったが、もう少し結びが甘かったら
間違いなく脱げていた。
水深3mのところ(実際は1mだったかもしんない)
で海パンをずり上げ、ブレストで潜水のままプールサイドに出た。
目がいい人には半ケツを見られてた。
しかし、ああ~危なかった。
これは皆さん、必ず注意しなくてはいけない、実にアブナイ
危険極まりないことだ。
 
 
 
 
以前も書いたが、私はがんとして
水中眼鏡を使わない。
なんだか意固地になってる。バカみたいだがどうしても、使いたくない。
ったら、案の定、目が痛くて痛くてたまんなくなった。

目をよくよく洗うも、潜って遊んだりしてるとまた痛くなった。
どうしてだろうか。
昔はそんなこと一切なかったのに。
最近でいうと、グアムやバリのステイ先のプールなんか、
3日も4日も泳いでいて、一度たりとて痛くなんかなったためしがない。

小学校の頃親父の田舎に1ヶ月ほど預けられ、毎日
裏山の小学校のプールに忍び込んで泳いで遊んでいた時が
あったが、痛いなんてからきしなかった。

私の自然治癒力が低下しているのか、
プールが昔にない妙なクスリを使うようになったのか、
どちらなんでしょうかねえ。両方かもしんないですけどね。

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