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2006年8月 8日 (火)

病は気からか。

自然治癒率が低下している。
病気や怪我、当たり前のように薬に頼ってしまう。
直近だとプールで目が痛くなって目薬にお世話になった。

風邪なんかも、ひいたかな、と思ったらすぐ薬を飲んでしまう。
キズができれば絆創膏。深い傷には軟膏を塗ってしまうし
腹が痛むと正露丸。ファイト一発にはリポビダンDだ。

昔の人はどうだっただろう。例えば江戸時代にはこれらの薬、
何もなかったはずだ。
頭が痛ければひくまで待つしかないし、
虫歯は深くなれば抜くしかないだろう。
歯がなくなるとこんどは胃に影響する。

やっぱ昔の人は延命しないわなあ。
前も書いたが、江戸時代の平均寿命は30歳そこそこだという。
住民台帳の整備がはじまったので統計があるんだそうだ。
40を越してる私なんぞ、とっくのとうに他界してそうだな。

会社入って2~3年目にやった脱腸、痛かったなあ。
炎症起こしてたから、あれで1回死んでる。25だった。

3年ほど前にレバーがあたって腸炎になった。
40度の熱が2~3日続いて緊急入院した。あれでも死んだ。2回目。41か。

一昨年は結石に悩まされてえらい思いをした。これは
死ななかったかもしれないが痛さ辛さでは優勝格だった。

痛い優勝格でいくと極めつけは昨年患った内耳障害、
これは絶対死んでたな。42だ。

ということで私はもう3度も死んでる。
情けない。
現代医療の助けが無かったら太刀打ちできなかったわけだな。

「病は気から」ともいうが上記のそれらはいくら「気」があっても
無理。どうしようもなかった。

だってそうでしょう脱腸は気合じゃ防げない、あれはバイクの乗りすぎから
きたものだった。
同じようにバイクに乗りすぎてたけど無病だったタカネ君は
私の脱腸をバカにした。

「ふん。バイクの乗りすぎじゃあ、脱腸なんかにならないよね」

ところがなんの、彼は翌年痔ろう(痔を悪化させた最悪のビョーキ)
を患い地獄を見る。
大学病院に入院して肛門の手術を受けることになった。痛くて痛くて
座るどころか歩くことすらできなくなったからだ。

手術前夜だ。問診があってパンツを脱がされ腹ばいになるよう
言われた。その通りにし、お尻を高く上げなさいもっともっと高くと言われ

「これくらいでいいでしょうか」

と振り返ったらそこに5人くらいのインターンが
タカネ君の患部、つまりコーモンをスケッチしていたというから驚く。
ウラチンももちろんスケッチされた。
目当てにしてたかわい子ちゃんもいたというから
これを地獄と言わず何を地獄というのだ。

話は変わるが先日、近所のオヤジが他界した。今日は通夜だ。
80だったそうだが、うちの父とは40年来の付き合いがあった。
奥さんにはだいぶ前に先立たれていて、
寂しい、面白くない、
人生、そんな、長生きしてもしょうがない、
俺はもう、いつ死んでもいいんだ、
いや、そうじゃあない俺はもう、早く死にたいんだ、
死にたい死にたい死にたい、ホントに死にたい
と、ここ数年は事ある毎にそう悲観的なことをこぼしていた。
その度にうちの父から怒鳴り叱られていた。バカばっか言ってんじゃあない、と。

死因は肺炎だったようだが、腎臓が悪くここ5年以上ずっと
食事療法を強いられていたようだった。
んで先々週もウチに来て、
俺はもうホント長くない。来週入院だ。いろいろ世話になった
と言いにきて、ホントに死んでしまったのだ。

はり合いというものがなかったようだ。ここ数年、何もミッションらしき
ミッションがなかった。年金暮らしだったし持ってた店も
息子に委ねていたし。
しいて言うなら9年前、うちの母の葬儀の時
そのオヤジに番頭(現金出納係)を務めてもらったのだが、
その時は生き生きと業務を全うしてくれた。テキパキと
いい仕事をしていた。あの時のおじさん、70そこそこだったろうが
10は若く見えた。

病は気からとはよく言ったものだ。モチベーションを保っていると
顔にもハリが出てくるものだ。

私は遊んでばっかだからいろんな病気にかかるのだろうか。
考えたら遊びに起因してるのが多い。

脱腸> バイクの乗りすぎ。
腸炎> 飲んだ時食べたレバーがあたった。
結石> ビール飲みすぎと運動不足。

とはいえ、友人が昨年の年賀状で一行、

「成人病に気をつけろ!」

と書いてくれてたっけ。
ま、これを読んでるみなさんもいろいろ気をつけていきましょう。

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